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晴天  作者: よた
第二章
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第一節 嘘

 ビリーとミーシャは街の職場案内所へと向かった。職場案内所はビリーやエドが住んでいる街の仕事を何でも探すことができる。


 ビリーが職員に声を掛けた。


「あの、すみません。仕事を探しに来たのですが……」


 女性の職員が答えた。


「はい、こちらに書類がございますので、記入例の通りに記載してあちらの箱に入れてください。準備ができましたらお呼び致しますので」


 ビリーは軽くお礼を言い、ミーシャと書類を記入し始めた。


「えーと、住所とかはうちのを書いておけばいいから、あとは経歴……。とりあえず書かないでおけばいいか。今日のところは相談だけでもいいかな……。ミーシャ、名前書いて、フルネームでね」


 ミーシャは困った顔をして言った。


「私は皆さんのようにセカンドネームやミドルネームがないのです。どうすればよいでしょうか」


「それじゃ、僕と同じにしておけば? 一緒に住んでるから問題ないし」


「わかりました。そうします。ところで。ビリーさんのフルネームはなんというのですか? そういえば聞いていませんでした」ミーシャは少し微笑む。


「ビリー・スペンサーだよ。まぁ、普段は使わないからね。あまり好きでもないし」


 ミーシャは首を傾げた。


「どうしてでしょうか……。悪い名前には聞こえませんが」


「まぁ、聞こえは悪くないんだけど……。あ、書けたねそれじゃ、箱に入れてくるよ」


 ビリーは用紙を回収ボックスに入れ、ミーシャのところに戻り、ミーシャと椅子に座って呼ばれるのを待った。


 ミーシャは職場案内所に来た人たちをボーっとしながら眺めていた。ミーシャにとってその光景は新鮮だった。目を横にやると薄い板で仕切られた部屋に初老の男性と若い男性が何やら話しているのが見えた。二人の間には机があり、初老の男性は若い男性のことをじっと見つめ、若い男性は緊張しているようであった。二人とも皺が一つもない地味な色の服を着ていた。初老の男性が言った。


「それじゃ、始めようか」


 若い男性は背筋を伸ばし、答えた。


「はい、よろしくお願いいたします」


 初老の男性が言った。


「それじゃ、自己紹介してくれるかな、どうぞ」


 若い男性が長々とはなしはじめた。


「はい、私はアントニー・チャールズ・カーンと申します。大学では会計に興味を持ちました。会社の数字を管理し、評価する技法を学んでおります。なので、財務や管理会計の知識はほかの学生よりも長けているかと思います。それと、サークル活動もしており、幼い頃から続けているテニスを大学でもやっています。最近は選手として大会に出るというよりも、管理する方に回っており、サークルの仲間が集中して練習できるようにサポートしています。初めは雑用と思いながらやっていましたが、サークル間の予算会議や大会の予約、毎年の計画と、やっていくうちに大学で学んだ会計なども生かすことができ、楽しくなってきたところです。大会で優勝したというようなわかり易い結果があれば一番良いのでしょうが、私にそれはありません。ただ、先度述べましたように、サークルの仲間を支えることに喜びを感じることができた経験から、弊社に入社してからでも、そういった経験を生かせるかと思います。長くなりましたが、以上となります。本日はよろしくお願いいたします」


 初老の男性が言った。


「はい、よろしく、それじゃもう用意して来てると思うけど、弊社を希望した理由を聞かせてくれるかい」


 アントニーという男性はまた長々と話を始めるのであった。


 ミーシャは聞き耳を立てるのに疲れ、またボーっとしていた。するとビリーがミーシャに声を掛けた。


「ミーシャ、分かっていると思うけど、ミーシャが天使だということは一旦隠しておこう。分かったね」


 ミーシャはうなずいた。ビリーはミーシャが天使であるということを信じている訳ではなかったが、自分が天使であると説明し出したら案内員は早々に相談を切上げ、お祈りをされた後、お引き取り願われる姿が目に浮かんだのである。ビリーはミーシャの設定を話し始めた。


「良いかいミーシャ、僕が言った通りにしてね」


「私はビリーの言った通りに嘘を付けばよいのでしょうか」


「そう、半分ほんと、半分嘘って感じだけど……。嘘を付くことには変わりないかな。でも実際ここにいる人なんて多かれ少なかれ嘘を付いていると思うよ」


「そうなのですか、先ほど聞こえてきた男性の言っていることも嘘だったのでしょうか」


「あー。結構大きな声だったから僕も聞いてたよ。でも流石に大学名と名前、学部ぐらいは本当のことだと思うけど……」


「他にも、会計が得意だとか、サークルで頑張ったとか……」


「まぁ、会計は真面目に勉強してればそこそこできるようになるとして、サークル活動の下り、あれは半分嘘だろ、少なくともサークルの事務やって心の底から喜びを感じれる奴なんてなかなかのドMか、それこそ天使ぐらいだとおもうよ」


