一話 本能寺の変
ユラユラと陽炎のように炎は揺れ動き、さながら空を切り裂く雷鳴のように建物だったものは音を立てる。私は自分を取り巻くそれらを他人事のように眺めた。己が着用している緑の着流しと黒の袴に火の粉が飛ぶ。まるで野原の中で愛を訴える蛍のようだ。綺麗だな、なんて場違いなことを考えた。
――俺の最後の景色は紅い炎か。火を使い、お湯を沸かしてお茶を点てる生業の俺には相応しい最後だな。
せめて、自分を焼き尽くす炎を最後まで目に焼き付けておこうと思う。けれども身体は自分が思うより自分の思い通りには動いてくれないらしく意識が朦朧として瞼が重力に引っ張られて閉じていった。
――どうか。どうか、凛音が無事に逃げれていますように。
願うは俺の我儘に付き合わされたばかりに現在進行形で命の危機に見舞われることになった愛しい弟子の無事ばかりだ。あの娘は本来なら命を狙われる必要のなかった生まれだ。ここから逃げおおせることさえ出来たのなら平穏に暮らすことが出来るだろう。ただ、それだけを祈ってやまない。
何時しか、視界は真っ暗な暗闇のみを映して音は無音のみを伝えるようになる。そうして初めて死を俺は自覚した。闇討ちに巻き込まれたにしては驚くほど静かな最後であった。