遊びの日
バーデットから戻ったレイはルーカスと芝の上を滑って楽しんでいた。
平らにした厚手の箱の裏にロウを塗り、持ち手をしっかりつかんで傾斜のついた芝の上を滑り降りる。日が暮れるまで何度も滑っては上りを繰り返す。壊れるとトーマスが新しい箱と交換してくれた。
食事も忘れて遊ぶ親子に、ミアはお茶や軽食をもって様子を見に来るが、子どもが2人ねと呆れるばかり。お尻は破けてないかしら? そろそろお風呂の支度しなきゃと館へ足早に戻る。
「次は離宮に行こう。湖で釣りをしてから、ご飯作ろうね」
「アナも楽しみって言ってくれたよ。待ち遠しいな」
週に1回の休みはさすがに難しく、「遊びの日」は月に2回になってしまった。それもルーカスとアナベルで1日ずつ。その日だけは父を独占していいことになっている。
それでもルーは大満足だ。次の遊びの日までに芝そりを練習して父に見てもらう。そしてまた新しい遊びを教えてもらうのだ。
アナベルは戸外の遊びには行かないが、母から教わることを父に教えてもらっている。
貴婦人としての心構え、装飾品の選び方、ドレスの着回し術。おしゃれな着くずし方まで。王族といえども毎回ドレスの新調はしない。工夫して目新しくする。幼い頃からドレスショップでデザイナーをしている元王妃仕込みのセンスはさすがだ。
大量にある父と母の揃いのドレスも、ドレスショップででた端切れや着なくなった王妃やオルレアン夫人のものを仕立て直したものの方が多い。仕立て直しの子ども服を雑貨屋においたのはレイにとってはごく当たり前のことだった。
茶葉と茶器の選び方から淹れ方、作法を教えてもらった後は、実戦に行こうとお茶会にも一緒に参加してくれる。まわりは母娘だらけだが気にならない。レイが来ると知ると参加者が増え、主催の家で大歓迎される。おそろいのドレスではないが、色や装飾品をそろえるなどして楽しんだ。特にそろいのメガネは2人しか着けていなくて皆が羨ましそうに見る。
その上、父が子ども扱いしないでエスコートしてくれるのでアナは大満足。不満があるとすればひとつ。アナに向ける父の優しい笑顔を他の人に見せたくないけど、こればかりは仕方がない。父にこの茶葉はあの農園のものねと言えば、当たりとまた微笑まれる。
付き添いのフローレンスは、これでは将来アナ様に求婚される方は大変。こんな完璧な男性はいないですよ。その前にレイ様のお眼鏡にかなう者がいないでしょうから、行き遅れないか今から心配ですと笑う。
朝早くから離宮近くの湖で釣り糸を垂らしていたレイとルーは、小さなマスを桶いっぱいに釣り上げた。
離宮の庭には屋外でも調理できるようにかまどが設置してある。若夫婦がピクニックを楽しむために造らせたもの。レイが釣った魚をさばき、オリビアが誰の手も借りずに料理した。
「久しぶりに使うから、かまどの手入れだけはしておいたよ」
「これからは沢山使おうね」
「一緒に使おう。ルー、桶に水持ってきて。あとかまどに薪を足しておいて」
「はい。これでいいかな」
ルーも慣れてきて任せられるようになってきた。
レイはマスの頭を落とし、内臓を取り出していく。アナが来る前に終わらせたい作業だ。
「油は跳ねるから今日は父様が料理するよ」
「いつか僕にもやらせてね」
「もちろんさ。粉をつけるのはルーにお願いするよ」
顔にも粉をつけながらルーは丁寧に下ごしらえも手伝う。
アナがフローレンスを伴いやって来た。
「サンドウィッチを沢山作ってきたわ」
アナも祖母グレースに教わって、父やルーの好きな具材、彩を考えて挟んだ。まだナイフは使わせてもらえない。
「すごく美味しそうだ」
「あと料理長からこちらを…」
フローレンスから渡されたのは小麦粉と卵、牛乳。
「ルーとアナは卵割ってここに入れて」
「はい。お父様」
腕まくりした双子がボールに卵を割りいれる。そこへ牛乳少し、小麦粉、また牛乳。塩と砂糖をいれまぜまぜ。これで準備完了。レイがお母様の得意料理を作るよとフライパンにバターを溶かし、薄く生地を流しいれ、表面がブツブツしたらひっくり返し、焼き目をつけた。
「お皿にこうして折りたたんで盛って、ジャムをそえたら完成だよ。どうかな?」
「モチモチして美味しい! お父様すごいわ!」
オリビアが侍女から教わった甘くないパンケーキ。すぐに出来てお腹にたまるもの。外から帰ったレイに温かいものを食べてもらいたいとオリビアがよく作ってくれた。ハムやチーズを巻いたものは小食なレイでもいくらでも食べられた。
パンケーキの隣では鱒がどんどん揚がっていく。
親子3人とフローレンスが舌鼓を打っていると、我慢しきれず護衛達が姿を見せる。
「おい、そんなに揚げて。少しは余るだろう」
「あれー。もうモチモチは残ってないの?」
ヴィンとトーマスが酒も欲しいなと鱒に手を出すとミアが今日はお茶か果実水ですとコップを渡す。ハリーはフローレンスからパンケーキを一切れもらったが足りないと拗ねている。人数分しか焼いてなかった。ならこれもオリビアの得意料理とレイがサンドウィッチをフライパンに乗せ、蓋をアナに渡す。
「アナがやってごらん」
「お父様、この蓋はフライパンよりも小さいわ」
「いいんだ。この蓋で、サンドウィッチを上から…ギュっだ」
出来たものはパンに焼き色のついた潰れたサンドウィッチ。
「いい匂いはするけど、これは?」
「お母様特製の簡単ホットサンドだよ」
「チーズが溶けて美味しいよ!」
「私でもできたわ!」
「姐さんの手料理最高です!」
これはせっかくピクニックに出たのに肌寒くて、オリビアがやはりレイに温かいものを食べさせたいとフライパンで作ったホットサンド。わりと大胆なことをなさる方だったようだ。さすが野生児レイちゃんの嫁だけはある。
その夜は離宮に泊まった。ヴィンが寝る前に厩舎をのぞき、館へ戻ろうとすると庭に人の気配がする。
古いブランコにモリオンを乗せ、レイが漕いでいた。声をかけずにそっと覗き見る。
「…オリビアも楽しかった? 君の手料理はもう食べられないけど、代わりにルーとアナが手伝ってくれた。とても上手だったよ…」
レイは他にもねとモリオンに話しかけている。声音は明るい。
2人だけにしておこうとヴィンは1人館に戻った。




