雑貨屋3号店 開店お祝い
フェリシティー国王都から馬なら半日でつくのどかなフーレ村の片隅に、雑貨屋ができた。
薬の他、子ども服は着古したものに手を加えた新品同様のもの、おもちゃ、菓子、お茶、化粧品類、貸本…。品ぞろえは日によって変わる。営業は週に1度。
薬だけは営業日以外でも、真夜中でも出してもらえるのでありがたい。医者はどこの国でも不足していて、怪我や熱が出た時に頼るのは薬草士が調合する薬。
店主は国王の実弟レイモンド・ウィステリア公爵。薬草士でもある。普段は木綿の服を着ていて、レイ様とかレイちゃんと呼ばれ親しまれていた。
絹糸のような白銀の髪とすみれの花のような青紫の瞳。男性だが端正な顔立ちは国1番の美人さん。剣を持たせれば白銀の一閃と呼ばれ、近隣諸国から恐れられているが、たまに女性に変装する。本人は仕方がなくと言うが、頻度は割と高め。
レイの治めるウィステリア領の店が本店、王都にあるのは2号店。この村にはレイの所有する離宮と呼ばれる館と小さな家があり、3号店を開店した。領地経営、王族としての務めもあり、どうしても常駐はできない。不在の時は弟子の薬草士が店番をしている。
レイの護衛兼側近のヴィンセント・バーデットの義妹、アグネスが開店祝いだと言って、またあれを持ってやって来た。
クローク国のシラカンバの森で見つけた、白蛇の抜け殻。
1度は断って持ち帰らせたのに、今度は箱にいれてリボンまでかけてきた。前回は鞄からそのまま差し出され、レイが悲鳴をあげたから気を遣ったらしい。
「気持ちだけでいい。サイラス、お願いだからアグネスと一緒にそれ持ち帰って」
レイはヴィンの背に隠れ、アグネスと共に来店したカステル国国王の義弟サイラスに、早く帰れとお茶も出さない。
「あなたにもらって欲しい。これは縁起がいいものだから。あとこれも見つけた」
レイが見なかったふりをしていた、もうひとつの箱をアグネスが開けると黒蛇の抜け殻が出て来た。目をぎゅっと閉じて見ようとしない。
「ヴィンセントお義兄様にあげる。バーデットの森で見つけた」
「アグネス、ありがとう。でもレイが嫌がってる、持ち帰ってくれ」
アグネスはノルフロイド国の出身だが色々あってバーデット家の養女になった。ちょっと会話が苦手。年頃なのに着飾ってお茶会に出るよりも、森に入るのを好む。
サイラスは素朴なアグネスに夢中で今求婚中だが、まったく本人に通じていない。
義兄にまで持ち帰れと言われ、アグネスはしょんぼりしている。
「どうして、また持って来たんだ?」
ヴィンが理由を尋ねる。
「夢に出て来た。ここに置いてくれって言ってた気がする」
気がするだけで、わざわざ嫌がられるのを承知で訪ねてくるとは。義理でも妹はいいな。バーデット家は無骨な男兄弟3人、母も可愛がるわけだ。
「わかった、俺の部屋に置く。いいな」
「僕は2度と君の部屋に入らないよ!」
レイはヴィンがそこまで言うのなら仕方がない、渋々だが家に置くのを認めた。
アグネスたちが帰り、ヴィンはとりあえず抜け殻の入った箱を店の倉庫にしまいに行く。レイがいるので店内には置けない。受け取った時はよく見れなかったが、しまう前に箱をのぞくと、随分ときれいに抜け殻が残っていた。アグネスに何かお礼を渡せば良かった。
自分の部屋に置くって言ったのに。僕は倉庫に入れなくなった。なぜだろう、カエルでも毒虫でも平気で触れるが、あの抜け殻だけは近づきたくない。野生児王子と呼ばれていたが、お化けの他にも苦手なものがあったみたいだ。
「ヴィンはこの後どうする? 僕はまだ調薬の続きするけど」
「俺は薬を届けに行ってくる。ほら村から少し離れた家の婆さんに届ける分があったろう」
「わかった、じゃこれも一緒に。お婆さんは1人暮らしだ、少し話相手になってきてあげて」
足腰の悪いお婆さんのための湿布と一緒に、体の温まるハーブティーも渡した。
ヴィンを見送り、レイは1人調剤室に入った。
「あれ、薬草が足りない。入りたくない。でもーー」
今日中に作り置きしたい薬がある。仕方がない、さっと入ってすぐに出よう。
レイは倉庫に薬草を取りに入った。倉庫はレイの大好きな薬草の匂いがする。落ち着くけど、今日は長居したくない。あの箱を意識しないように、薬草をかごに入れ倉庫をでた。
ゴリゴリと乾燥させた薬草を砕いていると、店の外から何か音がする。誰か来たのかと扉を開けてみると、黒猫がちょこんと玄関の前に座っていた。
「どこから来たの? 迷い猫かな。可愛いね」
「ミャー」
「おいで、ミルクあげる」
レイは黒猫を抱き上げ台所に連れて行った。
黒猫は温めたミルクをすぐに飲み干す。喉が渇いてたのか。
「お腹も空いてる? これもお食べ」
クローク国のハリー王子から貰った瓶詰めの魚を皿に載せる。
「大丈夫、君の食べられないものは入っていないよ」
レイは頬に手をあて、黒猫が食べるのをじっと見ている。
「うちの子にしようかな。ヴィンが嫌がらないといいけど」
「ミャーミャー」
「君もうちの子になりたいの? 大丈夫、嫌がったらヴィンを追い出そう」
「ミャー! (違う! 俺だよ! レイ、気づいてくれ!)」
ヴィンは村はずれの家に湿布を届けに行った。ちょうどお客が来ていて、湿布とハーブティーを渡し、雑貨屋に戻った。馬をつなぎ、玄関の前まで来て、急におかしなことに気づいた。
「(雑貨屋がすごく大きくなってる? あれノブに手が届かない? 手? 肉球!?)」
気づいたらヴィンは黒猫になっていた。