オレの目に狂いはなかった
「わははははは!!」
男はそれを見て笑い転げた。
やっぱり笑うんじゃないか、とフォニスは口を尖らせたが、しかしよく考えてみれば、自分の描いた肖像画を見て笑ったモデルは、これで三人目だった。
フォニスはこれまで多くの肖像画を描いてきたが、それを見た者は、たいてい不快を露わにした。
モデルが望んだ通りの絵を描かなかったからだ。
肖像画においてはモデルの要求通りか、あるいはさらに誇張して描くのが定石であったが、フォニスはこと絵に関して、相手に阿るということがまるでできなかった。
いや、絵だけではない。言葉でも態度でも表情でも、人に媚の売ることができなかった。
本人も絵も不愛想とあっては、宮廷での彼女の画家としての評価が低いのは当然といえるだろう。
彼女を買ってくれたのは、これまでたった二人だけだった。
田舎に住む彼女の師匠と、彼女を宮廷に招いた女王。
フォニスは二人の肖像画をそれぞれ描いたことがあった。
二人はそれを見て笑った。
こんなによく描いてもらったことはないと、心からの賛美を送った。
目の前の男の笑い方は、二人とはまるで異なる。
遠慮のない馬鹿笑いだった。
けれどフォニスは、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
フォニスが描いたのは、男の横顔だ。
ハンチング帽を目深にかぶり、鋭い目つきをこちらに向けている。
しかし口元は大きく開かれ、笑みを形作っている。
唾を飛ばし、なにごとか捲し立てているようだ。
飛んだ唾は男の周りで星となって散り、男をキラキラと輝かせる。
顔の上部と下部でかなり印象の異なる絵だった。
上部だけ見れば、目を光らせた厳めしい男であり、下部だけ見れば、唾を飛ばす軽薄な道化だった。
そしてふたつを合わせてみると、剽軽だがつかみどころのない、ミステリアスな男性像が浮かび上がる。
まさしく、フォニスから見た目の前の男そのものが。
「お気に召したようでなによりです」
そう言ったフォニス自身、絵の出来栄えには満足していた。
「いやあ、本当に最高だよ。オレの目に狂いはなかった」
これは頂いても?と男が改まって訊くので、もちろん、とフォニスは快諾した。
「そういうお約束でしたから」
フォニスは躊躇なく男を描いたページを破りとった。
「せっかくだから、サインしてくれよ」
「いいですよ。……お名前は?」
「エウジェニオ・ヴィオリエール。――――ジェニオでいい」
天才を意味する言葉を、ジェニオは平然と自称した。
フォニスは呆れを通り越して感心しながら、絵の隅に書きつけた。
フォニスからジェニオへ、と。
ジェニオは満足そうに頷き、肖像画を丁重に鞄の中に仕舞いこんだ。