プロローグ
‐1‐
『君たちには、これから鬼ごっこをしてもらう。ルールを守り楽しく遊ぶように。』
~ゲーム開始から二〇時間目~
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
薄暗い廊下を一人の男が走る。
パンッ! パンッ! パンッ! と、乾いた音が三回、男の背中に響く。
「なんで、こんな事に、なったんだ!」
肺に空気がなくなったよう、息苦しい中、男は苛立ちつぶやいた。
‐2‐
~ゲーム開始から〇時間目~
ずいぶん長く眠っていたようだ。体全体が心地よく痺れている。
僕 「(最近夜更かしばかりで、ろくに寝ていなかったからな。)」
瞼を開け天井を見上げると、軽い違和感と共に、自分が今どこに居るのか一瞬分からなかった。
頭の中に疑問を浮かべながら室内を見回すと、ここが見知らぬ学校の教室だと気づく。
「目が覚めた? 体は大丈夫?」
誰かの声が聞こえる気がする。
僕は、意識を急いでかき集めながら、声の主を探した。
「まだ、意識がボーッとしているのかな?」
声の主に応えるよう、「キミは誰?」と、寝起きで掠れた声で返事をした。
倉住 「ワタシ? ワタシは、倉住 美菜。」
見覚えの無い顔だ。
僕 「クラズミ、ミナ。」
思わず、目の前に居る女性の名前をつぶやく。
冷静になった頭で、辺りを改めて見回すと、
僕 「他にも人が居る。」
驚く事に、 目の前の女性、倉住さんと僕以外にも、複数の人間がこの教室に居る事が分かった。
僕 「僕は、村山と言います。ここはどこなのでしょう?」
今の状況を確認するべく、はやる気持ちを抑えながら、倉住さんに尋ねた。
倉住 「ワタシもムラヤマくんと同じで、さっきまで寝かされていたの。だから、詳しくは分からないんだ。」
困った声で「ごめんね」と言いながら、両手を合わせている。
そんな様子に罪悪感を感じながら、
僕 「倉住さんが謝ることは無いよ。僕もこの状況は、よく分かってない訳だし。」
気にしないで、と簡単なジェスチャーも合わせて伝えた。
状況が分からない事に内心、不安が募るのを無視しながら、もう一度、周りを良く見回すと、見知らぬ男性と目が合う。
僕 「うんっ! あの人に聞いてみよう。」
人見知りの僕は、 【知らない人に何かを聞く】 という、普段はしない行動を取る事に決めた。
この時の僕は、いつもより大胆であったと思う。
‐3‐
僕 「すみません。僕の名前は村山 琢磨と言います。ここは、どこだか分かりますか?」
世良田 「お! やっと目が覚めたか。俺の名前は、世良田 正和だ。」
目の前の男性、世良田さんは、気さくな雰囲気で応じてくれた。
世良田 「その質問に答えたいのだが、残念ながら俺も良く分からんのだ。」
何か新しい情報を得られると思い込んでいた僕は、妙に残念な気分になりながらも、「そうでしたか。」と、何とか一言だけ口に出した。
倉住 「タクマ君、元気出して!」
気落ちした態度を、誰かに気づかれた事が少し気恥ずかしい。
そんな僕の態度に知らん振りをした世良田さんは、先ほどと変わらぬ様子で話しかけてきた。
世良田 「そっちの女は誰だ?」
話題が急に自分に向いた事で、倉住さんは少しびっくりした表情になった。
倉住 「あっ! ゴメンなさい。自己紹介がまだだったね。」
倉住さんは、しどろもどろになりながら、身を小さくしてしまう。
僕 「こちらの女性は、倉住さんと言います。」
その様子を見て、お節介かと思ったが、変わりに紹介をする。
そんな僕に対して、世良田さんは、少し考え込んだ様子で、 「んっ? 琢磨と倉住は知り合いなのか?」と、質問を続けてきた。
僕 「倉住さんとは、先ほど初めて会いまして。僕が気を失っているところを、心配して傍に居てくれたのですよ。」
僕は、ほんの少し、疑問を頭に浮かべながら、目を覚ました直後の事を、世良田さんに話す事にした。
じっと僕の事を観察する態度に、たじろぎながらも一通り話し終えると、世良田さんは視線を外し、何かをブツブツと呟きだした。
世良田 「周りの連中は、皆、知らない奴だったからな。」
世良田 「もしかして、連れて来られた奴の中で、何かしらの接点が有るのかと思ったんだが。」
体を揺すりながら少しイライラした様子に見える。
僕 「(妙に引っかかる事を口にしたな。)」
僕 「世良田さん、すみません。ちょっと聞きたい事があるのですが。」
世良田 「なんだい琢磨くん?」
どこか上の空の様子で、世良田さんは応えてくれた。
僕 「ここに居る人達は、 【誰かに、連れて来られたのですか?】 」
世良田 「何人かに確認をしたのだが、どうやら皆、気づいたらここに居たみたいなんだ。」
世良田 「一番最初に、皆を集めて話してくれたのは、えっと、女の、なんて名前だったかな・・・。」
