婚約解消にはひとつだけ条件があります
こんばんは。ふんわり設定とその場のノリの作品で、拙いですがお目こぼしをいただければ嬉しいです。
登場人物の名前については、ただ単に名前の響きだけでランダムに選びましたが、お気に障ったら申し訳ありません。
それでは、どうぞよろしくお願いします。
(誤字報告、ありがとうございます!「うわホントだあーーー!」ってなりました。全然気付かなかった!修正しました)
殿下と聖女様に申し上げます。私が殿下を愛していないから婚約を解消して、真実の愛を貫きたいとおっしゃいますが、私に殿下への想いが全く無いわけではありません。五歳で殿下の婚約者になって以来、殿下の良いところ、好ましいと思えるところ、私との共通点を懸命に探して、素敵な方だ、素晴らしい方だと繰り返し自分に言い聞かせて、愛する努力を重ねてまいりました。
それは、私の貴族としての義務だからです。私の領民たちは私たち一族を支え、私たちは貴族として領民たちを守る。それには政略結婚も含まれるからです。
そんな気持ちは真実の愛ではないと言われるのでしたら、その通りなのでしょう。心に自然と湧き出る愛情だったのかと聞かれれば、そうではありませんから。私の気持ちは五歳からの努力の結果であり、作られた気持ちなのかもしれません。でも、お慕いする気持ちであることは、確かなのです。
けれど私は忠実な臣民であることもまた事実です。殿下のご意向に否やがあろうはずもございません。ただひとつだけ、私の願いを叶えてくださるとお約束いただけるのならば、婚約解消に同意いたしましょう。
聖女様、貴女は突然この世界に連れてこられてしまわれました。そのお立場には申し訳なくもお気の毒にも感じております。そして、私とは違い領民たちの血税で生かされてきたのでもありません。ですから、貴女様自身には何の貴族としての義務を負う必要もないのは理解できます。
しかし、あなた方の将来のお子様方はそうではない。
お子様方は、将来、飢えることも渇くことも、寒さに震えることもないでしょう。理不尽な暴力を振るわれることもなく、毎日清潔で安全な暮らしを送られることでしょう。
聖女様がいらした土地では、それは当たり前なのかもしれませんが、この地ではそうではありません。そういった生活を享受するには必ず義務が生じるのです。それも、王族としての義務であれば、それは想像を超える重さであることを知っていただきたいと思います。
私が憂いているのは、お子たちが聖女様の土地の様子を知り聖女様のお考えに触れ、その影響で貴族や王族のあり方に対して疑問を持ってしまうこと。その重責を重荷に感じてしまうこと。華々しい生活だけを享受して責任を放棄してしまうことです。もしくは……。考えるだけでも恐ろしいですが、聖女様が理想とする世界を実現しようとすることです。それが起これば、多くの人々が大きな被害を被ることになるでしょう。そしてそれは、残念ながらこのままではおそらく起こってしまうでしょう。
それを防ぐにはひとつしか道はありません。それは私の唯一の願いでもあります。
聖女様。貴女は決して、お子様の養育をなさらないでくださいませ。他の貴族や王族と同様に、お子は養育係の元で育つと約束してください。私や殿下もそのように育ってまいりました。
聖女様がお子様を育てるのならば、お二人の婚姻自体を無効にする。
そうお約束してくださいませ。
いいえ、意地悪で言っているのではございません。私はこの地のこれからを憂いているのでございます。
聖女様が日頃からよく口にされる、この地の身分制度に対するご不満は、解消できるのならば尊いものでございましょう。ですがよくお考えくださいませ。そのお考えは巨大な鎌であり、他でもない王族を刈り取ることになるのです。自由に生業を選択できるべきとのお考えひとつでも、現在の貴族制度にとって根底を揺るがす大変危険な考えです。そのお考えが貴女様自身や殿下、お二人のお子様やお孫様を、ご子孫を、処刑台に送ることになるのですよ。
いいえ、貴女様がどれだけ努力をされたとしても、貴女様の表情に、態度に、言葉の端々に、そのお考えは必ず現れます。お子様は貴女の心の動きを敏感に感じ取るでしょう。貴女に一瞬の隙もなくお子様に不満を気取られることなく子供を成人するまで毎日育て、その不満の原因である貴族制度を厳しく教え込むことなどできますか?常に、毎日、何年もです。不可能だとは思われませんか?貴女様ご自身のためにも、貴族の養育は専門家に任せるべきなのです。
私も殿下も養育係に育てられましたが、親の愛を疑ったことなどございませんよ?子供を愛するなと言っているのではございません。むしろ、愛情深く接してくださいますようお願いいたします。ただ、この地で王族として生きていかねばならないお子様方の養育は、専門家にお任せなさいませと申しているのです。そもそも王族の養育は、大変に難しいことなのです。
貴女様には必ずお世継ぎの男子を数人もうけてもらわなければなりません。それだけでも大変なことですのに、難しい王族の養育まで関わられては、聖女様のご負担が大きすぎるかと思います。私のただひとつの願いを、ご理解いただけましたでしょうか?
