第五節 責任
ミーシャはエドに電話で事情を説明した。すると、エドは直ぐに弁護士を手配してくれた。エドはミーシャにあったことを心配したと同時に、何かの手違いだからきっと直ぐに解放されるだろうと話していた。
数時間すると弁護士がミーシャの元へ来た。弁護士は若い男性で、髪は丁寧に整えられていた。ミーシャに自分はトムであると名乗った。彼は早々に自己紹介を切り上げると本題に入った。
「ミーシャさん、あなたには殺人の疑いがかけられています」
「殺人! 何かの冗談では……」
「冗談ではない」
ミーシャは黙り込んだ。
「いいですか、私にだけでいいので、本当の事を言ってください。それがどんなものであれ私にはあなたを守る責任がある」
「と言われましても……。全く身に覚えがないのです。それに事件の内容すらまだ詳しく知らないのです」
「分かりました。ご説明いたしましょう。あなたが今どういった疑いを掛けられているのかを」
ミーシャは唾をのんだ。
「この街で原因不明の病で倒れた人が何人もいるのですが、それは誰かが意図的に引き起こしたものなのだとのことです。具体的には、この街の浄水場に何かしらの毒物を混入させ、不特定多数の人を殺そうとしたようです」
「……。それがなぜ私に行きつくのでしょうか」
「目撃者がいたのです。あなたを見たという人が。その方は浄水場に勤めている従業員で、その日はメンテナンスのためにダムに向かっていたそうです。その人がダムに向かう途中にあなたを見た。こんなところに誰かいるなんて珍しいと思ったそうです。そしてダムに到着すると貯めている水から異様なにおいがしていたそうです。それで急いで水質を調べると、毒が含まれていた。簡単に言うとこんな感じです」
「いくら何でも、強引ではないでしょうか。たとえ私がいたとして、どうして街の人たちを殺すだけの毒を用意できましょう。それに、私にはそんなことをする理由がどこにもありません」
「えぇ。私もそう思います。ただ、あなたの……。あなたには不思議な力があると聞きました。それが誠かどうか、私には判断が付きませんが、そういった証言があるのです……。あなたのことを本物の天使だという者までいるようで……、とにかく今のあなたには普通の人間であるという理屈が通用しない、だからそんなことできるはずがないと証明するのも困難なのです」
「全く、何て阿保らしい」
「そうですか。それでは少し話題を返させていただきます。これからあなたにいくつかの質問をします。それに答えてください」
ミーシャは飽きれた顔で頷いた。
「お名前は?」
「ミーシャ・スペンサー」
「歳は?」
「十四」
「性別は?」
「女」
「生まれは?」
「この街」
「学校や仕事は?」
「学校に通っています。仕事はテイラーホテル」
「ご両親のお前は?」
「今はエドだけが私の親です」
「あぁ、そうかい。それじゃ、実の親、あなたを生んだ人の名前は?」
ミーシャは黙り込んだ。
「そう、問題はそれだ。あんたは一体何者なんだい? この街で生まれたというなら役所とかで調べれば情報の一つや二つあるだろうに、それとも何か、あなたは卵からうまれたのか」
「いいえ、違います」
「親の名前がばれてはいけない理由があるのかい?」
「いいえ。あの、失礼ですが、これに何の意味があるのでしょうか」
「そうか……。まぁ良い、でもこれは大切なことなんだよ。私はね、弁護士として、あなたのためにあらゆる事態を想定しなければならないんだ。理解してほしい」
ミーシャはじっとトムのことを見て同意したようなふりをした。
「ビリー・スペンサーという少年が死んだとき、あなたはどう思いましたか?」
「何って、悲しいに決まっているじゃないですか!」
「本当に?」
「本当です!」
「家にいる時に誰にも見られないから好都合と感じたのではないですか?」
「そんなわけないでしょ!」
トムは机を叩き、言った。
「ではなぜ隠すのだ! 理由があるからだろ!」
「違います。違います。それは……」
トムはミーシャにしゃべる隙を与えずに言った。
「嘘だ! それは神に誓って言えるのか! 真実を言え! この悪魔!」
「もう何ですか! 私が……。私が……」
ミーシャは泣いて顔を下に向けた。
「えぇ。これで十分です。不明点はいくつかありますが」
ミーシャは顔を下に向けたままで何も言わなかった。
「先ほどの話には続きがありまして……、あなたが人を生き返らせているところを見た人がいるようなのです」
「それが何か?」
「検察はあなたが解毒剤を持っていて、それで人を生き返らせているように見せていると考えています。でもそれは違うようだ。もし検察の言った通りであれば、あなたはそんな風に涙を流すことなんてないのでしょう」
トムは席を立ち、言った。
「先程の無礼をお許しください。これはとても難しい事件だ。でも、私はあなたのことを絶対に守って見せる」