世良田さんは、記憶を辿るように視線を落とす。
「世良田くん。そこの男の子に、私の事を話そうとしているの?」
すらりと立った、その立ち姿がとても美しい女性。僕は思わず目を奪われた。
‐4‐
世良田さんは、何かに気づいたように、テンション高めで声を上げた。
世良田 「あっ、こいつだ。思い出した。富士だ!」
僕 「(目の前の女性。富士さんって言うのか)」
富士 「私の名前は、富士 慧。よろしくね。そこの男の子と、女の子。」
彼女は、嫌味っぽさの無い、軽く柔らかな声で話しかけてきた。
僕は、世良田さんに話した内容と同じ物を、彼女へ伝える事にする。
一通り話し終えると、彼女は納得したかのよう、深く頷いてくれた。
僕 「(どうしても確認したい事が有る。)」
緊張で声と表情を強張らせないよう気をつけながら、口を開く。
僕 「早速ですみませんが、お聞きしたい事が有ります。」
富士 「それは、私がココに連れて来られた時の話しを聞きたいの?」
僕は頷いた。
富士 「そう。」
富士 「私が連れて来られたのは、ちょうど塾からの帰り道だったわ。時間は、二十二時を過ぎていたかしら。」
彼女は、少し遠くを見るような目をしてから、続きを口にした。
富士 「突然、頭を 【ゴツンッ】 って。痛みで意識がひどく弛緩したわ。」
富士 「目を見開いているのに何も見えない。とても暗い。ぐぐもった声だけが聞こえる。」
『早く運べ。誰かに見られる前に。』
彼女の顔は苦痛で歪んでいた。
重い沈黙が続く。
自分の顔が見れないので確認は出来ない。恐らく、僕の顔は、怒りで火のように真っ赤になっていただろう。
気が狂いそうになるのを必死に抑えながら、彼女に続きを促した。
僕 「あの、連れて来られた時、相手の顔は見ましたか?」
富士 「いいえ。頭を殴られた衝撃で、誘拐犯の顔を見る事が出来無かったの。」
「ゴメンなさいね」と、彼女は謝った。
世良田 「俺も似たような感じだったぜ。補習の帰りに、なんか嗅がされて、気づいたらココに居た。そういえば、声は聞こえなかったな。」
「ワタシも同じ」という、声が遠くから聞こえるような気がする。
僕はそれどころでは無かった。
必死に自分の記憶の紐を手繰ってみたが、「(どうしてだろう。ここに連れて来られた時の記憶が無い。)」
「あの~」という、間の伸びた声が聞こえると同時に、意識があるべき場所に戻ってきたような気がした。
「お話し中に、申し訳ございません。」
樹 「あたしは、樹 智子と申します。富士さんをお呼びに来たので・・・。」
樹さんは、緊張からなのか、語尾が小さく、最後の方はほとんど聞き取れない声であった。
富士 「樹さん、お待たせしてゴメンなさい。今すぐ彼らを連れて行くわ。」
何かを思い出したかのようにハッとした様子で、樹さんへ語りかけている。
樹さんが落ち着いてきたのを確認した彼女は、僕達の方へ向き直り、
富士 「世良田くん、村山くん、倉住さん。私に付いてきて。」
彼女はそう言うと、 【これから大事な儀式でも行う】 かのような気配で、この場を後にした。
世良田 「よく分からんが、置いていかれる前に行くぞ、琢磨、倉住。」
いち早く、世良田さんが立ち上がる。
倉住 「何が起こるんだろう。怖い。」
怯える倉住さんを、何とか立ち上がらせ、僕達は先に行った者の後を追う。
そこで見た光景は、床に座り込む人達、その前に堂々と立つ彼女の姿であった。
‐5‐
富士 「紹介するわ。彼らは、あなた達と同じく、誘拐犯に連れて来られた人達よ。」
彼女の後ろに座る数名の男女は、皆一様に体を硬くして顔を伏せていた。
彼らの年齢は、恐らく僕と大きく変わらないだろう。なぜならば、皆、学生服を着ているからだ。
世良田 「富士。コイツら、さっきより落ちこんでんじゃないか。」
世良田 「『私に任せろ!』と大見得を張った割には、全然ダメだったな。」
富士 「・・・」
富士 「その事なのだけど。後で、詳しく説明するわ。」
僕が気を失っている間に、何らかのやり取りが、二人の中で有ったのだろう。僕には関係の無い事のように思える。
二人に置いていかれたような気分で、居ても立ってもいられないもどかしさを感じた様子の倉住さんが、話しを切り出した。
倉住 「あの~。ここに居る皆さんは、どういう経緯で連れて来られたのでしょうか?」
富士 「ああ、二人ともゴメンなさいね。」
富士 「ここの皆は、さっきアナタ達に話した内容と似た方法で、連れて来られたみたいなの。」
僕 「それは、 《薬で眠らされるか》 、 《頭を叩かれて気絶させられるか》 、 《それとも別の方法で気を失わされてから》 、運ばれて来た、という訳ですね。」
特に目新しい情報は出てこないかと思われたが、彼女の一言で僕の心臓は驚き激しく動悸する事になる。