この誓約を文書にして神殿での誓いを頂けるのならば、婚約の解消に同意いたします。
私自身の身の振り方については、どうぞご心配なく。縁談などご用意いただく必要はありません。私は十二年間も殿下をお慕いするよう努力したのですよ、今さら他の方に同じように努力することなど、できそうにありません。
それに……、私も聖女様のお考えに感化されてしまった一人でございます。男性の愛情にすがる生活ではなく、自分自身で幸せを見つけたくなってしまったのです。昔の私ならば何の疑問も持たずに新しい縁談を受け入れていたでしょう。ほら、もう弊害が出ているでしょう?聖女様をお恨みすることがあるとすれば、殿下と婚約解消することではなく、貴族制度にそぐわないこんな考えを植え付けられたことでございます。苦しゅうございますよ、私も、聖女様が親しくされていた高位貴族のご子息たちも、みな聖女様の理想と、目の前の現実との絶望的なまでの乖離に苦しんでおります。殿下は違うご様子ですけれど。
私を憐れに思ってくださるなら、皆が苦しんでいること、努努お忘れなきようお願い申し上げます。
いえ、領地で過ごす予定です。少々疲れてしまいましたので、しばらくは心穏やかに静かに過ごしたいと考えております。私のことはお気になさらず、どうぞお二人は、末永くお幸せに。
「なーんて言っていたのに、この有様!」
私は枕に拳を打ち付けました。
「まだたったひと月!ひと月よ!それなのにこんな……、こんな!」
私はもう一発、拳を打ち付けました。
「ああ、殿下、聖女様、ごめんなさい!恋するってこんなに苦しいのね。お二人のことを、恋に狂った分別の無い義務をわきまえない自分勝手な人たちだと心の片隅で思っていて、すみませんでしたぁ!」
私はとうとう、頭を枕に打ち付けだしました。
「やれやれ、シュナ。可愛い妹のこんな姿を見ることになるとはね」
「セッターお兄様……」
私の長兄が呆れた顔で私を見ています。
「いくらお兄様でも、年頃の淑女の寝室に入ってくるのはどうかと思います」
「おまえの様子がおかしいと、血相変えて侍女が知らせてきたんだ。妹を心配する優しい兄としては仕方ないだろ」
お兄様は私の傍に腰掛け、頭を撫でてくださいました。お兄様も、侍女も、本当に心配してくれているのがわかります。私は我慢ならず、つい涙をこぼしてしまいました。
「シュナ、おまえ……。コーギー殿下と婚約解消した時にも一粒も涙を見せなかったのに、一体なにがあったんだ」
「セッターお兄様、どうしましょう……。私、妹の、テリアの婚約者様を好きになってしまいました」
お兄様の手が止まり、驚いた顔をされました。
「おまえ、なにを言ってるんだ?」
「わかってます、言わないで!ハウンド様に恋するなんて、いけないことだってくらい、私が一番よく知ってます!」
お兄様は口を開きかけ、そのままなにも言わずに私をまじまじと見ると、口を閉じて考え込みました。
「おまえなぁ……。ずっと心を縛ってきたけど、なんだか解放されたような気分だって言ってたろ?自由になったのに、よりにもよってハウンドかよ……」
「わかってますってば!一番いいのは、ハウンド様に想いを告げて、きっちりフッてもらうことだって!」
「おい!悪いことは言わん、それだけは絶対にやめろ!いいか、よく聞け、とにかく早まるな!」
