Ⅶ
こちらの世界のジャムパンと呼ばれているパンは、ふんわりパンでジャムを包んだ、亜理沙にとってお馴染みのあの菓子パンではなく、恐らくバター風味であろうサックリとした生地の、いわゆるデニッシュタイプのものだった。
それを口にしながら、全体を見渡せる、しかし、こちら側は物陰で隠れられるような位置を陣取り、クリスが墓地を注視している。
見張りという事なら姿は見えないほうがいいだろうと思い、腕に巻かれた紐(縛束紐というらしい)を外してもらう提案をした亜理沙は、現在、霊視を出来ない者からは視認も声の認識も出来ない姿になっていた。
クリスと違い実体の無い亜理沙は、特に食事をとる必要もなかったため、待ちの姿勢な今は暇をもて余している。
思い付きで、自分の世界で有名な、『ドレミの音階を歌詞に使った歌』の替え歌を、こちらに無いもの縛りで作り、歌っていた。
土管
レーザービーム
源頼朝
ファミコン
……までは、概ね順調に出来たと思う。
しかし、『ソ』の言葉に取りかかろうとしたところで、パンを食べ終えたクリスから静止がかかった。
「アリサさん……それ、もしかして歌?」
「紛うことなき歌です」
聞いたクリスは、何とも複雑な顔になる。
「その歌……なんていうか、アリサさんが凄く残念なのが滲み出てる気がするのはなんでだろう……」
「失敬な」
クリスの言葉を、心外だ……と、亜理沙は思った。
しかし、直ぐに「言われた記憶は全くないけど、覚えていないだけで、もしかして自分は音痴なのでは……?」と、思い直す。
「私、もしかして、空き地の土管でリサイタルするガキ大将な感じ?」
「意味が解らない」
そうだろうな、と、亜理沙も思った。
要するに「聞き苦しい歌を無理やり聴かせてしまったのか?」と、問えば、そうではないとクリスは答える。
因みに、『こちらに無いもの縛り』であるが、歌詞の中の『土管』は、煙突や配管として存在していた。
むしろ、元の日本語版の歌詞である輪っかの形をした揚げ菓子のほうが存在していなかったらしい。
穴の選択をミスしてしまった様である。
「歌の上手い下手はオレも専門家じゃないからなんとも言えないけどさ、歌詞はともかく…………オレは好きですよ、アリサさんの歌声」
「え、あ、ありがとうございます……」
クリスから、予測していなかったお褒めの言葉を頂く。
体が体なので頬が紅潮する感覚とかは無いが、思わず照れてしまった。
「でもさ、普通、お墓で一夜を明かすっていったら身構えない?なんで、アリサさん、ちょっとピクニック気分なんだよ……」
その後で、しっかり、苦言も頂いた。
「なんでだろうねぇ……体が幽霊だからかな?同族嫌悪的な?」
「それだと意味が逆になる」
「……でしたね」
「同族嫌悪かはともかくとして、アリサさんの体は、霊視出来る人には見えるし、不使者からはむしろ視やすいんだから気をつけてね」
「かしこまりです」
この状況が、怖いか怖くないかはよく分からないが、「今、安心していられるのは隣にクリスが居るからじゃないかな」と、なんとなく亜理沙は思った。
ありがとうの意を込めてクリスの頭を撫でれば、その手を無言で払われる。
クリスの手が亜理沙の手をすり抜けて行った。