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「……これは一体、どういうことです?」
「……俺は精一杯やったぞ! ただちょっと、……無理だっただけだ!」
「使えない方ですわね!」
「なんだとぉ!?」
今日も今日とて王城の庭園で、二人で憤りながらお茶を飲んでいる。
それはなぜかというと、単純明快。
この目の前の根が素直すぎる男が、『俺は運命の女性が居るから他の女性と婚約するつもりは無い!』とか陛下に堂々とのたまったからだ。呆れて声も出ないとはこの事だ。
いきなり息子が訳の分からない運命論を熱く語り、しかも聞いてみれば個人名は言わないまでも相手は恐らく男爵令嬢。
さすがに名前までは打ち明けなかったようだが、それでは余計に信憑性はない。まったくない。夢見がちな子供の戯言としか思われないだろう。私なら思う。
そして判断されたのだ。この王子の『わがまま』を今、矯正しなくてはならない、と。この様な『わがまま』は通るものではないと、大人が子供に対して躾を意識したのだ。至極真っ当だ。
では、どうするか。
婚約したくないという令嬢と、粘り強く会わせるべきだ。という迷惑極まりない結論が、大人たちの間で出てしまったのである。
これが使えないと言って、どこが悪いのか。
私が父親から厳命されたのは、これから毎週殿下とのお茶会をするように、粗相のないように、という残酷な命令だ。
何が悲しくてこの殿下と、毎週お茶会をしなければいけないのか。
関わりたくないと私も殿下も言っているのだから、開放してくれればいいのに。けれどお互い高貴なる立場ゆえ、ままならないことが多いことは分かっている。
けれど、けれど、殿下との未来は不幸になると分かっているのだから、是が非でも回避したい。
私が未来を思い、眉間に皺を寄せていると、殿下は私が怒っていると思ったのか慌てて言い訳を始めた。
まぁ怒ってはいるのだけど。
「この結果は悪かったと思っている。だが今から言っておかないとまた違う令嬢と婚約させれるかと思ったんだ」
「でしょうね。けれど殿下、あなたはいつも手段が幼稚すぎます」
「よ、幼稚!? さすがに幼稚とはいくら何でも無礼じゃないか!?」
そう怒る殿下は頬を膨らませて不満を表現しているが、そのしぐさが五歳児の体によく合っている。
つまり、そう言う事だ。
おー、よちよち。ご不満なんでしゅね、しょうでちゅかーと内心馬鹿にしていたら、私の表情から察したのか、殿下は恥じ入るように頬をへこませた。
耳まで赤いが、ここは指摘しないでいてあげましょう。
代わりに遠慮なく文句を言わせてもらいます。
「殿下の手段は幼稚です。けれど殿下が殿下という身分の上では、それは凶悪な手段となります」
「俺は、そこまで自分の事を悪い人間だと思った事がないのだが……」
「笑止千万。理不尽な理由で私に婚約破棄をしたことをお忘れで?」
「あれは君が彼女に酷いことをしたと勘違いしていたからで……。いやでも勘違いは良くないな。ちゃんと調べなければいけなかったんだ。そこは悪かった」
「素直が長所なのになんでこんなに残念なんでしょう。それは第一前提ですよ」
「冤罪がいけないという話ではないのか?」
「それは当たり前の事です。まあ殿下はその当たり前がそもそも抜けていたんですけど。よく考えてください。あんな理不尽な理由で婚約破棄された私が、その後どうなるか考えたことがありますか?」
「君は公爵令嬢という立派な立場があるし、才色兼備だ。だから俺という婚約者さえ居なければ、嫉妬から変な行動も無くなって、どこに行っても歓迎されるご令嬢に戻ると思ったんだ」
「王子に婚約破棄された女なんて、みんな嫌がりますよ。分かるでしょう?」
「……その点は正直、頭から抜けていた。すまない。確かに今冷静に振り返ると俺の行動は完全な浮気だった。どこかで自分でも分かっていたんだろうな。君への後ろ暗さから早く解放されたくて、婚約破棄のことしか頭になかったんだきっと。完全に自己保身だな」
「ですね」
「それで一度、彼女を交えて話さないと埒が明かないと思ったんだ。噂を君は否定するし、彼女本人の口から被害を聞けば、賢い君はもう言い逃れしないだろうと思ってだな」
「だから、そもそも悪口の内容は私に正当性がありますよ。浮気以外の事については悪口を言ったことはありませんし。それと私の優秀さを見せびらかしただけです」
「その、前も少し思っていたんだが、その優秀さを見せびらかすって何なんだ」
「同じ授業を受けるときは必ず少し近くに座り、先生の出す問題を挙手して正答し、教室の皆様から憧れの視線をかき集め、かといって驕るでもなく真面目に授業に集中している姿を見せつけていました」
