代役
劇団はやはり教団の息がかかっていた。団長は元当主から偽王妃役の愛人と子を国王の目の届かない国外で保護という名の見張り役をしていた。だが王の放った暗殺者によって愛人は処分され、運良く生き延びた娘は団長夫婦が育てた。娘がいる限り当主から破格の金が入る。
興行先で教団に入れる子どもを探し、魔女信仰の教義を脚本にしたもので洗脳した後はウオーランドへ送っていた。狙われるのは教会に身を寄せる親のいない子。保護された子は健康状態も良くない。しばらくはウィステリア内で面倒を見ることにした。
エレナが領主館の地下牢でわめき立てていた。さすが劇団員。声がよく通る。
「教団? そんなもの知らないわ。魔女役なら得意よ。呪いの歌があるの。それよりも早くここから出しなさい。本当は私、ウオーランドのお姫様なの。不敬はどっちよ。謝罪するなら、公爵の妻になってあげてもいいわ」
アナよりも立場が上と本当に思っていたのか。公にはしないだろうが義母妹がこれではダニエルが気の毒になる。
「どうしてこうなったんだろうね。幼い頃から言われ続けたのだろうけど。酷すぎる」
「自白剤を使ってるんだよな」
レイとヴィンが呆れている。最初は演技かと思って、スミス家ラベンダーの自白剤を使ったが供述は変わらなかった。
「エナ様に容姿が似ているのが、非常に腹立つ。口を閉じろ!」
セインは教団の内情をある程度知っているため呼ばれたのだが、エレナは教団のことは知らないようだ。
「これではエナの代わりにもならないのに。…お飾りなら使い途があるか」
レイがこれ以上話を聞いても無駄だと執務室に戻ると、ちょうど扉があいてエリオットが飛び出してきた。
「レイ、呼びに行くところだった。大変だ、アラン夫婦がさらわれたぞ」
「場所は?」
「アレス国からの帰国途中に襲われて、御者だけが手紙を持って帰ってきた」
差し出された手紙には、人質と交換にエレナと劇団長を引き渡せと書いてあった。アレスの湖と花火を楽しみに新婚旅行に出かけたのに。とんだ災難だ。
「3日後に2人を連れてアレス国境か。強行軍だな」
馬を乗り継いでもギリギリだ。護送となるとさらに移動が遅くなる。
「レイが出ることはない。俺たちだけで行く」
「僕に単独行動しろってこと?」
「はあー。わかった。俺たちは主のお供をさせていただきます」
「僕はアランに<夜明けの空>を渡した。僕のものに手を出したのならそれ相応のお返しをしないとね」
エリオットも引き留めない。そういう主だった。
窓の外で小さくカタッと音がした。ヴィンがレイに窓辺に近づくなと口に出そうとすると、レイが無言で手を挙げる。セオも鳩も音など立てない。とすると…。泳がす事にしたらしい。
護送には副騎士団長のローガン他数名の騎士がついて行く。団長は領に残り、警備を固める。
「領主様、指揮はお任せを。いいな、隊を乱したら容赦しないからな」
劇団長は小さくうなずいたが、エレナはふてくされて返事をしない。
ローガンを先頭に、領主と騎士達に挟まれたエレナと劇団長を乗せた馬が続く。最後尾はヴィン。
「どこまで行くのよ。牢からでたらお風呂くらいゆっくり入りたかったのに! どうせなら領主様の馬に乗せてよ」
「領主様はお疲れだ。嫌なら降りて歩くか?」
「嫌よ。ならあの黒髪の人の馬がいいわ」
「黙れ! 舌かむぞ!」
「休憩はまだなの? お尻が痛い」
「もう勘弁してくれ」
エレナを前に乗せた騎士カーターがうんざりしている。文句ばかりいって大人しくしてくれない。いっそ気絶させた方が早く走れるのでは。
「アランとアンの無事が確認されるまでは我慢だ」
「ヴィンセント様、後で交代してくださいよ」
「絞め殺しそうになるのを堪えているんだ。無理言うな」
ろくに休みも取らず、ウオーランドまで走り続けた。