富士 「ビックリしないで聞いて欲しいの。」
富士 「キミ達三人を呼びに行く前に、 【誘拐犯からのメッセージ】 を見つけたの。」
不意をつかれた三人は、ただ黙っている事しか出来なかった。
そんな様子に、彼女はとても悲しい表情をしている。
何か喋らなければ、恐怖で身動き出来なくなってしまう。
僕 「誘拐犯って誰なんですか?」
慌てた僕は、的外れな事を口走ってしまった。
富士 「ゴメンなさい。まだ誰が誘拐犯なのか、分かっていないの。」
的外れな質問に律儀に答えてくれた彼女に、とても申し訳ない気分になる。
目の前で僕達のやり取りを見ていた世良田さんは、不愉快な気分の様子だ。
世良田 「 【メッセージ】 って、具体的になんだ?」
彼女は、世良田さんの高圧的な物言いにも、動揺した気配は一切ない。
ただ淡々とした口調で説明をしてくれた。
富士 「誘拐犯からのメッセージはこうよ。」
『君たちには、これから 【鬼ごっこ】 をしてもらう。ルールを守り楽しく遊ぶように。』
‐6‐
時計の秒針が、とてもゆっくりと動いている気がする。
僕は、しばらくの間、時間の経過を忘れた。
とても近い場所から、怒りのこもった声が聞こえる。
世良田 「富士! 悪い冗談はよせ! 誘拐犯が、そんな訳の分からない事を言うハズが無いだろ!」
全く持って、同意せざるを得ない。世良田さんは、正しい事を言っている。
富士 「これを見て欲しいの。」
彼女から見せられた紙によって、僕の考えは、無残にも打ち砕かれそうになる。
その紙の内容は、
『君たちには、これから鬼ごっこをしてもらう。ルールを守り楽しく遊ぶように。』
と、パソコンで書かれた一文だった。
世良田 「オカシイ。ここに居る 【誰】 かが、いたずらで作ったんだ。」
世良田 「パソコン、パソコンはどこに有る?」
この教室には、パソコンどころか、紙をプリントするプリンタすら無い。ましてや、本来、有るハズの机や椅子すらも無いのだ。
ふらつく足取りでただ歩みを進める様子に、哀れみすら感じる。
世良田さんは、オカシクなってしまった。
富士 「この手紙は、恐らく誘拐犯から送られてきた物で間違い無いと思うわ。」
彼女が、そう判断する理由が分からない。
何気なく横を見ると、倉住さんが怯えた様子で震えている。
僕 「何故、誘拐犯からの手紙だと思うのですか?」
僕は、至極真っ当な質問をした。
富士 「根拠はこの手紙だけでは無いの。手紙と一緒に置いてあった、人数分の荷物と、 【ルール】 と書かれた紙も見つけたのよ。」
全く意味が分からない。
富士 「ちょっと付いてきて欲しいの。」
頭の中に空洞が生まれ始めてきた。
無くなっては駄目な、大切な物がすり抜けていく。
僅かに残った思考が、怯える倉住さんを一人には出来ない、と訴えかけている気がする。
少々乱暴では有るが、僕は、倉住さんの手を無理やり引いて行く事にした。
‐7‐
目の前に広がるのは、人数分のペットボトルとカロリーメイトに似た入れ物、そして腕時計であった。
いつの間にこんな物が用意されていたのだろう。
大事な物を見落とした気分になり、僕は妙な困惑を感じた。
富士 「この紙。ルールと書かれた紙を、村山くんと倉住さんにも、見てもらいたいの。」
倉住さんは、俯き前を見てくれない。
僕は仕方なく、一人で 【ルール】 と書かれた紙を見る事にした。
ルール
1.ゲーム開始時点の各自の 【持ち点を3点】 とする。
2.タッチをされた場合、タッチした側に 【1点が渡される】。
また、 【持ち点が0点】 の者をタッチした場合に限り、タッチした側に 【2点が渡される】 ものとする。
3.タッチをされた者は、タッチした者に点数を与えた後、5分間だけ、点数の変動が行われない状態になる。
ただし、ルール6番の条件での減点は防げないものとする。
4.【0点未満】 になった者を失格とする。
また、ゲーム参加者が何らかの原因で、ゲームの継続が困難になった場合も失格とする。
5.ゲーム開始から1時間を準備時間とする。
準備時間の間は、点数の変動は行われないものとする。
6.準備時間終了から、3時間が経過する毎に、持ち点を 【1点減点】 する。
7.ゲーム終了は、ゲーム開始から25時間を経過した時点とする。
8.ゲーム終了時点で、失格になっていない者を勝者とする。
9.勝者には、賞金 【1億円】 を与えるものとする。
また、勝者が1人の場合に限り、ボーナスとして 【4億円】 を追加賞金とする。
ファンタジー。まるで夢を見ているようだ。バカバカしいにも程がある。
彼女は、こんな紙切れを見せるために、僕達をここに連れてきたのか。バカバカしい。
まるで、高校生が悪ふざけで考え付いた、幼稚なルールにも見える。
賞金金額1億円。信じられないし、信じたくも無い。
あぁ、早く家に帰りたい。