血相を変えてお兄様は叫びました。そんなに駄目でしょうか。やはり、婚約者がいる方に想いを寄せるなど、あり得ないことなのですね。ましてや、ハウンド様は妹の婚約者なのです。聖女様とコーギー殿下が結ばれたことは、例外中の例外だったのでしょう。その稀な出来事に巻き込まれたのは他でもない私ですが。
「おまえ、ハウンドのことも、そんなによく知ってるわけじゃないだろう。おまえには掃いて捨てるほど縁談が来てるぞ?いや本当に、父上は実際に、大量の釣書の始末に困って、上質の紙でいい匂いがするからと焼いて薫物代わりにしてる。おまえはいくらでも選り好みができるだろ?なんであいつなんだ」
なんとも答えにくいことを聞かれてしまいました。でも、お兄様には正直にお答えしたいと思っています。
「なんというか、その。有能でお強くて、そしてなにより、愛情深い方とお見受けしまして……」
「あいつは愛情深いというより愛が重すぎるんだ!」
お兄様は頭をかきむしり始めました。
「そもそもどうして、ハウンドがテリアの婚約者だと思ったんだ?」
「え?テリアがそう言いましたもの。わたしの婚約者を紹介するねって。あの人がわたしのハウンド様だよ、って窓から指さして……。もちろん淑女として、独身の殿方であるハウンド様へこちらから話しかけるなどという振る舞いはしておりませんが、テリアや侍女たちから話を聞くうちに、その……。いつのまにか、お姿を探したり、お見かけすれば嬉しくて胸が高鳴るのにテリアといるのを見ると落ち込んだり、あ、あの方がその、夢に出て来たり……」
お兄様は大きなため息をつきました。
「そういうことか……。よくわかった。おまえに話がある。身支度したら茶話室に来い」
そう言って、入ってきた侍女と入れ替えに、お兄様は出ていかれました。
茶話室へ行ってみると、そこにはセッターお兄様だけではなく、次兄のバーナードお兄様もいて、二人で腕組みをして難しい顔をしています。
「お兄様方……。聖女様に貴族のなんたるかを説いてあんな誓約まで願った私が、よりにもよって妹の婚約者に想いを寄せるなんて……。貴族らしからぬ想いを持ってしまったこと、申し訳なく情けなく思っています」
私が深く頭を下げると、お兄様方は揃って首を振りました。
「なにを言ってるんだ、あの誓約は貴族の間で大評判だ、あの二人に王家の後継教育を任せたりしたら、王国は滅亡の一途だったんだからな。あれのお陰でコーギー殿下が廃嫡されずにすんだとも言える。おまえに縁談が山積みになったのも、あの誓約を結ばせたからだぞ」
「そうだよ、シュナ。誓約の内容ももちろんだけど、君の唯一の願いが自分自身のことや僕たちシヤンの家のことではなく、国の将来を見据えたことだったっていうのも絶賛されてるんだ。君こそが本当の聖女だって、もちきりだぞ。確かに、あの尻軽の不穏分子よりよっぽど……」
「お兄様!不敬ですわよ!」
バーナードお兄様は時折こうやって、柔らかな物腰で毒舌を吐くのです。
「おっと、つい。それで……」
お兄様方は顔を見合わせました。
「ハウンドのことだけど、あいつは元々、僕の友人で、ちょくちょくうちにも遊びに来てたんだ。小さい頃のシュナにも会ったことがあるんだけど、覚えてない?」
わたしは記憶をたどりますが、思い当たりません。私が首を振るとお兄様方は揃ってため息をつきました。
「あのな、シュナ。よく聞けよ。ハウンドはな、テリアの婚約者じゃない。一方的に熱を上げてるテリアがおまえに嘘を言ったんだ。実際は、テリアとの婚約を打診したこともあったが、ハウンドは断った。あいつが言うには、心に決めた女性がいるがその人とは結ばれない運命だから、生涯独身を貫くそうだ」
