Promise -約束-:後編
「着いた!」
「ひー、疲れたー」
「ユーノの体力は昔から進歩ないねー?」
「いいのって…ありゃ!?」
小高い丘を登り行くと、そこには一面の緑の草原が…無かった。
宅地造成でもあるのか、鉄条網に囲まれたその中は、剥き出しの土が広がっている。
「うっそ…」
「そんな…」
秋那と千夏も呆然となっていた。
とはいえ、これはある程度予測された結果だ。
約束をしたのは10年以上も前。
それだけの時間があれば、この辺鄙な田舎にも開発の波はやってくるだろう。
吹き抜ける風は、あの頃のままだったが、私達自身とあの緑の園は変わり果ててしまったわけだ。
立ち尽くす二人に、私は切り出した。
「正直、さ」
その呟きに、千夏と秋那が目を向けてくる。
「私、いまの仕事が上手くいってなくて…ちょっと気晴らしに出掛けようと思ったら…行き場が故郷しか無かったんだ」
抜けるような青空を見上げる。
「だから、約束を覚えていたなんて実は嘘。二人に会ったのも…本当に偶然なんだ」
「…お前さんもか」
苦笑しながら、秋那が続けた。
目を見開く私と千夏。
「あたしもね、ちょっと仕事漬けの毎日に疲れちゃって。憂さ晴らしに出掛けたら、電車で寝過ごして、仕方なく近場のここに降りちゃったんだ」
「なーんだ。みんな同じだったんだ」
クスクス笑う千夏に、私と秋那が顔を見合わせる。
「私ね。今度、婚約するんだ」
目を剥く私達に、千夏は笑った。
「でも、家の都合。笑っちゃうでしょう?いまどきセーリャクケッコンなんて」
「…マジ?」
私の問いに、やや困ったような笑顔になる千夏。
「うん。ほら、うちって旧家だから、家同士の色々としがらみがね」
そう言うと、千夏は伸びをした。
「だから嫌で、逃げ出してきちゃった」
「「家出かよ!?」」
重い事情を、軽く流すお嬢様に、私達の声がハモる。
「エヘヘ」
それにペロッと舌を出す千夏。
…忘れていた。
大人しくて奥手だが、ここ一番での思い切りの良さは、私達の中ではコイツが断トツだったっけ。
そして、千夏が小首を傾げた。
「でも、不思議だね…三人共、偶然でこの四葉野に集まるなんて」
『偶然じゃないよ』
不意に。
その場にいないはずの「四人目」の声がした。
その声に聞き覚えがあった私達は、雷に打たれたように身を震わせた。
そして、振り返った私達の目の前に、一人の女の子がいた。
長い黒髪は玉虫色の光沢を放っていて。
瞳は緑。
白いワンピースのスカート部分が風にそよぐ。
「春歌!」「おハル!」「春歌ちゃん!」
私と秋那と千夏の声が重なる。
そして、三人共顔を見合わせた。
無意識に出た言葉なのか、みんな自分の台詞に戸惑っているようだった。
少女…四葉 春歌がニッコリ笑う。
『久し振りだね、みんな。こんな素敵な大人になって』
「え?どういうこと?な…んで…?」
私の呟きに、春歌が小首を傾げた。
『忘れてたか?』
春歌がウインクする。
『無理もないよ。私の姿や記憶は子供の時以外は、人間には感じられないもの』
「人間には…?」
秋那の言葉に、春歌は少し寂しそうな表情で頷いた。
『あの時言ったでしょ?『大人になったら、みんな、私を忘れる』って』
その瞬間。
私の脳裏に在りし日の幼い記憶が流れ込む。
私達はいつも一緒だった。
でも、春歌は何故かこの草原でしか会えなかった。
それでも一緒に遊んでいた私達。
そんなある日、ちょっとした言い合いが起きたんだ。
切っ掛けは「大人になったら」という四人の間の話題。
私達が夢を語る中、何故か春歌だけは口をつぐんでいた。
そして「大人になったら、みんな、私を忘れる。だからお別れだね」と言った。
それが無性に悲しくて、悔しくて…
「大きくなってもきっと会いに来る」…そんな約束を無理矢理交わしたんだ。
春歌はそれを聞いて、とても嬉しそうに…小指を差し出した。
それに私達もそれぞれ小指を絡めた。
まるで、四葉のクローバーのように。
『約束ね』
「うん。絶対」
「OK!」
「分かった!」
そうして、四人は笑いあった。
どうして…忘れていたんだろう。
あんなに一緒にいたのに。
あんなに大切な約束だったのに。
『でも、また会えたね』
そう言うと、春歌は一つの瓶を取り出した。
三人で息を呑む。
それは「約束」と共に埋めたはずのタイムカプセルだった。
それぞれの宝物をその中に入れた。
再会と共に掘り起こすために。
でも、かつての約束の野原は消え、それも失われたと思っていた。
『良かった。最後にこれを手渡せて』
春歌の姿がぼやけ始める。
息を呑む私達。
それでも、春歌の微笑みは限りなく優し気だった。
『みんな、ごめんね?今日でなきゃ、もう会えなかったから、最後にみんながここに来てくれるよう、残された『力』を使って、ここに来るように仕向けちゃった』
秋那が耐えきれずに叫ぶ。
「おハル!待て、行くな…!」
「アッキー、お仕事頑張ってね。貴女なら、きっと大丈夫」
そして、千夏に向き直る春歌。
「千夏ちー、人を愛することを止めないで。そうすれば、きっといい恋に会えるよ」
「春歌ちゃん…」
千夏の目から、涙が溢れている。
最後に、春歌は私に向かって微笑んだ。
「ユーノ、素敵な思い出を残してくれて…ありがとう。きっと、貴女の撮る写真はみんなを幸せにできるよ」
「春歌…」
そうして。
春歌の姿は溶けるように消えていった。
後には一つのタイムカプセル。
そして、その上に乗った四葉のクローバーと一輪のシロツメクサの花。
それは、今まで懸命に生き残ろうとしたのか、萎れながらも、タイムカプセルを守るように寄り添い、風にそよいでいた。
そっと、それを拾い上げる。
私の手の中で、白い花とクローバーは力を使い果たしたように、クタリとなった。
私はタイムカプセルを開けた。
その中にあった、一枚の写真を取り出す。
それは、私が親のカメラをこっそり持ち出し、みんなで撮ったものだ。
そして、生まれて初めての自分が撮った写真。
出来上がったそれを見たみんなが、とても喜んで、誉めてくれた。
だから…私はカメラの道に進もうと思ったんだ。
「…ただいま、春歌」
写真の中で笑いあう四人がいた。
その姿に思わず微笑む私。
同時に、一滴の涙が頬を伝った。
「そして…約束を守ってくれて…ありがとう」
風がそよぐ。
あの日のように、優しく、遠く。
まるで、タイムカプセルの中から漏れ出たように、優しいあの日の時間が、私達を包んだ。
~ END ~
本作品は花をテーマにした「咲花の園」企画参加作品です
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また、私以外にも五人の作家の皆さんの作品も、ご覧いただけます
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【「咲花の園」企画HP】
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参加ライター:ふわりさん、江山菰さん、葉月さん、水菜月さん、夢華さん、詩月 七夜