ウィステリア領に新しくできたカフェでは、まるでお忍びのデートのようだとアナが微笑む。
「騎士様とゆっくりお茶ができるなんて。今日は特別な日ね」
「お姫様とご一緒できて光栄です」
「その騎士服もとても素敵です」
騎士団長服は濃い紫に、白いマントを羽織る。容姿によく似合っていた。
「領主様不在中は、私もお屋敷に泊まり込みます。せっかくです。何かご要望はないですか? おままごとでもカード遊びでも何でもいいですよ」
「ヴァイオリンを弾いていただこうかしら。前から1度聴いてみたかったの」
「私が弾けるのは1曲だけ。それでも?」
「それが聴きたいの。ぜひお願いしますわ」
「最近お2人のピアノが上達したと聞きましたよ。私もおねだりして良いですか?」
「もちろん! 楽しい演奏会になるわね」
「ミャー ミャー」
モリオンも騎士団長服が気に入ったのか房飾りを揺らして遊んでいる。
「そろそろお屋敷に戻りませんと。お客様があるかもしれませんから、準備いたしましょう」
レイラが声をかける。今日はフローレンスも付き添っている。
「そうね。お着替えしなくては。グレースおばあ様の新しい衣装が楽しみだわ」
アナは護衛騎士にぴったりと寄り添い馬車へ乗り込んだ。
「本当に仲が良いのだな」
「ええ。もう溺愛ですから」
非常事態中だがレイラもフローレンスもつい苦笑してしまう。
双子が夕食を済ませると、お着替えしましょうと部屋へ連れて行かれた。
「また後でね」
「ふふ。楽しみだわ」
双子と護衛達が集まった音楽室の窓が少し開かれていたが、誰も気にしない。近所から苦情など来ない。
窓辺近くの木から鳥が飛び立ち葉が揺れた。
「では僕から」
小さな紳士がピアノに向かう。窓辺に立つ騎士は静かに目を閉じて聴いていた。1曲終わると交代して小さな淑女が弾き始める。少し練習不足。それでも最後まで弾ききったと褒められた。
「5歳の頃のオリビア様の腕は知りませんが、お2人ともとてもお上手です。お父様は音楽が苦手と言っていましたから、きっとお母様に似たのでしょうね」
双子が顔を見合わせ、やったと笑顔になる。
「嬉しい。お母様のようになれるでしょうか」
「もちろん。私が保証いたしましょう」
「それなら間違いないね」
次は騎士の番。この曲はある方に捧げるために練習したもの。今日は特別ですとウィンクする。
ヴァイオリンの音色に双子も護衛も聴き入る。モリオンも騎士の足下で大人しくしている。穏やかな空気に、誰も警戒をしていないように見えた。
ヒュン。窓のすき間から飛んできた矢を、騎士がヴァイオリンの弓で弾き返す。窓の外で矢に括りつけられた袋が破れ、煙が立ち込める。紛れて潜入しようとしたのか。
アナが身を伏せ、その上をフローレンスが覆い被さる。ルーカスもミアに手を引かれ長椅子の後ろに隠された。モリオンはルーカスの側に一目散に駆け込んだ。
「逃すな!」
隣の部屋で待機していたエリオットが矢の飛んできた方向に狙いを定め、矢を放つ。
騎士が2階の窓から近くの木に飛び移ると1人蹴落とし、その上に飛び降りた。
「見張りにしては音を立てすぎ。姫君をさらいに来た? 覚悟しろ」
「いっ! 命だけは!」
「僕の命よりも大事なものを狙っておいて、命乞い? 馬鹿言うな」
青紫の瞳が冷たく見下ろす。
「弓を放った者は捕らえた」
「手段は任せる。こいつも全部吐かせておいて」
エリオットが地下牢へ男を引きずっていく。
「中へ押し入ろうとした者は全員取り押さえた。地下牢に入りきるか?」
「牢に 定員なんてないだろう。押し込めばいいさ」
屋敷近辺はトーマスとセオに掃除を頼んでおいた。
「予備の弓はあったかな」
護送組の方も首尾よく終わる頃だろう。もう少し騎士団長役を続けよう。レイは音楽室へと戻っていった。