「……そうなのですね……」
私は胸がキリキリと痛みました。どう考えたらいいのかもよくわかりません。
「普通は、親が婚約を決めたら従うだろう?たとえ想い人がいても、届かないのなら諦めてケジメをつけるだろう?おまえがしようとしていたように」
「そうですわね?」
「あいつはそれすら拒絶したんだ、おまえがいうところの貴族の義務を放棄してるとも言えるだろう?そこまでして自分の想いを貫きたいだなんて、愛情が重すぎるとは思わないか?行き過ぎだ。そこでだ。おまえには、多くいる普通の男たちと知り合ってほしいと願ってたんだ。おまえがそのうちの誰かと穏やかに幸せになれるように」
「えっと、ありがとうございます?」
話のつながりがよくわかりません。私は小首を傾げてお兄様方を見ました。二人は苦笑しています。
「おまえも鈍いな。なんであいつがうちに日参してると思う?」
「婚約者のテリアに会いに来ていたのではなかったのですか?」
「だからテリアは婚約者じゃない。あいつの想い人ってのはな、おまえだ。シュナ」
えっ……
私は言葉が出ませんでした。
「そう、どうやら小さい頃の君に惚れ込んだらしいよ。だから僕たち、あいつを君に会わせないように、このひと月ずっと妨害し続けたんだ。あんな重いのが義弟になるなんて、考えただけでも胃の底が抜けちゃうからね」
えっと、えっと?理解が追いつきません。
「確かにあいつは、強いし有能だし見目も家格もいい。だがあまりにも愛情が重すぎる。今だって、なんとかおまえに会おうと毎日必死だ。直接会ったら絶対にプロポーズしてくるぞ。いいか、すぐに返事なんかしてはいけない。承諾するかしないかはおまえ次第だと父上も言っていたが、できるだけ明確な返事は引き伸ばして、あいつから譲歩を引き出すんだ!月に一度は実家に戻るとか日に数時間は一人の時間を作るとか一人での外出を許可するとか!」
「あいつに告白なんかしたら絶対駄目だよ、あいつ嬉々としてその瞬間に君を攫ってそのまま監禁くらいしかねない」
「噂をすればほら、あいつだ!」
お兄様が顎をしゃくる方向を見れば、部屋から続くテラスの窓から、庭の生垣の向こうにハウンド様と彼にまとわりつくテリアが見えます。
「いいか、シュナ、よくよく考えろ、冷静になるんだぞ。決めるのはおまえだが、あいつよりマシな男は山ほどいるぞ!」
そう言うとお兄様方は茶話室を出て行ってしまいました。
えっえっ?
どうしましょう、どうしましょう。
私を見つけたハウンド様が、テリアを振り切ってこちらに向かって来られます。
どうしたらいいのでしょうか。自分で、心のまま、自由に選択するって、難しいのですね。
心の決まらない私に向かって、ハウンド様がゆっくりと歩み寄っていらっしゃいました。
end
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バーナード「あーあ。やっとあのボンクラ殿下からシュナを取り戻したと思ったのになー」
セッター「それを言うな……」
テリア「もう!もう!王子様の次はハウンド様なんて!お姉様ばっかりズルい!キーーッ!」
ありがとうございました!楽しく書くことができました。
それでは、またいつかの週末でお会いできれば幸いです。