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 一か月後。

 あの訳のわからない事態の後、倒れた私たちのせいで大騒ぎのままその場は解散となった。

 そのまま話がうやむやになればありがたかったのだけれど、そうは問屋が卸さない。約1ヵ月の療養機関を経て、また婚約の為の場が設けられてしまった。

緊張と興奮のせいで二人は倒れてしまったのだろうと周囲は結論付けた。何分、幼い子供であるからだ。

 それでもやはり二人同時に婚約が嫌だと喚いて倒れたのだから、興奮の原因は明らかである。大人たちもこの婚約は結ばないほうが良いのではないかという見解におおむね傾きつつある。

 それでも気分屋である幼い子供ゆえの事だから、念の為相手を知ってもらおうとこの場が設けられたのだ。

 王宮の庭園で二人だけにされた私たちだったが、会話が弾むわけもない。お付きの者たちも遠巻きに控えるばかりで、近づいては来ない。おそらくこちらの会話が聞こえることはないだろう。

 こんな子供同士なのだから、普通に会話の補助やフォローに入ってくれればいいのに。きっと前回は大人に囲まれていたのがストレスだったのだと判断されたのだろう。いらない気遣いである。

 私は眉間に皺を寄せて、小さな自分の手には余る扇子を広げ意味もなく仰ぐ。

沈黙がこれほど退屈だとは思いもしなかった。

 この状況が不服なのは相手も一緒のようで、ずっとイライラした様子を見せていたがついに痺れを切らして口火を切った。


「この時間が無駄だ。お前と話すようなことは何もない」

「そうですか。ではそう陛下に申し上げてください」

「すでに言っている。だが聞き入れてもらえなかったんだ!」

「怒鳴らないでください。それを私に当たるのは八つ当たりというものですよ」

「うるさい!人を貶めるような人間が俺に意見するな!」

「口が悪い上に失礼で狭量な方ですね。癇癪持ちなんですか?」

「単にお前が嫌いなだけだ!」


 肩をいからせてまくし立てた元婚約者は、怒鳴っても涼しい顔で受け流す私に疑問を感じたのか、怪訝そうに眉根に皺を寄せた。


「……なんでそんなに冷静なんだ、お前」

「冷静というか、諦めですわ。過去に戻ったのだろうなと推察はしますが、この状況を理解できる気がしませんし、抵抗できるすべがあるとも思えません。なので、私には日々を無難に過ごすしかできることがございません」

「確かにこの状況は訳が分からないが、だからといって諦めるというのもおかしいだろう!」

「では、殿下は頑張ればよろしいのでは? 何をどうすればいいのか私には皆目見当もつきませんし、どう頑張るかは知りませんけど。どうぞ頑張ってくださいな、応援しております。えぇ」

「馬鹿にしているのか?!」

「怒鳴らないでくださいと言いましたでしょう。お耳はついていらっしゃいますか?」


 扇子をパチリと閉じながら殿下を睨みつけると、殿下はウグッと息を詰まらせて黙った。

 そこから深く息を吸っては吐いてを繰り返しだしたので、恐らく冷静になろうとしているのだろう。

 元から感情的な人ではあったが、愚かな人でもなかった。

 そこが好きだった。

 だからこそ、『嫌い』だ。


「少しは冷静になりまして? この現状を私たちはどうすることもできないと。ならば今目の前にある問題から解決しましょう」

「……お前が仕切るな」

「お前というのをおやめください。今の私は殿下とは婚約者同士ではありませんし、なるつもりもありません。殿下もそうでしょう?」

「お前なんかと誰が婚約するものか!」

「お前と言うのをおやめください。お耳はついていらっしゃいますか」


 先ほどと同じセリフを疑問符なしで再度問うと、殿下はパッと口を押さえた。素直なことだ。

それでも私に非難されるのは余程悔しいのか、不機嫌を隠しもせずまた話し出した。


「耳が付いているかとおま、…君には言われたくないぞ。俺がさんざん彼女をいじめるなと言っても聞き入れなかったのは君だろう!」

「その事を持ち出すのでしたら私も言わせていただきますよ。婚約者である私を蔑ろにして彼女に近寄るのをおやめくださいと何度も申し上げましたのに聞こえていませんでしたか?」

