第四節 慈悲
ミーシャは、何もない暗い部屋に連れていかれ、ただ孤独な時間を過ごしていた。今が昼か夜かもミーシャにはわからなくなっており、目を開けてもそこには暗闇が広がっているだけだった。ミーシャは目を閉じ、思い出に浸るのであった。それはミーシャにとって、ここでの一番の楽しみとなっていた。
ミーシャがそんな妄想に浸っていると、ドアが開き、法衣を着た男が入ってきた。ミーシャは眩しさに妄想を邪魔され、少し顔が強張った。
男が言った。
「どうか恐れないで、私はあなたと話したいだけなんだ」
ミーシャは恐れてなどいなかったが、男がそのように思っていることを否定する気もしなかった。
「誰ですか、眩しい、今は誰とも話したくありません」
男は穏やかな表情でミーシャのそばに行き、しゃがみこんだ。ミーシャはその男から、離れ、拒絶しようとした。
「なぜ、私と話したくないのかねぇ。私はあなたのためにここに来た」
「私はあなたのことなど知りません」
「この服装を見れば、私がどんな職業かわかると思うのだが……」
「わかりません。あなたが何者かなど」
「そうですか、構いません。それでも私はあなたのために祈りましょう。わが友よ……」
「いいえ、私はあなたの友達ではありません」
「我々は皆、罪を背負って生まれてくるのです……」
「いったい何の話でしょうか、慰めているつもりですか、それとも皮肉でしょうか」
「人はいつか死ななければならない、しかし、そのような恐怖にどうして歩いて行けるのでしょうか……」
「現に、私は歩いているではありませんか」
「分かります。きっとあなたは絶望の中にいるのでしょう」
「見れば誰でも分かると思うのですが……」
「大丈夫です。きっと神様はあなたを助けて下さるでしょう。私は何度もこの仕事をしてきましたが、救われなかったものなど、誰一人いなかったのです」
「なぜそのようなことが言えるのでしょう、それに、その神様は私を救うことはないでしょう」
「いいえ、そんなことはありません」
「いいや、だから、そういう意味ではありません」
「それでは、あなたは完全に消滅するために生きているのですか」
「ええ、そうです」
男はミーシャを憐れむように言った。
「あなたは可哀そうな人だ……」
ミーシャはその男が早くここから居なくなってほしいと思った。
「迷える少女よ、あなたは誤っている。誤っているのです」
「何がでしょうか……」
「あなたはきっと疲れているのです。だから誤っている事に気が付かないのです」
ミーシャは目を閉じ、また妄想を始め、彼が去るのを待った。彼は時々大きな声を出したが、その言葉がミーシャに届くことはなかった。彼は汗を流し、必死に何かを訴えていた。
そして、去っていくとき、その男はなぜか涙を流しているようであった。




