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ウィステリアに鐘は鳴る

 ウェディングサロンが手がける初の結婚式。


 アランとアンが教会で式を終え扉が開いた。2人が姿を見せると無数の花びらが舞う。フラワーシャワーのサプライズにアンは驚いて声もでない。領主の補佐として事務長を務めるアランのお祝いに駆けつけた人が花カゴを持ってずらっと並んでいた。本人は地味で目立たないと思っているが、その胸にはレイから与えられた<夜明けの空>が輝く。感激のあまりポロポロ流すアランの涙をアンがぬぐう。


 式の後は領主館に移動。馬車に乗った2人を街中の人が拍手や手を振り祝うと、2人は照れながらも笑顔を返えす。


 領主館の庭にはお祝いの席が設けられていた。式に引き続き両家の親族友人、商会長に織物や染め物、酒蔵の各工房長が席に着く。主賓は式からずっと参列している領主一家。これほどの名誉はない。


 地方の子爵家の婚礼とは思えないほどに豪華な参列者に両家の身内が何事かと青くなっていた。うちのアランって何者? アンはどんな名家に嫁いだのかしら。


 領主である公爵の他、上司に当たる領主代理の侯爵。他国の王太子。同僚と紹介されても嘘でしょうしか出てこない、同じ<夜明けの空>を与えられた騎士爵、騎士団長、伯爵とその夫人は元王女。他にも…。そもそも式を取り仕切っているのが他国の王女が2人。王都の大貴族が望んでもこれほどまでの顔ぶれを呼ぶことはできない。


「アラン。本当におめでとう。君がいつも領のために尽くしてくれている事は皆が知っていて、感謝している。この僕もね。これからはアンと共に幸せになって」


 新設された鐘の音が響き渡る中、レイからは皆の前でサインした婚姻証明書を。双子からは大きな花束が2人に手渡された。これは領主館にいる者からと運び込まれたのは、大きなウェディングケーキ。無事にケーキカットを終え、各テーブルをまわる頃には新郎も新婦も緊張が解けて輝くような笑顔だった。


 アランとアンの衣装は貸し出す予定にないものだったが、幸せを皆で分かち合いたいからと提供してくれた。それを聞いたカップルでサロンの相談予約は連日空きがないほどに埋まった。


 相談当日、飾られた絵とカタログをみて、新婦は衣装選びに頭を悩ます。アン様の衣装か、畏れ多いがあの方のものか。そして最後には『全部着たい!』となる。


 絵のモデルは顔を隠そうが、もしや? 誰も口にしない。外されて2度と見られなくなるのは困る。知る人ぞ知る隠れ有名スポットになったが、モデルとなった本人達は知らない。


 アイリスとローズ姉妹は嬉しい悲鳴を上げているが、2人もそろそろお相手を決めなくてはいけないのに。年頃の姉妹にレイもさすがに心配になる。


「たまには王都の舞踏会にでも出てはどうだろうか」

「せっかくやりがいのある仕事を見つけましたのに。結婚後も仕事を続けて良いという方がいるのでしたら参加しますわ」

「できればこの先も2人で仕事を続けたいのです」


 アイリスとローズが同じ事を言う。もう国には帰らないつもりらしい。それはいいとしても、相手探しくらいはして欲しい。ロイス国王からレイに責任をとれと言われでもしたら困る。仕方がない。王女が嫁いでも相応しい相手。あそこはどうだろうか。


 今日もお祝いの鐘が鳴り響く。次はベビーラッシュかな。


 そんな事を考えていたある日、領主館に珍しい者が訪ねてきた。ウオーランド国のお祓い男だったセイン。小劇場の公演に申し込んでいた劇団に裏方として入団していた。


「君が僕を訪ねてくるなんてね。どういうつもり?」


 レイがセインと話すことはない。門番に追い返すよう言いつけたが、どうしても話を聞いて欲しいと粘られ、渋々面会室に通した。


「魔女信仰とは本当に恐ろしい。だまされていたとはいえ、あなた様に失礼な態度をとり、不快な思いをさせてしまいました。この通りお詫びいたします」

「君個人からの謝罪の必要はない。ウオーランド国から謝罪は受け取った。今は友好国のひとつだ。それで僕に話したいことは何?」

「教団を離れて、行く当てのない私は劇団に入り雑用をしていました。そこでなんと、エナ様の妹に出会ったのです」

「僕には関係ないことだ。そんなことを言いに来たのなら帰りなさい」


 レイは忙しいと執務室に戻ろうとした。


「お待ちを! エレナというのですが、これまたエナ様と同様に人を魅了するような美声の持ち主で、1度も会った事はないが、父と姉が迷惑をかけたのならお詫びがしたいと。あなた様に面識のある私がこれをお渡しするように頼まれたのです」


