Ⅲ
陽光に照され、石畳の上でひらひらと翻る簡素なワンピース。
エーテル体と呼ばれるこの体において、服は念じれば着られるらしく、創造次第で自由自在なのだそうだが、如何せん亜理沙の想像力が足りないため、今のところ造形はいまいちだ。
時間に余裕が出来たら、デザインの参考に、少しウインドウショッピングなり、ファッションチェックなり出来ないか……と、クリスに相談したら、「ういんどうしょっぴんぐ?」「ふぁっしょんちぇっく?」と、首を傾げられた。
西洋風な世界だからと言って、そして、カタカナ表記の横文字だからと言って、通じるとは限らないらしい。
「というか、この世界の文明レベルはいかほど?その前に、日本語で通じてるのはなにゆえ??」
「なに、一人でぶつくさ言ってるんだよ?」
「いえ、芋づる式に思わずこぼれた不思議点の独白というか、そんな感じで」
「なんだ、それ」
浮かんだ疑問にひとりでうんうん唸っていたら、出会って二日も経たないうちに、もう何度その顔をさせてしまったか分からない呆れ顔で、クリスがこちらを見た。
疑問と言えば、もう一つある。
「これ、どちらに向かってるんでしょ?」
「この町にある冒険者組合の建物」
「おお、そんなファンタジー作品みたいなものが現実に!もしかして、もしかして、勇者や魔王なんかもいちゃったりなんかしたり??」
期待に満ち溢れた瞳でクリスを見たが、それは物語の中のものだと一蹴されてしまった。
けれど、お城や騎士は存在するし、魔法なんかもあるらしい。
「クリス、魔法、見……」
「オレは、魔法、使えないから」
亜理沙の期待は口に出す前に切り捨てられた。
「死霊遣い(オレ)に出来るのは、アリサさんみたいな霊を見る事だけだよ」
「いえ、それでもう、十分に助けられておりますゆえに、感謝感激雨霰にございますゆえに」
「半分以上よく解んないんだけど……それより、着いたよ」
クリスの示す建物は石造りの古めかしいものだった。
「それっぽい!」
そう言う亜理沙の顔がよほど間抜けだったのか、クリスが「何がそれっぽいんだよ?」とクスクス笑う。
その声をBGMに、重力の存在しない自分の体の特権を駆使して、亜理沙は上から下までじっくりと建物を眺め回した。すると。
壁から突き出している、恐らく建物名だか何だかが書かれているのであろう看板が目に入る。
(読めない……)
ヨーロッパの旅番組などで見かける、金属製の蔦みたいな装飾で出来た看板で、たぶん冒険者を模したのであろうレリーフが取り付けられているのだが、そこに併記されている文字の様なものを、亜理沙は全く読む事が出来なかった。
文字の様なものは、アルファベットと記号の中間みたいな形状をしている。
(これが公用語……?だとすると、どんな原理で日本語が通じていることに……?)
下で待つクリスを見ると、首を傾げられる。
謎は深まった。
「なにやってんだよ……ってか、オレ、中に入ってちょっと用事済ませるから下りてきて」
クリスの指示に従い、横に並ぶ。
「中じゃアリサさんと会話出来ないから、しばらく大人しくしてて」
そう言われたので、口に両手をバッテンに当てて無言で頷いたら、「そこまでしなくていい……」と、訂正された。
なんなら外で待っておこうかとも思ったが、目の届く範囲に居てとお願いされたので、静かについて行く。
建物の中に入れば、町の簡易郵便局くらいの広さの待合室と、これまた簡易郵便局を古めかしくした様な木製のカウンターがあった。
カウンターには簡単な仕切りがあり、数名の人が一人づつ仕切りの間に配置されている。
その中の一つに、クリスは近づいて行った。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか」
カウンターには、眼鏡のお姉さんが座っており、立派な営業スマイルでクリスを出迎える。
「死霊遣い(ネクロマンサー)のロイ・マックールに伝言を。それから、近場で何か依頼があれば受注したい」
「畏まりました。それでは登録確認を致しますので、腕輪の提示をお願いします」
お姉さんのその言葉を合図に、クリスが左腕を差し出した。
左腕には、黒色の腕輪がはまっている。
腕輪の辺りから、CTスキャンをされる時みたいな光が走った。
これは、もしかして、魔法的なやつだろうか?
亜理沙が、注視していると、腕輪は黒から金へとその色を変える。
「ランク、ゴールド。死霊遣い(ネクロマンサー)の、クリス・クリラ様ですね。先ずはランクに合わせた依頼……ただいま、三件ございます。確認後、受ける依頼の受注書にチェックを。それから、こちらが伝言板です」
てきぱきと出されるお姉さんからの指示を、クリスは、慣れた様子で受けている。
(ゴールデンスキャン……)
少しだけ垣間見た魔法に、興奮さめやらない亜理沙は、先ほどのクリスを真似て、左腕と、つられて右腕まで、前につき出す。
当然、腕輪などはまってはいない。……が、ある一点に気がついて首を捻った。
(はて?こんな、痕、あったっけ??)
右手の小指に、一周ぐるりと、ピンキーリングみたいな痕がある。
黒子と同じくらいの濃さで、皮膚……と、このエーテル体で呼んでいいのか判らないが……皮膚に、色素が沈着しているので前からあったものの様な気もするが、今現在の亜理沙の抜け落ちた記憶では、心当たりがなかった。
そんな風に指の痕に集中して、周りが見えて居なかった亜理沙は、接近する人影があった事に気づかずにぶつかってしまう。
「あ、すみま……」
しかし、相手は亜理沙の体をすり抜けて、ぶつかった事に、それ以前に亜理沙の存在にすら気づかずに通り過ぎて行ってしまった。
「あ……」
ずっと、クリスが普通に接してくれていたので、きちんと自覚していなかった。
(私……ほんとに幽霊なんだ……)