001.プロローグ
俺の名は中川 通、パチン・コ・ランカーな中年男性だ。
パチン・コ・ランカーって聞いても、誰もそんな単語は知らないだろうな。俺だって、実際医者に聞かされるまで全く認知していなかった病気だった訳で。だからこそ、思い出してみよう。
パチン・コ・ランカーという単語だけを聞けば、ランカー、つまりパチンコの凄い人っていうイメージを最初は抱くだろう。俺は最初、そう突然褒められたのかと思い思わず先生へこう言った。
「わかります? 俺、Vチャレめっちゃ得意なんですよね」
ドヤ顔を決めてそう言うと、お医者様は目を細め俺へこう言ってくれたね。
「君を決して褒めている訳じゃあ無いよ? 君は今後、パチンコの遊技は一切禁止だからね。瞳から脳へと光と音のダメージが君が思っている以上に蓄積しているんだ、わかるだろう?」
光と音のダメージ。
心当たりはある、光を浴びようと虹色光線を思いっきり浴びようと盤面に顔を近づけたり、爆音の台はあえてマックス音量で当たりイメージを滾らせる癖がある。そんな限界ギリギリ遊技をした日の夜は、謎の頭痛に悩まされることが多かった。今日なんか、頭痛が寝ても治らなかったから病院へ来たわけだが何てことだろう。
パチン・コ・ランカー。
光と音による脳へのダメージが蓄積した事による、「片頭痛」「緊張型頭痛」「群発頭痛」を全てコンプリートした、脳障害疾患。
つまり、俺は知らず知らずの内に病気になっていたようだ。
子供のころから運動も勉強も得意だったし、動体視力や計算スピードは大人顔負けの能力を持っていた。それは中年になった今も変わらず、今ではパチンコとバイトで政経を成り立たせていた。
パチンコ台。ハンドルを捻る事により銀玉が打ち出され、スタートチャッカーを通して確率との闘いを行うギャンブル。更に確率だけでは無く、V入賞という穴に銀玉が入れば問答無用で大当たりとなる。勿論、当たれば楽しいし、銀玉が増えた量に対して景品と日用品等と交換出来るため非常に生活の助けとなっている。
しかし、そこはギャンブル。勝つ時もあれば負ける時もある。普通ならば絶対勝てる、なんてあり得ない訳だけどそこは俺。銀玉の挙動も、ある程度コースが解かってくると、後は寸分狂わぬタイミングで銀玉を打ち出すテクニックにより簡単に大当たりが引けてしまう。
つまり、普通ならばあり得ない必勝も俺の持ち前の動体視力と、銀玉の挙動の跳ね返り係数等を計算して遊技している俺にとっては必勝のギャンブル。本当、大学出て数学を勉強していて良かったと思える。
まぁ定職にも就かず、銀玉の挙動を暗算する毎日。
光と音を浴びる日々は決して嫌いじゃなかったのに、気が付けば謎の病気。
お医者様はこう言っていた。
「わかるだろう? これ以上パチンコをしたら命の危険があるんだ、後でXXXカードを発行するから、必ず持ち歩くように」
XXXカード。常に持ち歩きはしているものの、名前すら憶えていないカード。
胸元に常備したそのカードを握り締め、俺はそんなお医者様の言葉や、自分自身が何者であったかを思い返していた。
それは走馬灯の如く、短い人生を語るにはあまりにも内容の無い記憶のフラッシュバックだった。
「が、あっ」
俺はパチンコ台の光を浴びながら、呼吸困難に陥り視界が暗転していく。
こんな事ならパチンコを本気で辞めたら良かった……。
「が、はっ!?」
酷い、懐かしい夢を見た。
俺がまだ地球で生きていたころの、懐かしい記憶。
「大丈夫? ママ、タマちゃんが風邪ひいたみたい」
「あら、大変。タマちゃん、すぐに治してあげるわね。ディスペル」
ふわり、と全身を光の粒が優しく包んでくれる。
「母さん、その魔法は風邪には効かないよ」
「あら、今のでもう魔力はそこをついちゃったわ……風邪薬、すぐもってくるわね」
「タマ、母さんがスグにお薬持ってきてくれるからな!」
うーうーうなされながらベッドで横たわっているこの少女。まさかの俺なんだぜ、と言ったら誰か驚いてくれるだろうか? いや、異世界転生なんか今時知識としてはある程度広まっている訳で、記憶の持ち越しなんか今更だな。それに、俺地球に居た中川通って言っても誰も意味を理解出来ないだろう。
「ハーイ、そんなに怠く無いし、大丈夫だよパパ」
「無理はするんじゃないぞ」
「ハーイ」
見ているだけであたふたして見せる父親は、魔物を狩る仕事をしているそうだけど、この世界で十年生きてきた今でも意味が解らない。
外は至って平和、街は俺の住んでいた大阪の街と大して変わらないし、違いがあるとすれば道の整備が微妙だったり車が走っていなかったり。そのわりに、アニメで出てくるような空飛ぶスケボーみたいなものがあったり、薬だって抗生物質だったりと化学だって発展している。
王都と呼ばれる場所なんか、スロットが流行しているという話を父親が言っていたくらいで、是非とも成人したら行ってみたい場所候補だったりする。
魔法については、どうやらイメージ力がそのまま世界に影響を及ぼす奇跡の力といった具合で、本来ならば魔力を消費して奇跡をおこすらしい。
試しにと、お決まりである火球と両手を突き出し魔法を発射してみたところ、上手く竃の薪に火をともすことに成功した。でも、一日一回使えば魔力が尽きてしまうのか魔法が寝るまで使えなくなってしまったため、いうほど便利なものでは無かった。
でも昨日、私は見つけてしまった。
世界の穴。
前世の記憶を持つ私は両手をこすり合わせながら、銀玉を錬金術出来ないかなぁなんて暇つぶしをしていたところ、一粒の銀玉が生成されていた事に気が付いた。重さ5.5グラム、カラーも見慣れた銀色で、更にクロムのメッキ加工つきのものだった。
思わず、もう一度イメージ力を高め手を開くと、そこには再び銀玉が生成されていた。するりと零れ落ちていった二つの銀玉が家の中に落ちた時、カンッと久方ぶりに聞いた玉の弾ける音が私の鼓膜をついた。
もう止まらなかった、銀玉・釘・盤面・配線・LED・ハンドル・その他諸々。パチンコの部品が無尽蔵に生成出来てしまった。そして極めつけに、私はイメージした。
「いでよ、海!」
勿論、本物の海を生成した訳ではない。海、という名の名作パチンコ台をイメージしただけである。あの台ならば、実機を購入してメンテナンスまでしていたくらいだからその隅々まで容易にイメージ出来た。
そこで、初めて魔力がごっそりと持っていかれ倒れてしまった訳で今に至る、と。
決して、今の体になってから試し打ちをしてパチン・コ・ランカーで倒れた訳ではない。
そう、今の私は無敵だ。
また、いくらでも光と音を浴びる事が出来る体を得たのだ! 満喫しない訳にはいかないだろう?
こうして私は再び同じような運命を歩み出す。