人助け
茸のモンスターにリベンジを終えてから、ゴブリン相手に1対2の練習をして慣れて、1対3でも難なく戦えるようになった頃。白い膜、ダンジョンの出口が視界に入ってきた。
レベルは19になっていて、スキルポイントもかなり貯まり余裕がある。このまま3層に突入しても問題なさそうだが、一度街に戻って勇者について調べるのがよさそうだ。スキルポイントが5倍貰えるのが事実であれば、ささっと剣術や魔法のレベルを上げてしまおう。
白い膜の中に入ると、外に出るか3層に進むかウィンドウが表示された。外に出るのを選択して、ダンジョンの外に出ると、森は闇に包まれていた。すぐに《暗視》を発動して視界がクリアにする。
そのまま森を出て、街へ向かう街道を歩いていると、遠くの方に何かの残骸が山になっていた。近づいてよく見てみると、車輪や荷台みたいな物がある事から、きっと元々は馬車だったのだろう。すると残骸の中から呻き声が聞こえてきた。確認すると男の人がいて、怪我をしているようだった。
「大丈夫ですか!?」
声を掛けてみるが返事がなく、意識を失っているようだ。これは早く手当てしないと命に関わるかもしれない。崩れないように残骸の山を少しずつ退けていくが、これでは時間がかかってしまう。そこで《アースシールド》で男の人を包み込む事にした。これで残骸が崩れたとしても男の人を守れるだろう。そして周りの残骸に《ウィンドカッター》を放ち続けて細切れにしていく。残骸の崩落が落ち着いたところで、《アースシールド》を破壊する。
やはり男は重症だった。腹に剣で貫かれたような傷跡があり、そこから赤い液体が止め処なく流れ出している。俺は男に触れると《手当》を使う。少しは出血が治まったがそれでもまだ止まらない。何回か《手当》を使ってみるが一向に傷が塞がらない。このままではいずれ失血死してしまうだろう。
助ける方法は、たぶんある。だけどそれをするにはこれから先のリスクが増えるかもしれない。しかし今出来る事をしないで男が死んだら、きっと後悔が残る。それを抱えて生きていくことになるだろう。だがそんな人生は御免だ。俺は《回復魔術》のレベルを上げていく。レベル5になったときに新しく《治癒》が使えるようになった。《治癒》を使うとたちまち傷が塞がり出血も止まった。苦しそうだった男の表情もいつのまにか和らいでいた。無事助けられたみたいでホッとしていると、男は目を覚ましたようだ。
「……俺は、助かったのか?」
男は呆然としていたが、血だらけの服の上から腹に触れると傷が塞がっていることに驚いていた。そのまま辺りを見渡して傍に俺がいることに気づき、頭を下げた。
「君が助けてくれたのか?ありがとう」
「いえ、無事でよかったです。一体ここで何があったんですか?」
男の名前はタランドーというらしい。タランドーさんは商人で、隣街からティーリアに向かっている最中に盗賊に襲われ、護衛も数名いたが盗賊の数の多さに対応出来ず、その後、タランドーさんがやられてしまったのを見て逃げ出し、盗賊は逃げていく護衛は追わずに撤退していったそうだ。
「盗賊とは災難でしたね。この辺りは盗賊がよくでるんですか?」
「この辺りじゃ珍しいな。もっと東の方に行けばよく見かけるらしいが」
そういえばプリメラさんが最近街の周りで盗賊が出没するから気を付けてね、とか言ってたような気がする。ティーリアの街は人族の領地の首都で、頻繁に人の出入りがあるが冒険者も多いため、街周辺で盗賊が出没するという事は、実の所あまりないのが現状だ。しかし偶に勢力を拡大した盗賊が縄張りのないティーリアの街周辺に来る事があるそうだ。今回の盗賊もそういった類のかもしれない。そうすると結構な数がいそうである。盗賊一人一人はそこまで強くなく、単純な力量では冒険者の方が強いくらいだ。
何故かというと盗賊の相手は基本人間であり、そのほとんどが冒険者以外のレベルの低い一般人である。そもそもレベルを上げるための経験値はモンスターを倒さないと入手ができない。人間やそこら辺にいる動物を倒しても手に入らないのだ。盗賊はそのためかレベルはそこまで高くなく、初級冒険者くらいの強さしかない。
「盗賊に売るために連れてきた目玉の奴隷のエルフを奪われてしまった。命あるだけマシだがな」
「え、今エルフって言いました?」
「ああ、エルフの若い女の子の奴隷だったから結構な価値があってな、運よく手に入ったから売ろうと思って連れて来たんだが、盗賊に奪われちまったよ」
なんとエルフがいるらしい。魔族がいるからエルフとかドワーフとかいるのかな、とは思っていたが思わぬ所で出会えそうである。これは盗賊の討伐をしてみるのも良いかもしれない。この世界では盗賊を討伐した時、盗賊の所有品は討伐者が貰って良い事になっている。つまり討伐の賞金以外に盗賊の資産も手に入り金銭的にかなり美味しい。タランドーさんに盗賊がどっち方面に向かったか聞いてみる。
「まさかお前さん、盗賊を討伐に行くとか言わないよな?」
「ええ、討伐に行こうと思います。エルフを見てみたいし何より助けたい」
女の子なら盗賊に何をされてもおかしくない。そうすると今夜中に何とかしないと、手遅れになる可能性がある。
「街はそう遠くないんで一人で行けそうですか?俺はこのまま盗賊を追いかけます。」
「ああ、問題ないがお前さんも一人で行くんだ、止めはしないが命を助けて貰った恩も返せてねぇ。絶対に死ぬんじゃないぞ」
タランドーさんに別れを告げ、盗賊の撤退して行ったと思われる北に向かう。発見しやすいように《探知》のスキルも上げておく。後は盗賊に会ったらその場に合わせてスキルを強化しようと思う。
一時間程走っただろうか、《探知》に反応があり、それはかなり数の集団がいる事を示していた。多分盗賊のアジトだろう。近付くと岩場があり洞窟がそこにあった。どうやら洞窟をアジトにしているみたいだ。入り口には見張りの男が二人いたが、座り込んで岩場を背に寄りかかって寝ていた。見張りの意味ないじゃん。
ここまで勢いで来たが、盗賊とはいえ人を殺すのには抵抗がある。ましてやそれが無抵抗となると尚更だ。女の子を助けるため、さらにはエルフときた。助けるしかないがその一歩が踏み出せない。
何か決定的な理由が欲しくて俺は《鑑定》をレベル3にして盗賊二人を《鑑定》をする。やはりステータスはそんなに高くない。そして称号の所に盗賊と表示されていた。やはりここは盗賊のアジトで彼等は盗賊で間違いない。特に危なそうなスキルも持っていなので、戦ったとしても問題なく勝てそうだ。
ツインダガーを取り出して近付き、意を決して見張りの盗賊の首を切り裂く。真っ赤な鮮血が一気に噴き出し、肩から地面に転がっていった。もう一人の盗賊は深い眠りについているのか、一向に起きる気配がなかった。もう一人にも同じ様に首を切り裂き、致命傷を与える。
返り血が気持ち悪い。《清浄》を使い身体中の汚れを落としたが、まだ血がこびり付いている様な感覚が抜けない。その感覚を無理やり意識の外へ押しやって、盗賊のアジト内へと入って行った。