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笑えねえジョークはよせ


「それで、後ろのはなんだ?」


ベアトの問いに、ジェニオは得意げな顔で答える。


「今日一日の成果だよ」


「はあ?!」


ベアトは急ブレーキをかけた。

フォニスは積まれた荷物、紙束の山に頭から突っ込んでしまう。


「お前は銀行に融資を頼みに行ったんだろ?!」


「そうだったか?」


「とぼけるなよ殺すぞ」


信号もない場所で止まった車は、後続車から非難のクラクションを雨嵐と慣らされたが、ベアトはまるで意に介さず、煙草に火をつけた。


「わざわざこのクソ忙しい時期にてめえにまる一日も時間を与えてやった理由はなんだった?言ってみろ」


「ケツについた火を消し止めるため」


「そうだ。火の車になっちまったうちの会社をどうにか立て直すためだ。てめえのおべんちゃらでどっからでもいいから金を巻き上げてこい。銅貨一枚でも増やさないことには帰ってくるな。俺はそう言って朝てめえを送り出したな?」


「ああ。そしてオレは、こう返事をした。『まかせろ。オレたちがいまに金の木になることをわからせてきてやる』」


後続のトラックから人が降りてくる。

いつまでも動かないベアトに対し、怒り心頭の様子だった。

ベアトは車を急発進させ、近づいてきた運転手に、盛大に排気ガスを浴びせかける。

まっ黒になった運転手はふざけやがってと怒鳴ったが、車は速度を緩めることなくあっという間に遠ざかって行く。


「で、なんだ。この貧乏くせえ女が、手形代わりだってか?」


ベアトは運転手にしたあまりにもひどい仕打ちなど、まったく気に留めていない。

気付いているのかさえ怪しい様子だった。


「ああ。まったく、オレたち自身がなる前に、金のなる木をみつけちまったよ」


ジェニオの返事を聞いたフォニスは、咥えた煙草を一息で灰に変え、盛大に煙を撒き散らしながら、低い声で言った。


「笑えねえジョークはよせ」


「つまらないジョークを言うくらいなら死んだ方がマシだ」


「そうか。じゃあいますぐ死んでこい」


「残念だがオレはいまジョークなんて言ってない」


「頭がイカれちまったのか?ああ畜生、やっぱりお前ひとりに任せるんじゃなかった」


「オレら二人が抜けたら今週分が間に合わないだろ。それにお前の短気と人相じゃ、融資どころか門前ばらいだよ」


「言っておくが今週分はまだ終わるメドもたってねえぞ」


「なおさらオレ一人でいって正解だったじゃないか」


「首都まで出向いてこんな貧乏女だけ持って帰って、なにが正解だ、馬鹿やろう」


あまりに失礼なものいいだったが、紙束に埋もれたフォニスに反論する気力はなかった。

フォニスはもはやすべてを諦め、まだ乾ききっていないインクの匂いに抱かれながら、うとうとと船を漕ぎ始めていた。


「ああ、こいつは首都での拾い物ものじゃねーよ」


「は?」


「首都では本当に無収穫だったんだ。どこにいってもまるで相手にされなくてよ。まあいろいろおもしろい話は耳にしたが……」


それを聞いたベアトは目の色を変えた。


「記事になるか?」


「まだダメだな。なにせ宮廷ゴシップだ。未だに黒一色の首都じゃあ、ウケるどころか下手したら会社ごと叩き潰されちまう」


ベアトはなんだよ、と吐き捨てて、また新しい煙草に火をつけた。




この国ではひと月前に女王が崩御した。

若干三十歳で戴冠し、以降五十年という長期に渡り、国を治め続けた女傑だった。

その優れた政治的手腕と、飾らない人柄で民衆から広く支持されていた女王は、肝硬変が原因でこの世を去った。

女王は無類の酒好きで、長年の飲酒がたたったこの死因は、当然といえば当然の帰結だった。

おまけに本人は大して苦しむことはなかった。

死の前日も、いつも通り政務をこなし、いつも通り大酒を煽って眠りについた。

そして翌日には息をひきとっていた。

享年80歳。大往生といっていいだろう。

そんな女王の死を、国民はひどく悲しんだ。

特に女王に近かった首都の住民たちは、ひと月経った今でも、喪服をまとい、窓という窓から弔問を示す黒幕を垂らしたままだった。




「で、首都で使えるネタのひとつも拾えなかったお前は、やぶれかぶれになってこのなんの役にも立たなそうな小娘を拾ったわけか」


ベアトはちらりとフォニスを一瞥する。

視線を感じ取ったフォニスは、欠伸交じりの声で言った。


「小娘ではないです。わたしはもう20歳です」


「……赤ん坊を養う余裕があると思ってんのか?」


ベアトはフォニスを無視してジュニオを責めた。


「いつどこで拾ったんだ、これ」


「ついさっき、駅前で」


ベアトは舌打ちして、腕時計を見た。


「引き返してる時間はねえ。仕方ねえから今晩だけ許してやる。だが入稿が済んだら、お前これ、ちゃんともとの場所に戻してこいよ」


「こいつがくれた手形を見ても、同じことが言えるならな」


「寝言は寝て言え」


ベアトは取りあわず、車を走らせた。

二人が共同経営する新聞社、コロンボの社屋まで。


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