第2話 『王と無能剣士。』
ある日の朝の事。
俺は、少女と出会った。
「おはよう。」
朝の軽快な挨拶を交わす。
「ごめんね。」
何かに対して謝罪をして。
「–––––––––さようなら。」
何かを失う。
そうやって自分は生きてきた。
何かを得る為に、何かを失って、其の為に何かをする。
それが仮に、自身を滅ぼす行動でも。
「っ……」
大きな布団の柔らかな感触を感じた。
それが布団だということに気づくのに、5分はかかっただろうか。
耐え難い痛みに襲われたかのような激しい頭痛。眼を赤くして、夜更かししたわけではないのに、疲労と気だるさが彼のことを襲う。
今起こっている現象は、タイムパラドックスによるもので、『異世界召喚』と呼ばれる、アニメ、漫画で御用達の展開を現実にした事で、頭痛が激しくなっている。
何があったかわからないまま、頭を抱えて踞る。そうでもしないと、『自分』が『他の誰かになる』ような、そんな気がしたからだ。
「くそッ…何がどうなってんだ…!考えろ、考えろ…!」
何も、分からない。
説明前にだらけて寝たのは自分の癖に、その自分への後悔さえ、今はただただ虚しく、まるで、虚空間に囚われている奴隷のような気持ちを味わっていた。
「やあ、おはよ。」
そして、そんな苦痛に会うわけがないくらいに本当に軽快な挨拶。こいつが全ての元凶である。
「テメェ!何しに来やがった!」
周りが見えていないようで、自身が敵と認識した召喚士の胸ぐらを必死に掴む。気が気で治らない。今すぐ元の世界に返せと言ってやりたかった。
しかし、
–––––––––––––––––そういえば、戻ったところで何をすれば良いんだ
そんな不安と疑問だけが、健斗を駆り立てる。
やはり何処であろうと、此峰 健斗は憂鬱なのだろう、という事なのだ。
召喚士を掴んだ手を、無力にも離す。召喚士は、余程苦しかったのか、「やるねぇ…」と呟き息を整え始めた。
健斗は、そんな彼の姿を滑稽に思えていた。
「…さて、早速で悪いのだが…『コノミネ』君。話をしないかい?」
健斗は、召喚士の声を聞いて少し安心した。黒魔術的な使い手らしき悪人声でなく、自分とさして変わらない凡人声の青年。
改めて顔を見てみれば分かる。健斗の風貌は一般男性らしい顔付きをして、特徴は首にキズ。そんな健斗の標準的な男性としての風貌と酷似なのだ。
「…話は構わねェ、良いからさっさと進めてくれ。」
期待はずれというところか、緊張がほぐれて安心したのか、何故か知らないがダラけ始める。
異世界に来たところで、異端児は異端児、サボリ魔はサボリ魔、飽き性は飽き性。健斗も、とどのつまり健斗なのだった。
気怠さを見せて、布団に寝転ぶ姿の方が、もしかしたら滑稽かもしれない。
「早速だが、手軽に話を進めるよ。」
と、話に興味を持たせたいのか、部屋の何ともない引き出しからジャガイモを取り出す。何をしたいのか、健斗は少し理解していない。
そこでこう説明されるのだ。
「齧れ。」
「はぁ?」
二つ言葉で会話をし始めた。
「立派なジャガイモだぞ。」
「断る。」
…………。
沈黙が続く。
しかし、その沈黙も束の間。召喚士はやれやれという感じで話し始めた。
「…ここは、剣豪世界【ブレイド】。というのも、コレは私…いや、俺が考えた名前なんだが…まあ、納得してくれると助かる。」
ゴソゴソ。
健斗は話を聞いてすらいない。
「…まあ、良いか。兎に角本題に移ろう。
この世界で、君は、俺の代わりに騎士となってもらう。」
「は?騎士?」
やっと話の繋がりが付いた。
頭の混乱が未だ溶けていないようだが、大丈夫か?大丈夫だ、問題ない。
と、自己暗示。
「いや、いや、騎士は良いんだ。最低でも剣士になってほしい!嫌なら断れ!元の世界に返そう!」
「嫌だね!ほら、返しやがれこのヤロー!」
「おっと、君に拒否権はない!」
なら何故聞いたし。健斗は疑問で頭がいっぱいになってしまっている。というか、健斗の脳の容量の半分が娯楽化してるので剣士には意地でもなる気がないという意味で言った。
彼が剣士になりたくないのは、娯楽の為である。
–––––––––ウソはよせよ。
「…『コノミネ ケント』。お前をここに呼んだのは、お前を剣士にする為だ。それが、王としての俺の役目だからな。」
「んな事、俺には関係–––––––待て、今王とか言わなかった?お前王なの?」
「あっ。」
何故か、『間違えて口走っちゃった!』的なオーラだだ漏れでぽかーんとしている。
こいつ馬鹿だろと健斗は思った。
しかし、それと同時に思ったことは、少年漫画を読み進む少年のキモチ、即ち高揚。
『異世界』は嫌いだが、人間には抗えない感情が二つある事を、健斗は知ってる。
人間は、達成感とその先にある輝かしい未来の為に生きている。それを達成する為に人間は力を蓄える。
つまり此奴もそうなのだ。目標を達成する為に努力していた。
此峰 健斗という無能を、信じてくれたのだ。ならば、その信用を邪険になど出来ない。
つまり–––––––
「––––––王様の頼みとありゃ、仕方ねえよな。」
その信用に応える、その為に。
この場、この時に。
『無能の騎士』が、誕生してしまった。