002.クラスメイト
世界の理に気づいてから三日目の朝。
熱も下がり、私は日常に舞い戻っていた。
「おはよ」
「あっ、タマちゃんおはよう! 熱大丈夫?」
「へーきへーき」
私の顔を見るなり、心配そうに近づいてきたのはクラスメイトのシャーロット・ヴィヴィンス。シャロちゃんと私は呼んでいる、可愛いね。
ちなみに私はタマ・ヴィクトリアという名で、中川の部分がヴィクトリアで通の部分がタマに変わった感じだ。なので、クラスでは私はタマちゃんと呼ばれるわけだ。可愛いね。
「珍しく学校来たと思えば風邪ひくとは、優等生は体が弱いことで」
「うっさいわ」
シャロちゃんの後ろから顔をひょっこり出して悪びれも無く嫌味を言うコイツはランプ・ガーネット。こいつもクラスメイトで、体力しか取り柄の無いバカ男だ。可愛くないね。
「よっ、こっちに来るのは珍しいな? 熱でもあるんじゃねぇか?」
「お生憎様、昨日熱は下がったわよ」
「あっ……すまん、大丈夫だったか?」
「へーきへーき」
「そっか。勉強ばかししないでちゃんと休める時には休んどけよ?」
「へーきへーき」
眼鏡をつけ、何故かいつも持ち運んでいる辞書並みに分厚い本片手に話しかけてくるのはシホウ・ゴールドン。私の次に頭の良い二位君だね。やっぱり可愛くはないね。
異世界といっても、十歳の子供は普通に学び舎に通っているわけで。
私も例外なく、学び舎に通っている。と、いっても前世では普通に大学も出た程度には学力があった訳で、既に学び舎で学べる事は全て修学済である。
基本学科を全てこなして終わった後は、応用学科、もしくは精鋭学科のどちらかに身をおくこととなるのだけども、私は精鋭学科に在籍している。この三人も、例外なく精鋭学科の生徒である。
学力で認められた私と、シホウ。化け物並みな体力を保持するランプに、魔力が膨大なシャロと今のところ四人が一つのクラスを占有している。
精鋭学科になると、私の住む田舎では精鋭学科で教えれる人材がおらず、とりあえず私が各自に適当なメニューを作って渡していたりする。なんだか、育成ゲームみたいで楽しく決して嫌々やっているわけではない。
そんな精鋭学科は自遊登校だったりする訳だけど、皆えらい真面目で基本毎日登校している。三日間も休んだ事を知らなかったシホウは、きっと超難問の詰将棋問題を解くのに頭を悩ませていたに違いない。
よくパチンコを打ちながらクロスワードや数独、詰将棋やら解いていた記憶から、比較的難しかったのに蓋を開ければアレ? それが答えなん!? やだっ、私の頭硬すぎぃ! となった問題をいくつかシホウに課していた。
目の下に隈を作っている事から、相当悩んだろうな。乙!
そしてシャロちゃんは魔力の底をついて気を失うまで魔力放出をする訓練をさせてみていた。アニメや漫画で良く見る、限界値の上昇メニューなんだけど、この世界で効果があるのかさっぱりわからない。私も魔法があると知った日から、数か月はぶっ倒れるまで何度も魔力放出を試みていたけど、火球で薪に火をつけたらほぼほぼ限界値に近かったのは今も昔も同じで、実は効果が無いのではと疑っているのだけども。
……まっ、魔力を伸ばす方法は解明されていないようだし別にいいよね。
そして最後に体力お化けのランプ。海兵式ブートキャンプを教えたら、暇を見つけては実践しては笑みを浮かべるド変態野郎だ。
「ところで、病み上がりのところすまないんだけど、この後鬼が山に行かなきゃいけないんだけど、来れるか?」
そんなド変態ランプ君から山登りのお誘いである。
私みたいなか弱い女子と二人きりで登山なんて、絶対にコイツはヤバい!