 差し出されたのは公演のチケット。面倒ごとの匂いがプンプンするし、モリオンも警戒してうなっている。


「なぜ妹とわかった?」

「顔も声もがそっくりなのです。それで聞いてみたら、昔、母親がウオーランドの歌劇団にいたそうです。その上、元当主より援助があったと聞きました」


 偽王妃が国外に出たあと出産したのか。援助していたのは、口封じとまだ使い道があると思ったからだろう。用心に越したことはない。もう巻き込まれるのはごめんだ。


「チケットは不要だ。公演の許可は取り下げる。団員全員、即刻出国するように」

「荷ほどきしたばかりですよ。まだ子どもの団員は移動で疲れています。せめて3日だけでも滞在をお許しください」

「なら2日与えよう。その間は宿舎から出るな。領内をうろつくことを禁ずる」


 キャンセル料は払う。これで文句はないだろう。レイはセインに言い捨てると席を立った。


「交わりのない父と姉のお詫びがしたいなどと妙な事だ」


 同席していたヴィンも胡散臭いと感じたようだ。セインの付き添いなのか、門の外に団員がうろついていたのも気になる。


「劇団が出国するまで見張りをつけておいて。妙な行動をした者は捕らえていい」


 ずいぶんと厳しい対応に護衛達がピリピリする。また大事な主を傷つけるような事にならないよう潰さなくてはならない。


 アランが新婚旅行で休みを取っている間、エリオットが領主館に来ていた。書類仕事を任せ、レイは雑貨屋に戻った。


 雑貨屋では教会の子ども達が店番を手伝っていて、レイは留守中の様子やたわいない話を聞く。楽しいだけでなく、子ども達が客から聞いたうわさ話や日常話は貴重な情報源だ。


「昨日、教会にすごく歌の上手なお姉さん達が来て沢山歌ってくれました。僕たちの人形劇の練習も見てくれたんですよ」

「見ただけで帰った?」

「ここはこうした方がいいとか、皆に指導もしてくれました」

「そうか。それは良かったね」


 昨日は双子も教会に行っていたはずだが、何も言っていなかった。話を聞かなければ。


 夕食の後、双子とくつろぎながら、そういえばと話を切り出した。


「男の子は声の出し方を教わりました。次の上演までにもっと大きな声が出るように練習しなくちゃ。昨日は喉が痛くて話ができなかったの」


 男女別に練習したのか。ルーにのど飴を与え、今夜は発声練習を休むように言いつけ、今度はアナベルに様子を聞いた。


「私は、その…もっと人形をしっかり持って動かすようにと演技指導をしていただきました」


 おかしい。アナが目をそらした。


「父様は今のままでも人形が生き生きと動いているように見えるよ」

「でも! 先生はまだまだとおっしゃっていました!」

「先生?」

「エレナ先生です。明日も指導に来てくれるので、私はお部屋で練習してきます」


 アナはレイが呼び止めても、振り返らずに私室へ行ってしまった。


 双子が寝た後、レイの執務室には双子の護衛とヴィン、ハリー、セオも呼ばれた。


「男の子達は男性の劇団員に発声練習を教わっただけです。ルー様はお友達と張り合って大声を出したので喉を痛めてしまいました。申し訳ございません。早くにお止めするべきでした」

「あれくらいならすぐ治る。気にしなくていい」


 ミアが頭を下げ、ルーの様子を見に行った。次はアナの様子を聞く。


「人形を持つ腕をまっすぐに伸ばしなさいなどと女性団員から演技指導がありました。1度だけお茶をとりに行かされ席を外しましたが、戻った後も特に変わらず、皆楽しそうでした」


 教会でアナに付き添っていたレイラが答える。


「本当に? 見落としていることはない?」

「お疲れのようだったので、アナ様にも困ったことがなかったかお聞きしましたが、何もなかったと」


 そうか。明日からは片時も目を離すなと命じ、レイラを下がらせた。


「おかしい。お父様大好きアナが目をそらすとは。言えない事情があるのかも知れないな」

「フローレンスは教会の子ども達におかしな様子の子がいないか聞いてきて。セオは劇団員の宿舎を探って」


 セオとフローレンスが音もなく出て行った。


「レイも気をつけてくれよ。エリオットもいるからと油断するな」

「わかってる」


 おいでとモリオンを抱き、レイはアナの様子を見に行った。


 部屋に入るとアナの袖をまくる。やはり。つねられたような跡がついている。先ほど話しているときにアナが無意識に腕をさすっていたのが気になっていた。


「何があったか調べるまでもない。絶対に許さない」


 幼子が時に駄々をこねることも、言う事を聞かない時もあるが、どんな理由があろうと体罰は許せない。モリオンはアナを起こさないようそっと傷跡をなめている。


「朝まで一緒にいてあげて」


 アナの額にキスしてレイは執務室へ戻った。


「ヴィン。明日の予定はすべてキャンセル。僕も教会に行くとしよう」

「何か見つかったのか」

「ああ。僕を本気で怒らせるほどのものをね」

「また魔女信仰を信じる者が残っていたのか」

「わからない。だが目に見えないものをずっと信じていたんだ。そう簡単に捨てられないのだろう」


 ハリーに頼むよと言えば、すぐに鳩がウオーランドに向け放たれた。

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