第三節 不毛
弁護士のトムが言った。
「一体、どういったおつもりでしょうか、昨日、私は例のダムと浄水場に行ってきました。でも、そこには何もありませんでした」
裁判長が言った。
「それはどういう意味だ。もう少し具体的に説明してくれるかね」
「はい、何もなかったというのは、つまり、この被告人が水を汚染したという証拠になるものです。水は穏やかで、毎日のように魚を釣ってそれを持ち帰って食べている者までいたのです。そんなことをしていたら、とっくの昔にあの世に行っているはずですよね。なのに、生きているのです」
「なるほど、確かにそれはそうだ」
検察のジミーが手をあげ、言った。
「裁判長、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ええ、まぁ、それはその通り、間違ってはいません。例え、釣り人がバケツをコップ代わりにして、あの水をそのままのんだとしても、せいぜい、お腹をこわすだけでしょう。私たちが疑っているのは、そういうことではありません」
トムが首を傾げて言った。
「私が資料を拝見させていただいた時と内容が変わっているということですか」
「いや、変わっていないよ。その被告人は水を汚染なんかしていないんだよ。でも、それに似てはいるんだが……」
裁判長が言った。
「いいから、言いなさい」
「はい、こんな言葉で正式な書類に書いてしまうと、承認が下りなかったもので、回りくどい言い方をしてしまいました。結論から申し上げますと、その被告人はむしろ、その逆なのです。つまり、その……。あのですね、その被告人には不思議な力があるのです。その不思議な力というのは、どういう方法かわからないので仮にそう名付けているのですが、その力で被告人は街の人間を救っていたのです。その被告人がいなければ、あの街は、とっくに地図から消えていたかもしれません」
「それはどういう事だい。その不思議な力というものが何かはわからないが、それじゃ、今ここにいる被告人は何も悪いことなどしていないということになるが」
「はい、その通り、ただ、今回はその何もしていないということが問題なのです。被告人は、その不思議な力を使い、気まぐれに人を助けた、そして気まぐれにそれをやめた。結果、多くの死者が出てしまった」
トムが言った。
「でも、それは結果であって、被告人が直接人を殺したわけではありませんよね」
「それでも、被告人のその不思議な力によってもたらされた死であるのだから、被告人は殺人を犯したのと変わりないということです」
「それは、いくら何でも強引すぎるのではないでしょうか、医者が患者を助け、その患者が数年後亡くなったとする、何か重大な誤りをしていたわけでもないのに、それで医者が罰せられるのはおかしいと思いますが」
「ええ、ただ被告人は医者ではない。また、それに似た人の命を救うような職業でもない。それなのに医療行為を行ったのであれば、それもまぁ、問題だが、とにかく、そんな職業でもない者が本当に息もしていない人間を生き返らせたのです。それもたった一度の奇跡ではなく、何度も繰り返し……」
裁判長が言った。
「うん、わかった。それじゃ被告人に聞いてみよう」
ミーシャはボーと天井を見ていたが、トムが肩を叩き、発言するように言った。ミーシャはキョロキョロと周りを見渡したあと、裁判長の方向を向いた。
裁判長が咳払いをした後、言った。
「準備はいいかね」
ミーシャは言った。
「はい、準備ができました」
「あなたには不思議な力があるという、それは本当ですか?」
ミーシャは言った。
「人を生き返らせる力のことでしょうか?」
「そうだ、それだ」
「確かに私は人を生き返らせることができます」
「そうか、生憎、ここには手ごろな死体は落ちていないものでね、何かここでできる事はないかね」
「ありますが、それは皆さんにお見せすることができません。それは私だけがわかるものなのです」
「まぁ、物は試しだ、少しやって見てくれ」
「それでは……」
ミーシャは裁判長を瞬きもせず、じっと見つめた……。
「うーん。もうやっているのか?」
「いいえ、もう終わりました」
「それで、何かわかったか?」
「はい」
「それは一体何だい」
「あなたの死ぬ日です」
「ほほう、それは興味深い、もしかしたらそれは私が一番知りたいことかもしれないね。それが分かっていたら、これからのことも考えやすいからな」
「それでは、お教えしましょうか?」
「いいや、いいよ、知らないこともまた幸せということもあるからね」
「裁判長、この被告人、いいえ、この一人の少女が、これから罰を受けるべきだとお考えになられるでしょうか? この子は純粋で、きっといろいろなことを信じているのです」
「うーん……」
「裁判長、それでは私たちがその証拠をお見せしましょう」
すると、ジミーの部下らしき者が、布にくるんだ何かを持ってきた。そしてそれをミーシャの前に置いた。
ジミーは言った。
「さて、ここに一匹の猫がいます。ただ、この猫はもう死んでいます。ミーシャさん、あなたはこの猫を生き返らせることができるはずだ。だから生き返らせてください。この猫はある家で大切にされていた猫です。きっと生き返らせることができたら、飼い主の家族は喜ぶはずです」
ミーシャは言った。
「いいえ、私はこの猫を生き返らせることはできません」
「なぜだろうか、今まで何度も生き返らせていたではないですか、それなのに今更、私はあなたが生き返らせた者たちに話を聞きました。同じようにすれば良いではないですか」
「そんなことがあるわけない。証明できないのなら、それは間違いです」
「それが実際に起きているからこうやって裁判になっているんだがね」
「それではこれより、協議に移ります。陪審員のみなさん、会議室にお戻りください」
すると人がぞろぞろと部屋を出ていった。
――数時間後――
裁判長が判決を述べた。ミーシャは死刑となった。この法廷でのやり取りにはほとんど意味がなく、最初から判決は決まっていたように淡々と事が進んでいった。陪審員の中にはミーシャを知っている者たちがいたが、決してそのことを誰かに打ち明けることはなかった。その者たちは、ミーシャがもう人間を生き返らせないと言った時に強い怒りを覚えるのであった。