 ミーシャは頬を膨らまし、言った。


「天使はドMではないのです」


「うん。あぁ、わかってるよ。一緒に並べて悪かった」


 ミーシャは深呼吸をした。


 ビリーは続けて言った。


「少し脱線してしまったけど言いたいことはそうではなくて、これからやる面談のことを話しておきたいんだ。ミーシャと僕だってどんな関係か決めておかないと、訳ありすぎて案内する方もどうしたらいいかわからなくなっちゃうだろ。だからせめて、ミーシャはどこから来たのかぐらいは、はっきりさせておかなくちゃいけないんだよ」


 ミーシャは遠くを見つめ淡々と言った。


「私ははるか空の上、天の国から参りました。主のもとに使え、日々この世が平和であることを祈っておりました。私の仕事としては、部下を従え、魔王サタンの率いる軍を一層することや、人をはかりにかけ、魂の重さをはかり天国か地獄かの判決を言い渡したりしていました。地味な仕事ではありましたが、サークルの仲間を支えることに喜びを感じることができた経験から、弊社に入社してからでも、そういった経験を生かせるかと思います。長くなりましたが、以上となります。本日はよろしくお願いいたします」


「ちがうちがう、いろいろ突っ込みどころ満載でどこから話せばいいかわからないけど、まず天使はやめてって言ったでしょ、っていうかなんだかすごいのが出て来て理解が追い付かなかったし、それと最後のサークルの下りを面接で使える定型文みたいにするんじゃない。なんだそのサークルは、魔王サタンをサークル感覚で討伐するんじゃないよ、いくら魔王でもサークル感覚の天使にだけは討伐されたくないよ。それと、サークル感覚で人の重さをはからないで、測られる人はどんな気持ちでいればいいの。っていうかどこが地味な仕事だよ、どう考えたって花形の仕事だよ」


「やっぱりビリーさんは面白い人ですね」ミーシャは微笑んで言った。


「何がだよもう。いいかいミーシャ、これから僕が話すことを覚えてくれ。まず、ミーシャと僕の関係から……。いいか、同じスペンサーを名乗るのだから、姉と弟のふりをするんだ。どう見ても血が繋がっていないように見えるからそこは複雑な家庭環境だと言えばそれ以上は常識のある人なら深くは聞いてこないだろう。次に今まで何をしていたかだ。これは父親が戦争で亡くなったことと母親が病気で亡くなったことを話して、代わりに働かなくてはならないと言えばいい。そしてどんな仕事が良いかを決めておかなければならない。なり振りかまっているような状況ではないながらも、職員もなるべく希望を叶えたいし、探すときの軸になるから」


 ミーシャは、「ふむふむ」と言いながらうなずいていた。


「それじゃ、ミーシャ質問だけど、何かやりたい仕事ってある?」


 ミーシャは考えてから言った。


「そうですね……。なかなか難しい質問なのです……。なぜなら私はこの世の仕事について詳しくはないので、これというものを言うことができないのです」


「大丈夫、それならそのままわからないと言えばいいよ。今日は『相談』って書類に書いたから。そういったことも話せばいいんだよ」


「そういうものなのでしょうか。お詳しいのですね」


「そんなことないよ。ただ、一緒に工場で働いてる人と作業しているとき飽きないように色々話しながらやるからね。僕もこういう風なのは初めてだよ。それで話を戻すけど、希望の職種がわからないと言った場合、いろいろ聞かれるんだけど……。例えば、『あなたはどんなことに喜びを感じますか?』っていう質問。これは仕事を探してくる側としてはかなり参考になるからね。必ず聞かれるよ」


「うーん。『喜び』ですか……。神に仕えることでよいのでしょうか」


「まぁ、合ってるよ。そんな感じ。でも、それだと出家することを勧められそうだよ。そうだな、寝る前とか食べ物を食べる時にお祈りをする習慣があっても、全く苦にならなくてむしろ安心するとか。そういう風に毎日を過ごせることに喜びを感じるなんていうのはどうかな」


「私にとっては当たり前なのですが、そんなことでよいのでしょうか」


「うん。割といいかもしれない。用はそういう礼儀とかマナーとか、ルールを守るってことって仕事をするときに大事だから」


「わかりました。ビリー」ミーシャは真剣な顔で頷き言った。


「じゃ、纏めるね。ミーシャは僕の姉。母親は病気、父親は戦争で亡くなった。今まで仕事をしたことはなく、家の手伝いをしていた。その後、僕が言い付けなんかをしっかり守っている真面目な姉であることをアピールしたり、補足したりするから。とりあえず今日のところはこれくらいだろう」


 その後、案内員がミーシャを呼んだので、ミーシャは席を立った。その後ビリーはミーシャの後ろについて行き、案内員のいる部屋に入った。


 案内員が言った。


「こちらにおかけください」


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