「君以外の女性と口をきくなと? それこそ狭量な女だな」

「誰もそんなことは申していませんし、明かな婚約者の不貞行為を見逃せと? 傲慢で浅慮で礼儀の欠けたな方ですわね」

「言い過ぎだろう! 大体君のような他者を虐げる女と誰が添い遂げたいと思うんだ、君はまず自分の性根を叩き直すべきじゃないのか!」

「殿下が浮気しなければ私もあんな行為しませんでしたよ。といっても悪口と悪口と悪口、ついでに私の優秀さを目の前で見せてやるくらいしかしておりませんけど」

「悪口が多いな! それに嘘を吐くんじゃない。たしか噂では彼女の頬を叩いたと聞いているぞ」

「それはレスター公爵令嬢ですわね。彼女、殿下に恋をしておりましたから許せなかったのでしょう。ついでに私も叩かれたことがあります」

「え!?」


 良く調べもしないで責められているなとは思っていたが、本当に噂を鵜呑みにしていたようだ。


「人の性根を語る前に殿下は自分をかえりみてください。浮気者のくせにあんないきなり人を呼びつけた上での婚約破棄宣言。反論さえさせてくれる雰囲気もありませんでした。私の意見など鼻から聞く気がなかったのでしょうけど、あまりにも横暴では?」


 呆れたと私が隠しもせずため息を吐くと、焦ったのか殿下はしどろもどろになりつつも続けた。


「浮気者……。だ、だが、人の悪口を言うのは、やはり人としてどうかと思うぞ」

「えぇ、人の悪口陰口だけで人は簡単に追い詰められますもの。それこそ命を捨てる方だっています。私のしたことは許されるものではありません。だから、言い訳をせずに婚約破棄を受け入れようとしました」

「……そこまで分かっていて君は言うのをやめなかったのか? やはりそれは、性格が悪くないか?」

「言わなければやってられなかったんです。『私の婚約者が浮気をしている』、『婚約者がいると分かっている男性と親しくする女がいる』、と。概ね友人たちは私の愚痴に婚約者とその女が悪いと同意してくれましたし」

「………さっきから言われているが、その、俺は浮気なんて、していない」

「耳がついていないどころか、他者を思いやる心と頭もないのですか?」

「………すまない」


 婚約破棄してまで彼女と結ばれようとしていたのに、言い訳にもならない言い逃れは無様なだけだ。

 不純異性交遊は致していなかったとしても、恋愛感情ありきでそばに居たなら立派な浮気である。

 しかも私の行為は誉められたものではなかったとしても、それに至る原因は明白である。

 そこの所は本人にもさすがに自覚があるようで声に力がなく、今度こそ本当に黙り込んでしまった。私に対する扱いが酷すぎることを今さら自覚したところで遅い。

 自分の浮気が原因で傷つけた婚約者に対して浮気などしていないという言い訳など、配慮が足りないにもほどがある。

 この巻き戻りの前にも同じような苦言を幾度となく伝えてきた。そのことを今さら思い出しているのかもしれない。

 自分には本当に耳が付いていないのでは? と不安になっているのかやたら耳を触っている。

 愛しの彼女が側にいないこの異常な現実に、少しはこちらの話に耳を傾けられるようになったようで、ようやくかと嘆息した。のぼせ上った恋ほど、人を狂わせるものはないと自分も痛感したし、殿下を見ていてもよぅく学ぶことができた。

