第3話『受け継いだ意志』
コノミネ ケントは、剣を取ることを決意した。
それは自己満足の塊などではなく、王の為、誰かの為となることを信じての行動である。
最後にそれが自己満足になろうとも、ケントはもう良かった。
というか、現実を抜け出した時、既にどうでも良くなっていた。
「まあ、剣を取ると言ってくれたのは良いんだけど…」
王様は、何を言いたいのか。
部屋中をウロウロとして、自分の頭を指でトントンと突いたり、顎に手を当てて首を傾げる。
何を悩んでいるのだ、いいからとっとと、
–––––––––––––––待て。
何故、今自分は剣を取りたいと願った?
異世界に興味はない、仕方なくやったことだと思っている。そのはずなのだ。
そんな事を思っていた。
「––––––おい、聞いてるのか?」
「悪いけど、何も聞いてない。」
自分の悩みに精一杯で、王様の話を聞こうとすらしてなかった。これが高校での授業に影響したのだろう。
そんな話は今は関係なく、話を聞く体制(横になってダラける)になった。
「説明しておく…お前の為の剣は無いし、お前に剣を用意するのは正直面倒臭いから街まで出て買ってこい。」
それはなんとも辛い宣告、動くのが面倒臭い彼からしたら兎に角、面倒臭い。彼は所謂『自宅警備員』であり、何も出来ない状況にあったのだ。
と言っても、剣がなくては剣豪も何も無い。
「あー、んあー、とりあえず…『伝説の剣』とかいう伝説武器のある主人公無双系RPGとか、竿みたいな初期武器があるわけじゃねーぞって事?」
「…あーるぴーじー?なんだそれは。」
「ゲーム苦手な感じな女の子かッ!しかもテメェが言っても需要は微塵もねえ!」
王様の発言に、荒かけていた心が和らいだのか、ツッコミを簡単にもこなせるようになっていた。「ふざけてるのか」と心の底からツッコミを入れたかったが、後ろ頭に掌を当てて、やれやれ、と微笑んだ。
「…まー、いいか。要は金さえ出せば剣は買えるってわけだな?そう言う事なら、金出してくれねえと話にならんよなぁあぁ?」
「君に渡すのは1000コインだけだ、それ以上はお断りさせてもらう。」
「えーーっとぉぉ……」
ケントは心の奥で「まだだ、まだ早い」と誰もが思うツッコミを抑えた。
勿論抑えつけるのも難しいが、仕方ないから、慎しむ事にしておいた。
後で街の誰かにこの鬱憤を晴らしてやるのだ、ケントはそう心に誓った。
「……気ィ狂うな。とりあえず買ってくりゃいいんでしょ…」
王様は、掌の上に10枚のコインを出していた。何の躊躇もなく、ケントはそのコインを略奪するかのようにポケットにしまった。
「じゃあ、行ってくるよ」と軽快な動きで部屋を出て、 街まで行こう…とした。
しかし、部屋を出てからは何もかもが最悪だった。
無駄に扉の多い一階の部屋。
顔と肉体美が恐ろしく、強烈な違和感と笑いを掻き立てる執事。
仕上げに、金庫が25個ある謎の部屋に、父母の部屋と思われる暖かな雰囲気を醸し出している部屋。
とにかく、面倒臭くなるくらいだった。
結局、その3m弱のゴツい執事が、似合わない超小型(大きいのだが巨漢が持っていると小さく見える)エコバッグを抱えていたので、バレないのを前提とした隠密な尾行をして、何とか街らしき場所に辿り着く事は出来た。
「ほぉー…意外と広いものなんだなぁ…」
街は大きく、猫耳娘やら茶髪の麗人、美男美女が集っていた。その腰には、鞘に守られた短刀や片手・両手剣が掛けられていた。
『此峰 健斗』は改めて憂鬱になっていた。
本日二度目の憂鬱に、身体が慣れてしまっている。
そして、その肝心の憂鬱な理由は、実に簡単だ。コミュ力は人相当のモノがあり、場の空気を乱す事なく人にモノが聞ける性格なので、店の場所は把握した。そして、金を盗まれたわけでもない。
何がダメなのか?
