第二節 微笑み
二人が話していると、カーテンの外から声がした。
「失礼します、検診に参りました」
ビリーがカーテンを開けながら言った。
「はーい、お願いしまーす」
ミーシャは背筋をぐっと伸ばし、身構えるのであった。これから一体何が始まるのか分からなかったからである。あまりにも不安だったので、ミーシャはビリーの手を掴んだ。
ビリーが言った。
「大丈夫だよ」
カーテンの外から女性の看護師が見えた。看護師はミーシャを見たかと思うと、ニッコリと微笑んだ。ミーシャはなぜ彼女が笑っているのかがわからなかった。彼女にとって自分が目を覚ましたことがそんなに嬉しいことなのだろうか、それとも反射のようなもので、ただ単に彼女の仕事そのものが彼女にそうさせているだけなのか、しかし、今はどちらでも良いことだ。
女性の看護師が言った。
「ミーシャさん、お目覚めになったのですね。本当に良かったです。もうすぐ先生がいらっしゃいますから、もう少々おまちくださいね、あっ、そういえば、二十日間も点滴だけだったですから、お腹が空いているのではないですか? 先生の検診が終わったら、直ぐに何か食べられるものをお持ちしますね」
ミーシャは言った。
「ありがとうございます。看護師さんが毎日私を見ていてくださったのでしょうか、本当にありがとうございます」
「いいえ、そんなことはないのですよ。確かに、私はミーシャさんを担当していて、毎日お世話をさせていただきました。でも、看護師というものは、何と言いましょうか、できることは限られているのです。私は一日の中で、ほんの数回ここに来て、決まったことが済んだら病室を出て行ってしまいます。他にも私を必要としている患者様がおりますので、長居はできないのです。それよりも、今あなたの手を握っているその方が、ずっと看病していましたよ。ここは大きな病院ですから、たくさんの患者がおります。でも、こんな風にずっと寄り添っていらっしゃる方なんて、そうそうおられません。あなたは本当に愛されているのですね。ただ、あまり長い間、看病していますと、寄り添っている方もお体を悪くしてしまいますので、心配はしていたのです。見かねるようでしたら、嘘でも言って家でゆっくり休んでもらおうかと作戦を考えていましたの」
ミーシャは看護師が言ったことと、先ほど違和感のあった笑顔が一貫していることに納得するのであった。看護師はミーシャのことよりも、ビリーのことを心配していたようだ。患者というものは不治の病という訳でもなければ、決まったことを繰り返していくうちに回復するものだからだ。それに反して、寄り添うものは体力を失っていく一方である。そんな光景をこの看護師は何度も見てきたのであろう、だからこそミーシャに「もう返しておやりなさい」と伝えたのだ。一見、ビリーは身奇麗にしているが、それはミーシャが目覚めたときに心配をさせないようにしているだけで、本当は疲労で今にも倒れてしまいそうなのだということを理解させたかったのだ。
「ビリー、私はもう大丈夫だから、お家で休んでいて、退院の日が決まったら連絡するから」
「え、でも、本当に大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。もう心配しないでね。それと、ありがとうね」
ミーシャはビリーのことを軽く抱きしめた後、ビリーを看護師と見送った。