「そうそう、タマちゃん。校長先生が精鋭学科の実力を知りたいって、鬼が山に生えてるキノコを採って来いって昨日言われたの」
「はぁ、僕も今朝聞いてそんな事ならしっかり睡眠をとっとくべきだったと今更ながら後悔しているよ」
どうやらデートのお誘いではなく精鋭学科全員でのミッションのようだ。
どうせ、校長は山頂に生えてる松茸が食べたいだけだろうさ……。
「ん、私は良いよ。いつから行く?」
鬼が山。
このド田舎で唯一にして子供の遊び場にもなっている山。山道を通れば何一つ危険はなく、山頂にはキノコの採取スポットがある。しかし、山道を離れれば魔物が蔓延る無法地帯。
子供だけでは決して入ってはいけない場所であり、魔物に襲われても自己責任といわれる世知辛い世界である。まぁ、魔物を見た事も無いし、何不自由なく自由気ままに生きていけている私には無縁の話だけどもね。フラグじゃないよ。
皆は一度、各々の課題の成果を私に見せたいというので、成果を確認して昼食をとった後に出発する事に決めたんだ。
ふふふのふ、私も先日見つけた世界の理を自慢……いや、パチンコの素晴らしさを説いてやろう!
未成年相手に、パチンコを勧めるのもどうかと思ったが、異世界にギャンブルの年齢制限なんかない、よね? 私は密かにテンションをあげつつ、教室へと向かう足取りは非常に軽やかだった。
ランプの報告。
人間、体力がいくらあっても移動速度を上げれば上げる程、体力の消耗は一瞬だという実体験報告。
8割程度の走力とか、9割程度の走力関係なく、200%の力で走ると二秒程で動けなくなるというものだった。つか、200%の走力とか一体どこへ向かってるんだか。
ちなみに、二秒で100mという距離を一瞬で移動してみせた光景は何か想像以上にえげつなかった。
シホウの報告。
この詰将棋、問題を考えた私は頭がおかしいと称賛のお言葉をいただいた。
こんな方法を兵法に組み込んだら、下手すれば王都だって落とせるんじゃないかと言っていたのだけど、シホウ君は一体何と戦おうとしているのやら。
シャロの報告。
魔力の最大値が増えている気がするので、限界値よりも多い魔法を成功させるブーストマジックを習得したとの事。しかし使用後、意識が完全に飛ぶので保護者同伴必須なので、なかなか試す機会がないらしい。シャロちゃんが道端で倒れてたりしたら、誰もほっとけないもんね。絶対に一人ではブーストマジックを使わないように改めて私からもお願いしておいた。
私の報告。
満を持して、私は大きな袋から一枚の分厚い板を取りだした。
「これを見て欲しい」
私は板の左下に位置する、ハンドルを手前に引っ張ると手を放して見せた。
カション、というスリングショットの音が豪快に鳴り響く。そして、勢いをつけたハンマーショットにより銀玉がその盤面へと姿を現した。
銀色の玉が盤面頂上まで弾き出されると、重力にひかれるように手前へカチン、カチン、カチンと釘の森を探索しながら手前へ降りてくる。そして、いくつかある穴のうちの一個にコンッと音をたてて埋まった。
精鋭教室の中はシーンと、静寂が支配する。
「……で?」
口火を切ったのはランプだ。やっぱ、男の子はこういうのが好きだよな!
「それは一体何なんだ?」
続いてシホウ。ふふふのふ、気になるだろう? 穴に入れたくなるだろう!?
「これはパチンコの原型にして至高のギャンブル、パチンコだ!」
「ギャンブル? カードや、スロットと違って大分しょぼくみえるんだけど……」
ドヤ顔をしていた私に、シャロちゃんから辛辣なお言葉をいただいた。いや、スロットよりかは良いだろう!?
顔の筋肉が強張るのを必死に抑え、笑顔で問いかける。
「シャロちゃんはギャンブル嫌い?」
「んーん。でも、今のパチンコ? だっけ、それで何っていうのが私の感想」
「すまない、俺も同意見だ」
「僕もだ」
ガーン。何てことだ、シャロちゃんはともかく、男子二人にまでクエッションマークを浮かばせるだなんて……。
「いや、玉が弾かれるじゃん? 森の釘をくぐり抜けるじゃん? そして、穴に入る! 凄い事じゃない!? 面白すぎるでしょ!?」
私のプレゼン力は圧倒的に足りていなかった。
慰めとばかりに、昼食は皆がおごってくれた。