「それは………優秀さを見せつけるというか、単に君が真面目な生徒なだけでは?」
「分かっていませんね。こうすることによって、殿下にふさわしい教養と知識を備えているのは私だとアピールしていたのです。だから身の程を知りなさいよ、と」
「俺が言うのもなんだが、ささやかすぎないか? アピールになっていたのか、それ?」
「アピールだったんです! 確かに殿下にも彼女にも通用しませんでしたけど!」
今思い出すだけでも腹が立つ。
一体どれだけ努力しようがこの殿下には響かず、彼女は授業自体にあまり興味がないのか、真面目に聞いていなかったようで気付かれることもなかった。
努力とは、必ずしも報われるものではない。と、この様な名言を残した方も一体どれほどの絶望を体験されてかの言葉を残したのか。
心中お察しいたします。察したくはなかったけれど。
「とにかく、話を戻しますがあの様な理不尽な理由で婚約破棄をされれば、事情を知らない方々は必ず私を悪だと判断なさるでしょう。そして私は社交界からつまはじきにあい、きっともう誰も婚約してくれなくなるでしょうね」
「それはやはり大げさではないか? たしかにそこまで配慮が足りなかった俺が悪いのは分かる。けれどたとえ俺が間違っていたとしても、その後誰かが間違っていると訂正するだろう。君は清廉潔白だと。その時君の名誉は守られるはずだ」
「いいえ。殿下のご不興を買いたいものはそうおりませんし、仮に潔白だと証明されたところで殿下に捨てられた女という結果が残るだけです。良くて好色な老人が後妻にもらってくれるくらいです」
「こ、好色……」
「その様な言葉くらいで赤面しないでください。お子ちゃまですか。あぁ今は実際お子ちゃまでしたね」
殿下にはこう言って責めているが、恐らくあのまま今に巻き戻らなくても多分私は幸せを掴んでいたかもしれない。
家族は私を愛してくれていたし、きっと冤罪を晴らしてくれたはずだ。
その後は憶測となるが、王家に慰謝料を請求するだろうし、私を領地に戻して好きなように過ごさせてくれるだろう。
そんな中、領地で素敵な出会いだって、あったかもしれない。
そうすべては憶測だが、それでもあの家族が居てくれるなら、私は決して不幸にはならなかっただろう。
かといって、傷ついていないというわけではない。
やはり殿下には恨み言を言いたいし、今後も関わりたくない。
けれど王宮の庭で殿下の正面に座っている現状、その望みが叶うことはなさそうだ。
ならば少しでも苦痛を軽減すべく、まずは殿下の意識改革から始めてみるべきだろう。彼女が傍に居ない冷静な殿下のうちがチャンスといえばチャンス。彼女に再び会って、また恋の炎が燃え上がる前に矯正できるところはしておかなければ。私の安全のために。
出来る気はしないけれど。
けれど出来なくてもいいか。この見合いが今後続いても、ゼッタイに、婚約だけはしませんから。つまり私には、殿下のすべての事象が関係ない。
「とにかく、君の立場を考えなかったことも問題という事だな。本当にすまなかった」
「素直は免罪符にはならないんですよ殿下。私に限らず配慮というものを覚えてくださいという話です。でももう終わったことなのも事実です。なので文句は言いますが殿下の考え方を私が変えることができるとも考えておりません。重ねて文句は言いますが、私の言葉などもう聞かなくても結構です」
「まるで見捨てられるかのような気持ちになるんだが。そして文句は言うのか」
「嫌ですか?」
「………いや、不義理で不誠実なことをして君を傷つけたのは俺だからな。甘んじて受けよう」
「この素直さが恨めしいー!」
何故こんなに素直なのに行動がアホの子になってしまったのか。
許してしまいそうになるが、裏切られたのは事実。恨めしい気持ちも事実。そして憎み切れないこともまた事実。
これだから殿下とこれ以上関わりたくないのだ。
ほだされたくない。
過去の傷つけられた私を大事にするためにも、私は殿下を嫌いでいたいのだ。
でももちろん、これはもはや恋情ではない。
前にも言った通り、百年の恋も氷水をぶっかけられて冷まされたような事件だったのだ。
今、ほだされそうになっているのは殿下という人間性についてだ。人として、憎み辛い人なのだ、本当に。腹立たしいことに。
けれどもう陛下からの命は下された。
会わないという選択肢はつぶされたのだ。
だから後はもう、先ほども殿下に言った通り文句を言いつつ過ごすしかあるまい。
いつかくる殿下と彼女との出会いを、いかに他人の位置で眺めることができるかが勝負所である。
それまでに殿下には何度も言い続ける。
今度こそ、殿下が噂に流されないよう、言い続けてやるのだ。
「私は、殿下の恋の邪魔を致しません。ええ、絶対に」