第四節 テイラーホテル
次の日、ミーシャはビリーの一張羅を借りてテイラーホテルへ向かった。ミーシャは、行き方が分からなかったので、初日はビリーが連れて行くことにした。ビリーはミーシャの背中を軽くたたき、言った。
「それじゃ頑張ってね。ミーシャ」
ミーシャは緊張していたが、笑顔を作りビリーの言葉に答えた。
「はい、行ってきます」
ミーシャは正門の前で時間が経つのを待っていた。するとドアが開き、中からジョンが出てきた。手を振りミーシャの方へ歩いて来た。ミーシャは顔の前で手を振り、ニッコリ笑うのであった。ジョンが門の扉を開け、いつも通りご機嫌そうにミーシャに行った。
「はっはっはー、ミーシャさんおはよう。ご機嫌はいかがかな。今日はいい天気だね。さぁ入りなさい。今日はたくさん案内しなきゃいけないからね、忙しいよー。あーはっはー」
「はい、おはようございます」
ホテルの中にミーシャを案内すると、ジョンが言った。
「それじゃまずは、エントランスを見てもらうかなー。どうだい、きれいなもんだろ。はっはっはー」
店の奥から気の短そうな女性がジョンを呼びながら歩いてきた。
「ジョン、こんなところにいたのね。まったく、今日は午前中大事な会議があるから、資料の読み合わせをするって言いましたよね」
「えーっと。忘れてた。ごめんよーフレンダ。はっはっはー」
「はっはっはーじゃないですよ全く。急に病院に搬送された後、直ぐ出勤してきたかと思ったら、今度は何処の誰かもわからない子供を従業員にするなんて! 一体全体何のつもり! いいですか! こんな特別な事、もう二度とないんですからね!」
「わかったよ。もうしないよー。でもちがうんだ。ミーシャさんは僕の天使なんだよ」
ミーシャは首を縦に振った。
「うわっ。てっ天使。もしかしてジョン。あなたそういう趣味があったの……。ちょっともう一回病院に行ってきて。会議は結構ですので」
「いやいや、そういう訳じゃなくて、ミーシャさんは本当に天使なんだよ。ねー」
「初めまして。天使のミーシャと言います。色々とご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」ミーシャは礼儀正しく挨拶した。
「はいはい、よろしくね。天使のミーシャちゃん。私はフレンダっていうの。このホテルの副支配人よ。でも実際はこのおじさんの世話係なんだけどね」
「ひどいなぁー全く。まるで私が子供みたいじゃないか、はっはっはー。それじゃあとは頼んだよフレンダ。それとまたあとでね。ミーシャ」
ジョンは当たり前のように従業員用の扉から会議室に向かうのであった。
「ちょっと、ジョン。私だって会議なんだからー」フレンダが慌てて言った。
ミーシャはフレンダのことをじーっと見つめていた。
フレンダは気まずいと感じたがすぐに気持ちを切り替えて言った。
「ミーシャ、それじゃ、あなたの同期だけ紹介しておくわね。こっちへ来て」
フレンダはミーシャをフロントに連れて行き若い男性を紹介した。
「こちらはアントニー。爽やかでいい感じの子でしょ」フレンダはミーシャに言ったあと、続けてアントニーにも言った。「そしてこの女の子がミーシャ」
「ミーシャさん。よろしくお願いいたします。ずいぶん若い方ですね。もしかして、支配人のお孫さんですか? それともご親戚でしょうか?」
フレンダが首を横に振って答える。
「いいえ、違うわ。ミーシャちゃんはね、今日からこのホテルで働いてもらうの。支配人の天使なんだって」
「はぁー、天使……」アントニーは首を傾げながら言った。
アントニーは理解が追い付かなかった。大学を卒業してやっとの思いで有名なホテルに就職できたというのに、同期が幼い少女とは思っても見なかったのである。
ミーシャはニッコリ笑って言った。
「よろしくお願いいたします。アントニーさん」
アントニーは思った。
「確かに天使だ。尊い……」
フレンダとミーシャが去ったあともアントニーはミーシャの笑顔を思い出して和むのであった。しかし、あんな幼い少女と同じに見られるのは少々尺に触るような気もするのであった。
「あの天使……、じゃなくてミーシャっていう女の子、一体、何者なんだ。支配人の孫でも親戚でもないなんて、まともな手段を使っているようには見えないな……。まさか、支配人の愛人……。フッ、ないな」
フレンダはミーシャを椅子に座らせて、会議が終わるまで待っているように言った。
「それじゃ、ミーシャさん。これから私会議に行ってくるから待っててくれる。その間、雰囲気を見ておいてね」
ミーシャは不思議そうな顔で言った。
「何もせず待っていればいいのでしょうか」
フレンダは言った。
「えぇ、まぁ、誰かに手伝ってほしいって言われなければ、ずっとみんなの仕事を見ていてくれる? できるわね。これが第一関門」
ミーシャはフレンダが去った後、ホテルにやってきた人たちやホテルの従業員が作業している様子をじっと眺めていた。ホテルには様々な人がさまざまな用事で訪れていた。ミーシャはホテルというものをよく理解していなかったが、その様子を見てますますどんな場所なのかがわからなくなるのであった。ホテルに来た人が札を取り、少し経ったら従業員がその客の前に行き、紙に何かを書いていた。そして束になった紙や鉄の塊を渡したり貰ったり。ミーシャはその光景を見てこれからやっていけるか不安になるのであった。
アントニーが小さく手を振りながら近づき言った。
「ミーシャさん。どうもです。もしかして暇ですか?」
「はい。暇と言えば暇ですが。今はフレンダさんの指示で雰囲気を見ています。アントニーさんもでしょうか?」
「うん、そうだよ。昨日からずっとだよ。まぁお互い頑張ろう。あ、それじゃ僕は喉が乾いたから食堂で水でも飲んでくるよ」
「食堂があるのですか?」
「あぁ、あるよ。一緒に水飲みにいくかい? 案内するよ」
ミーシャはこの場を離れることが少し良くないような気がしたがアントニーについて行くことにし、言った。
「はい、よろしくお願いします」