 だからといって到底許せるものではないし、二度と殿下と婚約などしたくはない。


「……なの、か?」

「ん?」


 あーやだやだと、巻き戻り前の殿下の所業を思い出してはイライラしていると、何か言いにくそうに言葉を零したのが聞き取れた。

 けれどうまく聞き取れず、変な声が出てしまった。

 私の様子から聞き取れていないことを察したのか、殿下はまだバツが悪そうに繰り返した。


「君もレスター嬢に叩かれたと言っていたが、その、大丈夫だったのか?」

「素直か」

「えっ?」


 私も叩かれたと先ほど言ったが、巻き戻り前ではわざわざ殿下には言っていない。

 女同士のもめごとに男性を挟むなど、事態が泥沼化する結果しか見えないし、何より男に泣きつくなど己の矜持が許さない。

 時期王妃になる身としても、守られるだけの存在になりたくはなかった。

 まぁ、そんな守りたくなるような存在に殿下は惹かれたようですけども。

 それにしても己の所業を振り返った際に、叩かれた殿下の愛しのきみだけを気遣うのではなく、同じくレスター公爵令嬢の被害者である私も気遣うべきだとでも思ったのだろう。

 そういうところが素直かつ実直で憎み切ることができなかった。そして恋情を捨てきれなくさせたところだと今は憎々しく思う。

 恋に盲目になったとしても、彼女のこと以外は普通だったのだ。殿下は。

 殿下はまさか気遣ったのにそんなよくわからない返答をされると思っていなかったようで、戸惑っていることが手に取るように分かった。

 結果、殿下の中で前と同じ結論が出たらしい。


「……相変わらず可愛げのない人だな」

「可愛げが無くて結構です。殿下に可愛さを出してみても意味がないことは骨身にしみて分かっておりますので」

「可愛げを出してもというがこうなる前から君は可愛げが無かったぞ!」

「か弱いだけの女にはなるなと、そう王妃教育で叩きあげられましたからね」

「それはっ、それは……いやそれと可愛げは別の話ではないか?」

「………確かに」


 か弱い女ではなくても可愛げのある人はたくさんいる。

 これは私の認識がおかしかったのか。少しくらい殿下に泣きついても良かったのだろうか。

 ……いや、浮気はおやめ下さいと何度も言っていたし、殿下に捨てられそうだからといって殿下に泣きつくのはやはり私の矜持が許さない。

 それまでとげとげしていた私が、どこか驚いたように殿下の反論に同意したことがおかしかったのか、殿下は思わずといったように笑った。

 それこそ殿下が笑ったことに対して私は驚いた。あまり殿下の笑うところを見たことが無かったのだ。

 つられる様にして私も少し笑ってしまったが、それこそ殿下も私を見て驚いていた。

 そういえば、私も殿下の前であまり笑ったことが無かったかもしれない。

 でも、それももう、どうでも良いこと。


「……さて、そこそこ時間も経ちましたし、お開きにいたしましょうか」

「え? あぁ、そうだな。どうせまた話す機会はあるからな」

「何を言っているんですか。前回で私たちの相性が悪いのは印象付けられています。今回も最悪だったと殿下がおっしゃればこのお見合いも終了ですよ」

「えっ? い、いやでもそんなにすぐに父上たちが私たちの婚約を諦めるだろうか?」

「確かに私たちが一番身分で釣り合いが取れているので惜しまれるでしょうが、何もそこまで無理をさせる理由もありません。私の家は公爵ですが、確か侯爵家にも同じような年ごろの娘さんがいたはずですので、相性の悪そうな私よりそちらが良いと判断して下さるでしょう。殿下のことが大好きなレスター公爵令嬢も居ますしね」

「待て待て、君と婚約する気はないが、かといって他の娘と婚約する気もないぞ俺は!」

「でしょうね。でもそれは私には関係のない話です。殿下が私以外の家の娘と婚約しようがあの彼女と婚約しようが、私はどうでも良い。精々、本懐を遂げたいのならまぁ頑張ってくださいねと思う程度です」

「薄情なやつだな!そこは事情を知っているんだから俺と彼女が婚約できるように協力してくれる流れではないのか!?」

「冷酷で非情な人ですね。仮にもあなたを慕っていた私にそれを要求するんですか?」

「そうは言うが、今の君を見ているとその恋とやらも疑わしいぞ」

「それはそうでしょうね。でも当然ではないですか? あんな不当な扱いを受け続け、更には問答無用であの婚約破棄。三人だけの教室で実行したところが殿下の私に対する気遣いだったのでしょうが、なんのフォローにもなっていません。百年の恋も冷めますよ」

「ひゃ、百年の恋も……」

「ええ。言ってしまえば幻滅しましたし軽蔑しました。正直今この場に居るのも苦痛です。姿も見たくありませんし声も聴きたくありません。早く解放してくださいませんか?」

「えらい嫌われようだな!?」

「百年でも生ぬるいかもしれませんけれど。とにかく今は殿下に対して、いっっっさいの恋情を持ちあわせておりませんので、ご安心ください。関わりたいとも思っていませんので、本当に早く解散しましょう」


 そこまで言葉を取り繕うことなく言い切ると殿下も鼻白んだようで、異論もなく席を立つ。


「確かに君に不誠実なことをしでかしたのは俺だからな。今更謝ったところで君の気が晴れることはないだろう。縁談については俺から上手く言っておく。ではな」

「殿下の恋、遠くの遠くから成就するよう祈ったり祈らなかったり忘れたりしておきますね」

「馬鹿にしているだろう!? それならいっそ最初から忘れといてくれ!」

「言質をいただきましたわ。綺麗さっぱり忘れます」


 殿下の身分違いの恋など知っていても得することなどない。むしろ知っていることで損をすることが多そうだ。

 何にしても、もう絶対近寄らない。

 私はもうあのような思いは二度とごめんである。

 こうして、私と殿下の二度目のお見合いは終了したのだった。



 ………の、はずだった。



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