第二節 反省
ミーシャとビリーは職場案内所を出てそのまま家に向かった。日は既に落ちていた。しかし、街のメインストリートであることもあり、夜でも店の明かりで、あまり暗くは感じなかった。二人で少し歩いたあとビリーは言った。
「ミーシャ、お疲れ様。まぁ初めて相談に言った人もそんな感じだろうから、いいんじゃない」
「はい。でも案内所の方……私が何かを隠しているのではないかと思っていたかもしれません。口調も少々イライラしていた様子でした」
「うーん。どうだろ、時間を図りながらやっていたからね。ミーシャってゆっくりしゃべるから間に合うかどうか不安だったんじゃない。まぁ、そんなことは気にする必要はないよ」
「はい、わかりました。でも今日は少し不思議な体験ができた気がしました。まさか地上に落とされてからこんな風に仕事を探すなんて」
「うん、そう、ミーシャ、その天使のことだけど……」
と、ビリーが言いかけたところでミーシャが立ち止まるのであった。
ビリーはミーシャの背中にぶつかり言った。
「うわぁ。なに、ミーシャ。急に止まって……」
すると建物の間の陰に今朝窓から見えた初老の男性が路地裏に横たわっているのであった。雪が頭に積り、どう見ても生きているようには見えなかった。
「ねぇ、ミーシャ。この人って……」
ビリーは一瞬どうしたらよいのかわからなくなった。頭で何かを考えようとしても、真っ白なままだった。ただこういう時にそのままにしてはいけないことはわかっていたので、大人を呼んでくることにした。
「ミーシャはここにいて、近くに交番があるから、急いで人を呼んでくるから」
ビリーは走りだし、交番へ急ぐのであった。
「なんだあれ、ミーシャが言ったことが本当になった。意味が分からない。どうしてあのおじさんが今日あんな風になるなんて分かったんだ」
ビリーは道が凍って走りにくいながらもできる限り急いだ。そして交番に到着し、言うのであった。
「あの、すみません。男性が今道で倒れていて、死んでいると思うのですが、一緒に来てもらえないでしょうか」
椅子に寄りかかっていた大柄の警察官が直ぐに表情を変え、急いてコートを着ながら言った。
「君、それは本当だね。大変だ。あっ、でもまだ生きているかもしれないから念のため急いで救急隊にも連絡しなければ」
警察官が電話をかけ、ビリーが詳しい場所を言うのであった。
その後、警察官と一緒に男性が倒れていた場所に戻るのであった。
「おーい。ミーシャ」走りながらビリーは言った。
すると、一緒に男性が立っているのが見えた。近づくにつれ、ビリーの背筋が凍りついていった。さっきまで明らかに呼吸もしていなかったあの初老の男性がいるのである。ビリーと警察官は足を止めた。そして警察官は言った。
「あれ、誰も倒れてないぞ」
警察官は騙されたかと思ったが、ビリーの表情を見てそういう訳ではないことを悟った。
「あの、あなたはこの男の子の知り合いですか?」警察官は言った。
「はい」ミーシャが答える。
「で、あなたは?、もしかしてさっきまで倒れてた人かな?」
初老の男性は答えた。
「いや~。お恥ずかしい。家に帰る途中で足を滑らせて頭を打ってしまいまして、そのまま気を失っていたみたいです。このお嬢さんに起こしてもらったのですが、ついにお迎えがきたのかと……。あはははは」
「そうか、わかった。救急隊を呼んだから念のため病院に行きなさい」
男性が答えた。
「あ、はい。皆さん、本当にご心配おかけしました。もうこの通りピンピンしておりますので……」
その後、初老の男性は救急隊の車に乗せられ病院へと向かった。
ビリーは車を見送った後、考えるのであった。
「呼吸もしていなかったし、目もあけたまま乾ききっていた。あんな状況の人間をどうすればあんな元気にできるのだろう……。せめて気を失って倒れていたのだからもっとぐったりしていそうなものだけど」
ビリーはミーシャが何かをしたのではと考え、これまで疑っていたことを少し反省するのであった。