『お金が足りないんです。』
致命的。致命的なミスをしでかした。
そう、昔から彼はそうなのだ。真面目に取り組めばどんな事柄でもこなせるのに、人がいなくなってから思うのだ。聞き忘れてしまった、と。そして、判断を知り合いに任せてしまう。
狩に行って報酬を貰うのは、ファンタジー特有の手だが、剣のないケントが狩に行くのは恐らく無謀、というか即死してセーブポイントに戻るのがオチだ。
そもそも、セーブポイントがあるのかも分からないのだが。
「……どうしたものか。」
普通の格好をしたケントが、店の前の階段で頭を抱え込んでいる。
「悩んでも仕方ない」と割り切って移動を始めるが、此処でトラブルが発生するものだ。
そんなケントの隣に、いつの間にか少女が一人。
「ねえ、あんちゃん。」
「…あ?なんか用か?」
「お金、欲しいな。」
–––––––––何言ってるんだ、この幼女。
見ず知らずの女の子だ、顔はおろか、初対面で小遣いを要求してくるような知り合いはまずいない。
しかし、困ったのは女の子についてではない。現実で仲の良い同僚は、今此処にはいない。判断は全て彼の勘に委ねられた。
「…えっと、兄ちゃん、剣を買わなきゃ行けないんだわ。この金は、会社の同僚がくれたいわば軍資金であって…」
「あんちゃん嘘ついた!だってどう見ても無職だもん!」
「一応フリーターだよこのクソガキィ!」
「ふりーたー?なんか知らないけど、とりあえずあんちゃん無職ー!」
「くそぉ!覚えてろよ!必ず騎士になって見返してやっかんな!後悔すんじゃねえぞ!」
子供相手にマジギレするいい歳した高卒フリーター、『此峰 健斗』。誰も周りにいなかったから良かったが、誰かに見られていたら相当痛い人だっただろう。実際、ケントは現在進行形で涙を眼に浮かべているのだから。
そんなこんなで、安売りしている武器商人の店に着く事ができた。
「へい、らっしゃい。」
「あの、安くて硬くて太い武器ってありますか?」
「…兄ちゃんよぉ、逆に安売り店で良い武器を求めるのがいけねえんじゃねえの?」
「そうなんだけど、1000しか手持ちが無くてよ。」
「………ほお?」
1000しか持ってない、と聞くと、武器商人のおじさんは何かを思い出したかのように、腰の剣を抜いて、ケントに差し出した。
「持って行け、兄ちゃん。タダだ。」
「は?え、え?」
それは剣らしい剣。
剣の名前は『スリーブ』。初期武器らしい名前で、切れ味もそこそこという代物だ。意外と軽く、振りやすい点でいうなら合格点だろう。
「…あの、どうしてこの剣を、俺に?」
「…兄ちゃん見てっと、昔の自分を思い出すようでよぉ…金、ねぇんだろ。遠慮すんなって。」
この世界に来て、久々に感じる人の優しさ。昔、会社で振り落とされた経験のあるケントは、この優しさをしみじみと思い出す。同僚に励ましてもらい、深々と頭を下げたこともあった。
「…ありがとうございます、本当に。この礼は、いつか…」
「礼なんていらねーべ。ただよぉ…」
武器商人は、何かを思い出すように空を見た。そして、空を掴むようにグッと握った。その空を握る武器商人の姿は、他者からは情け無く視えたかもしれないが、ケントには『何かを掴み取ろうとしてる』そんな意志があるように視えた。
「……俺は、昔は武器商人なんか夢じゃなかった。でも、自分の実力はこんなもんじゃと思い込んじまってよ…兄ちゃん、大きくなるんだぞ。俺の代わりに、その剣で。」
「…おうともよ。」
ケントは、頭も上がらなかった。よく周りを見れば、1000で変える剣など無かったのだ。武器商人のオッチャンは、慈悲でくれたのでは、とケントは思ったが、オッチャンの瞳からは、ケントの行く末、先を見据えんとしていた。
だから、信じる事にした。それしか、今の自分に出来ないからだ。