第四節 疑い
トントントントン、とドアをたたく音が聞こえた。ミーシャはエドが来たと思い、ドアを開けた。しかしそこにいたのは知らない男であった。
「スペンサーさんのお宅で間違いないでしょうか」
「はい、間違いありません。何か御用でしょうか」
男がバッチを取り出してミーシャに見せながら言った。
「私は警察官です。ミーシャ・スペンサーさんですね。ある事件で、あなたに疑いがかけられています。ご同行願います」
ミーシャは驚いた顔で言った。
「それはどうしてでしょうか、全く意味が分かりません。しかも私は昨日、弟を亡くしたばかりです。なぜそんなことが」
「えぇ、知っています。ただ詳しいことはここでお話することができないのでどうか、ご同行願います」
ミーシャは男の車に乗せられ、警察署に連れていかれた。そして暗い部屋に通された。部屋には一台の椅子が置かれ、それだけを照らすようにライトが当てられていた。この時点でミーシャは「疑い」と言っていた警察官の言葉に違和感を覚えた。「疑い」という状況とは、本当に何かをしているかどうかまだ断定できないということである。それなのにも関わらず、なぜこのような拷問部屋のような場所に連れていかれなければならないのか。要するに、自分は限りなく黒に近いグレーの状態であるということ。説明など受けなくても、それが理解できた。
少し待っていると、暗くてよく見えなかったが、髭を生やした男が入ってきて、部屋の暗い場所に置かれたミーシャの向かいの椅子に座った。そして、今度は若い男性の陰が見え、部屋の隅で静かに座った。
髭を生やした男性が言った。
「こんにちは。ミーシャ・スペンサーさん。私は、ジミーといいます。見ればわかると思うけど、この街で警察官をやっているんだ。今日はね、いくつか質問させてくださいな」
「ジミーさん。私には全く身に覚えがないのです。一体全体どういったおつもりで私をここに連れてきたのですか」
「いいや、こりゃ失礼、きっと連れてきた警察官が阿保みたいに真面目な奴で、きっと何も説明しないでここまで連れてきたのでしょうな」
「それでは一体なんでしょう」
「いいや、まぁ、それをこれから説明したいんだが、その前に、いろいろ面倒くさい手続きをしなきゃならない。ちょっと、簡単な質問に答えてね」
ミーシャは溜息をついて言った。
「わかりました。どうぞ」
「まず、お名前は?」
「ミーシャ・スペンサーです」
「歳は、何歳?」
「今年で十四になります」
「性別は?」
「女です」
「生まれは?」
「この街です」
「学校や仕事は?」
「学校にいっています。あと、テイラーホテルで働かせてもらっています」
「ご両親のお名前は?」
ミーシャは黙り込んでしまった。
「あれ、どうしたんですか、聞こえませんでしたか? お父さんとお母さんの名前です」
「エド……、ラジオ工場のエドが親の代わりです。父と母は、もういません」
「うん。知っているよ。っで、名前は?」
「思い出せません……」
ジミーは少し笑いながら言った。
「御冗談を、いくらなんでも可笑しいですよ。自分の親の名前を忘れてしまうなんて」
「私は……。私は捨てられてしまって、ビリーの家に引きとられたのです。だから親の名前はわからないのです」
「あー、そうかそうか、すまない。言い方が悪かったようだね。私が聞きたいのは、その引き取った御両親のことだよ」
「その……。私が引き取られていた時にはもう親がエドだったので……。ビリーの親の名前はわからないのです」
「ふーん。そうか。それなら仕方がないな。いやいや別に、大したことじゃないんだ。これはただの書類上のことなのだから」
「はい、ちゃんと答えられたでしょうか」
「あー大丈夫。いいんだよ。そうだな、今日はこれくらいにしておくとしよう」
「それではこれで……」
ミーシャは椅子から立とうとした。
すると、ジミーは言った。
「いやいや、待ちなさい。今日はね、ここに泊って行ってくれ」
「どういうことですか」
「まだ疑いが晴れた訳じゃないんだよ。それと弁護士を手配するように、分かったね」
「なぜ弁護士が必要なのでしょうか? それは必ず用意しないといけないものなのでしょうか」
ジミーは嘲笑うような様子で、ミーシャに法律というものを説明するのであった。




