第六節 回収
ミーシャがホテルに勤めて数週間が過ぎた。ミーシャは直ぐに仕事を覚えた。つい最近までお金のことを小さな紙や鉄の塊と呼んでいた人とは思えないほどの上達ぶりだった。
ある日、フレンダは困っていた。先日泊まった客の貸金の回収を誰かに任せたいのだが、その客が厄介でやりたい人がいないのである。最悪、自分が行くことも考えたが、その客が借りたお金を返してくれるとは限らないし、自分がやらなくてはならない仕事もあったので、断念した。そうこう悩んでいると、フレンダの目にミーシャの姿が入った。
フレンダはミーシャの元に行き言った。
「ミーシャさん……。ちょっといいかしら、頼みたいことがあるのだけど……」
「はい、何でしょうか」
「あのね、この前泊まったお客様に貸しているお金なんだけど、それを回収してきてほしいの。でもね。そのお客様が厄介で……。もしダメだったら直ぐに帰ってきていいから一度行ってきてほしいの」
「構いませんよ。どこでしょう」
「本当に? ありがとう」
フレンダとミーシャが話しているとアントニーが通りその話に入ってきた。
「フレンダさん。それなら僕が行きますよ。危ないかもしれないから」
「本当? じゃぁお願いできるかしら……」
「大丈夫だと思いますよ」ミーシャは言った。
「あら、そうなの。でも心配ね。それなら二人で言ってきてもらえるかしら……」
ミーシャとアントニーは口を揃えて言った。
「はーい」
ミーシャとアントニーは問題の客がいる場所に向かった。その場所は見るからに大きな豪邸で、借金をしているようには見えなかった。
「あれ、場所間違ってるかな。でもどう見たってここだよな……」
「この場所で間違いないと思います。とりあえず中に入れてもらいましょう」
ミーシャはためらいなく門を開け、ドアのベルを鳴らすのであった。その豪邸は中に入ってよく見るとドアノブに埃が溜まっていて、広い庭も荒れていた。それを二人は眺めながら待っていると、中から愛想の悪い男がドアを半開きにして顔を出した。
ミーシャは言った。
「急にお邪魔して申し訳ございません。私、テイラーホテルのミーシャと申します。そして、こちらはアントニーと言います。本日は、貸金の回収に参りました」
男が言った。
「ふーん。最近のホテルはこんなに幼い子供に貸金の回収をさせるのか、阿保らしい。子供の遊びには付き合ってられないんだ。ほら帰った帰った」
アントニーが割って入り、名刺を男性に渡した。
「いいえ、遊びじゃないですよ。本物です……」
男はそれを手に取り、見たかと思うとすぐにドアを閉めた。
「あらら、これはもう出てこないかな。こういう人って、この手で何回も逃るから、酒を浴びるように飲んで気が付いたらホテルにいたんだとさ、でも契約した覚えなんてないから払う気もないとさ、滅茶苦茶だよな。でも本当になんでこんなになってしまったんだろうね」
「資料に書いてありましたが、奥さんを亡くしてしまったみたいですね。それであの方、一変してしまったみたいです」
「あれ、そんなの書いてあったっけ……、でもそうか……、それはキツイな」
アントニーがあきらめて帰ろうと提案しようとしたとき、ミーシャが目を閉じて、両手を胸のあたりに持っていった。
すると、中から男の叫び声や鳴き声が聞こえてきた。そして、誰かの名前を叫んでいるようであった。アントニーはその光景が少し可笑しく見え、鼻で笑いそうになった。そして、ミーシャが手を下した後、アントニーは話しかけた。
「ミーシャ、今なんかしたのかい?」
「いいえ、何もしていませんよ。ちょっと奥様に出てきてもらっただけです」
アントニーはミーシャが言っていることが分からなかったが、とりあえず頷き、少し待ってみることにした。
数分後、男が出て来て言った。
「……。これ、この前のです。本当にご迷惑おかけしました」
ミーシャは言った。
「はい。確かに頂きました」
男は言った。
「はい……」
アントニーは何が起きたのか全く分からなかった。そして今笑ってはいけない雰囲気であったので、あさっての方向をずっと向いていた。
「なんだこれ」




