第三節 マフラーの少年
ビリーが去った後、医者がミーシャのベッドの近くにきた。医者はミーシャが二十日間気を失っていたことを伝えたあと、直ぐに退院の手続きをするように言った。ミーシャはそのことに同意し、書類にサインを書いた。医者は「書類が承認されるまで丸一日は掛かるので、それまでは、ゆっくりしているように」と言い、点滴を外してそのままどこかへ行ってしまった。少し経ったあと、女の看護師が小さな飴とお茶を持ってきてくれた。ミーシャの体調はだいぶ良くなり、一人で病院の中を歩き回れるほど元気になった。大病院の廊下はどこまでも続いている迷路のようで、ミーシャの好奇心を刺激した。何をする訳でもなく、同じところを行ったり来たりしてある場所へとたどり着いた。大病院には、テイラーホテルとまではいかないが、来訪者や患者が自由に利用できるカフェテリアがある。そこでミーシャは飴を買い、椅子に座っていた。
飴を食べようとしていると幼い少女がじっとミーシャを見ていた。それに気がつき、ミーシャは「飴がほしいの?」と聞いた。幼い少女は「うん」とだけ答え、ミーシャはその飴をあげた。ミーシャはその幼い少女が見覚えのあるイニシャルがついたマフラーをしているのに気がついた。すると、その母親らしき人が来て言った。
「あら、ごめんなさい、この子ったら……」
「いいえ、いいのですよ、可愛いお子さんですね、何歳でしょう?」
「えっと、確かもうすぐ2才だったと思います」
「お母さまではないのですか?」
「はい、この子の母親は去年の冬に亡くなっております」
「これは失礼いたしました」
「構いませんよ、子供の誕生日が分からないなんて、不自然ですから」
ミーシャは申し訳なさそうな表情をしたが、その母親らしき人が、優しい表情で「気にしないで」と言った。少しの間の後、話題を変えようとミーシャは思いつき、幼い少女が首に巻いているマフラーについて聞いてみることにした。
「そのマフラー……」ミーシャは言った。
「知っているのでしょうか! このマフラーの持ち主のことを!」
「ええ、よく知っています」
母親らしき人が喜びとともに言った。
「この子の母親は冷たい雨と雪の日に亡くなりました。たまたまそれを直ぐに見つけてくれた方がいらっしゃったようで、助けを呼ぶまでの間、この子が濡れないように傘と防寒具を預けてくれたようです。でも、その方は仕事があったらしくて、警察官が保護したあと、どこかへ走っていってしまったようなのです。警察官が言うにはどこにでもいるようなただの少年だったといっておりました。もしお会いできればお礼を言いたいのです」
表情が晴れる。天使は微笑んだ。
――おしまい――




