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1 食堂の一コマ

 ゆたかな海の幸と山の幸に恵まれた町、水森市。その市内にある月ヶ丘芸術大学の食堂では生徒たちのにぎやかな声が聞こえている。


 蕪木瑞穂はツナ缶のお手製弁当を食べていた。

 その顔はどんよりと暗い。

 友人が食べる限定食ランチを横目にため息をつく。

 手製とはいっても、単にツナ缶とご飯を弁当箱に詰め、マヨネーズを上からかけただけの弁当である。

「今日もツナかー……ひもじい」

 白米の上のツナをみながら瑞穂はぼやいた。

 口先にもっていった箸だが、生魚が恋しく箸が止まる。

 瑞穂は考え込む。

 今月のお小遣いがピンチだったとはいえ三日も続けて昼飯がツナ缶はやはりやり過ぎたと反省するのだった。

 瑞穂は体を乗り出して隣の弁当をのぞく。隣のどんぶりには漁港でとれた刺身の盛り合わせがふんだんに使われているではないか。

「ネタが光ってる……」

 瑞穂は唾液を飲み込み、口にする。

 うらやましさで相手から分けてもらおうと隣の人物の肩を叩いて声をかけた。

「ねえねえ、一口ちょーだい」

 猫のような目をして瑞穂は尋ねた。

「んふふ。いやですわあ」

「そんなっ!?」

 しかし、あえなく撃沈したのだった。


 お嬢様みたいなこの友人は三村撫子という。

 男子の目を釘付けにするれっきとしたレディである。

 ただ相当天然なので一般人では彼女の価値観についていけないことが多かった。なので周囲の男たちは玉砕しているとか。

 撫子はにこにこと刺身を味わっている。そんな姿も様になっていた。


 瑞穂が薄情な友人に恨み節をいいたいのをこらえていると、目の前の男友達が話しかけてきた。

「しっかしお前。その弁当はないだろ」

「うるさいわねえ。地元に海がないんだからしょうがないでしょ!」

「いやいやそれ関係なくね?」

 瑞穂をグッサリ刺したのはど正論であった。

 だがここで引くような瑞穂ではなかった。

「そうですよ、まったく。って、あら? わたくしのお刺身が交換されてますわ!」

「フハハハハ」

 高笑いしながらさっそくサーモンに醤油をかける。平気な顔で口にした瑞穂に青年はげんなりとしている。

「ネコババしてんなよ……。ったく、撫子のじゃなくて俺のを分けてやるから」

「すまんなー真澄。お前はイイ奴だ」

「こんな女友達やだ……」

 染めた金髪でチャラそうな外見のくせにどこまでもお人好しな友人は清水真澄。瑞穂のよき相棒だが、本人にそのつもりはなかった。初対面で瑞穂をいいなと思った過去は忘れたいと常々思っているのが彼である。

 高笑いする瑞穂としくしくと顔を覆って嘆く友人は食堂内でわりと目立っていた。


「ところでふたりはツナ缶アレンジレシピだったら何派? あたしはツナマヨ一択なんだけどー」

「ええっと……わたしはあんまり興味ないかな」

「にゃ゛っにを!?」

「僕はマグロの赤身が好きだニャン。もちニセチキンなんて拒否。にゃははは」

「きょ、拒絶……?」

 がっくりと肩を落とす瑞穂。目の前のツナ弁当をうつろな目でみつめている。

「赤森と猫枕か。次一緒だったか?」

「いーや。ただ楽しそうな会話してんなあと思ってさ」

 派手なメッシュの入った髪の毛の赤森は不思議ちゃんと有名な猫枕を引き連れて空いていた椅子に座る。赤森はギターケースを背負い、小柄な猫枕はバッグのキーホルダーを握りしめていた。

「あー……たのしそう、ね」

 若干一名楽しくない話題で沈んでいるが。

 三人は気にせず会話を続ける。

 撫子はひたすらもぐもぐとそしゃくしていた。

「そういや俺も最近は食ってねーな。瑞穂のはいやってほど見てるけど」

 ツナ缶の話題に戻ると撫子がやっと口を開いた。

「わたくしツナ缶なるものを初めて食べましたわ」

「「「マジか」」」

 咀嚼するお嬢様に絶句する周囲。周囲のテーブルの生徒もどよめいた。

「この魚もどき、おいしいですわねぇ」

 頬に手を当てて微笑む撫子だった。

「もどきじゃないもーん!!」

 そこへ復活した瑞穂の叫びがむなしく響いた。


「へえ、こういう缶に。ふむふむ。あ、これなら……もしかして」

 瑞穂がツナ缶に興味をもった撫子へ熱弁すると、鞄をあさり始める撫子。

 がさごそと探した末に、手のひらには缶詰があった。

「なんで持ってるの!? さっき食べたことないって……」

「はい。だって猫の餌(・・・)ですから」

「猫になんてもん食わせてんだお嬢」

 呆れる真澄が肘をつきながら突っ込んだ。

 単語の破壊力に瑞穂は今度こそ再起不能になった。


 しばらく黙っていた猫枕が「猫」の単語に食いつく。

「えー、撫ちゃん猫飼ってたの!? どんな子、みせて、みーたーいーニャ!!」

「ええと画像はないの。なかなか撮らせてくれなくて。でも、黒くてもぞもぞうごめいてる子だよ」

「なんだって?」

「かわいこちゃんなの」

 ふふっと純粋な笑みの撫子。

 なんとなく毛玉っぽいのを想像した瑞穂はふーんと納得する。

 真澄は目を細めて忠告した。

「へんな猫だな。あんまえたいのしれねぇもん拾うなよ」

「確かに衰弱してるとこを拾いましたけど、あの子は大丈夫ですわ」

 やっぱ拾ったんかい、と撫子の発言に真澄は肩を落とした。

「今度みせてー」

「機会があれば」

 撫子と猫枕は約束をした。


「おい瑞穂、ここは自宅じゃねーぞ」

「なによ、分かってるわよ」

「食堂であぐらかくやつがあるか」

 真澄がスマホをみる瑞穂に注意をした。椅子の上でしっかり足を組む瑞穂は母親みたいにうるさい真澄に眉をしかめる。

 スマホをみながら箸で刺身をつつくとおもむろにあーんと口に放り込んだ。

「おい、行儀が悪いぞ」

 瑞穂はこのくらい許してよと言い訳をする。

「もとはいいのにもったいない子ね。そんなんじゃ彼氏だってできないわよ」

 赤森の一言に、ショートヘアを手持ち無沙汰に指先で巻いた。

「彼氏とかべつにどうでもいいし」


「じゃあ瑞穂、また」

「うん。あとでねー」

 真澄や撫子たちと分かれ、瑞穂の授業へ向かおうとした。

「きゃあ!?」

 ところが、スマホをみていたために食堂の出入り口付近で誰かとぶつかってしまった。

「あっ」

 幸い相手の服にスープや飲み物がかかったりはしなかった。

 瑞穂は完食していたことにほっとした。

 相手をうかがう。

 目元まで長い前髪がおおっている女子だった。

(……あー、この子見覚えあるな。だれだっけ?)

 くすくすと嫌みな声が彼女の背後から届く。

 顔をうつむかせていた彼女ははっと足を翻した。目の前の瑞穂を突き飛ばすように逃げ出して。

「ちょっと! ……って、行っちゃった」


ありがとうございました。続きもどうかよろしくお願いします。

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