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休暇

 せめて10日間の休暇を取らせたいが、なぜか予定にない仕事が入り先延ばしになっていた。


 領に建てさせていた小劇場が思ったよりも早く竣工して、こけら落とし公演が決まった。


 子ども達の人形歌劇団「フェリシティー国ものがたり」の前売り券は即完売。双子が出演するためレイは領から動かない。時々変装してこっそり観に行ったりしている。大層喜んでいるし、子ども達の熱演に疲れが吹き飛ぶと言われれば、休暇ともいえる。


 次々に新しく取引がしたいと人が訪ねて来る。


 どこの工房もフル稼働。特に刺繍は数カ月待ちになると言えば、勝手に買値を高くしてでも欲しがる。順番待ちと適正価格での取引しかしないと説得に時間がかかった。


 飛び込みの商人なら専任の事務官に任せるが、友好国の王族からの代理や紹介で来たと言われたらレイが出るしかない。何もないところから始めて、急成長した事業にレイは嬉しい悲鳴を上げている。苦労したんだな。報われて良かった。


 レイは今でも工房へ本を持参する。雑貨屋で細々と針仕事していた女性たちに読み聞かせしていたのが懐かしいと言って、作業中の女性たちを集め、本を開く。


 耳だけはレイの声を聞き洩らさずに、黙々と手を止めない。さすがの熟練技。本を閉じる頃には、いつもの倍仕上がっている。なら今日の作業はおしまいにしなよと女性たちを帰す。


 仕事でなく好きでやってるならこれも休暇?


 仕事を求め男女問わず移住してきた。他領と気まずくなりそうなので、さすがに全員の受け入れはしていない。だが観光客は規制していない。閑散としていた広場は活気づき、物売りの声と屋台からはいい匂いが漂う。


 昼は来客で食べそこなったから、移動中だけど休憩にしようとレイが足を止めた。


 ヴィンに屋台であれこれ買いに行かせている間、噴水前のベンチに腰かけ、行き交う人を眺める。腕に抱かれた黒猫を見つけた子どもたちが可愛いねと寄って来た。


「あっ領主様だ!」

「こんにちは。優しくなでてあげて」


 フードをとったレイに今度は大人が気づく。囲まれるが笑顔で応える。子どもたちに質問攻めにされても嫌な顔ひとつしない。それどころか遊ぶ約束までしている。領民と話すのが好きなのだ。


 ヴィンが近寄ると、サアーと人が捌けていく。怖い顔などしていないのにおかしい。


「手にそれだけ食べもの持っていたら、邪魔しちゃいけないって、気遣われたんじゃないかな」


 それならいい。可笑しそうに笑うレイに袋を渡すと、好きなものだけ選んで食べた。残りは全てヴィンの腹に収まる。腹が満たされると、俺の顔をじっと見て、10分だけと言って、肩にもたれかかり目を閉じた。俺も眠気に勝てず細く柔らかい髪に頬を寄せて、ついウトウトする。昼寝ってやつは本当に贅沢な時間だ。


 とんとんと肩を叩かれ目を開けると、すっきりしたと言って、もうそろそろ行こうかと立ち上げる。こいつも息抜きが上手になったもんだ。


 領主館に戻ると、事務官補佐の姉妹がお疲れ気味だった。


「ここは戦場ですわね」

「あら、また来客だわ」


 葡萄酒醸造所の親方だ。何かにつけて領主を訪ねてくる。今日は新酒に貼るラベルの相談。ついでに試飲と言って数本持ってきた。


「いくつか送ってもらったから、一緒に選ぼうか」


 ウィステリア産の葡萄酒に貼るラベルの絵は、隣国ベネノンの元王太子ハロルドに依頼している。今は果樹園を営む子爵家の婿。レイに褒められたくて学んだ絵が役に立っている。優しい色彩に「意外だよね」と言いながらレイは友達の絵を採用している。


 ペンを置いて今夜はおしまいと、レイがメイドにグラスとつまみを運ばせる。ヴィンも長いすにちゃっかり腰掛て、ご相伴にあずかる。


「うん。美味しい」

「こっちも開けましょうかな」

「飲みすぎるなよ」


 3人だった部屋にはいつの間にかセオもアランも呼ばれた。


 姉妹が顔を出して、アランに明日は早く来て部屋の換気するように伝えると、「私達は定刻にきます」と帰ってしまった。いつも30分前に来て準備している。明日はゆっくりお茶を飲んでから来るようだ。


 その後はもう仕事じゃなく、ただの飲み会。ただしゃべって、ふざけても誰にも言われない。女子がいるとこうはいかない。話好きの親方にレイはもっととせがむ。


 酒の入ってきたセオに突然、昼間のあれはないと言われる。まさかまた領民に囲まれているとは気付かなかった。レイの寝顔など見る機会はない。「癒しだ」「女神だ」とみな静かにして寝かせてくれようとしたが、中には拝む者までいたそうだ。


 似顔絵師が客を放置して幾人もスケッチを始めた。その後ろで値段交渉まで始まったので、見かねたセオが描きかけの絵を没収し、後で領主館にとりに来るよういって追い払った。護衛が何やってんの? 呆れられた。


見せてと言われて広げた絵にはレイとモリオンしか描かれていない。俺は邪魔だったって事か。


「取りに来たら、僕が全て買い取るって言って。完成させるなら上乗せするよ」


 モリオンの絵はないから、ちょうど良かったとレイが目を細める。


 セオは久々の外飲みで瓶を離さない。愛妻モリーナが目に良くないと家ではあまり飲ませないらしい。旨い旨いと手酌して、レイのグラスにも注ぐ。


 アランの惚気話を延々聞かされて、モリオンを抱いたレイはニコニコ笑うばかりになった。これはもう眠いのだろう。


 雑貨屋に連れ帰り、ゴロンと寝台に転がす。


「飲みすぎたー。水――」

「加減しろよ」

「だってヴィンがいると、安心して飲んじゃうんだよね」


 そう言われては、ダメとは言えない。俺が飲まなければいい話だ。


「ヴィンも少しは休めた?」


 はっ? ヴィンも? 


 もしかして工房の女性たちを早く帰したのも、噴水前の休憩も、セオやアランに飲ませたのも、姉妹も……。皆を少しでも休ませるためにか。俺の顔色までしっかりチェックされていたんだな。


「これで休めるか?」

「双子たちの公演が終わったら、何があっても1日は休むよ。ルーと約束したか……」


 半分目が閉じている。どんなに忙しくても双子が最優先。親なんてそんなものだろうが、しかし。


「レイに休んで欲しいんだが」

「休んでいるよ。ほら、こっち来て」


 いつもは飲むと暑い、酒臭いと部屋を出されるが今夜はいいらしい。抱き着かれてクンクン匂いを嗅がれた。気がすんだのか、くるっと背を向けて腕の中に納まる。


 何だ? 今のは? 


「ヴィンはね、時々モリオンと同じ匂いがするんだよ。知ってた? いつの間にそんなに仲良く……」


 限界がきたのかスースーと穏やかな寝息が聞こえる。


 箱に眠るモリオンを見る。俺のところには来ない。匂いなんてつくはずがない。


「あなたも会いたくて、ここに来たのですか…」


 レイの大事な人だと、そう思いたくもなるし、そうであれとも願う。大事なものを失う辛さは1度きりでいい。行かないでやって欲しい。そんなことを考えながらヴィンも眠りについた。


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