トリスティアの森にて
ぽかぽかと温かい日差しと、草木の香りを運んでくる爽やかな風を感じて、俺は目が覚めた。周りを見回すと木々が生い茂っており、森の中にいるみたいだった。何故森の中にいるのか寝る前の事を思い出そうとするがきれいさっぱり思い出せない。
未成年だからお酒を飲んだ事はないが、酔い潰れて飲んだ時の記憶が無くなっている人とかの気持ちってこんな感じなのだろうか。後1年ちょっと経てば20歳になるしお酒はその時に体験しよう。とりあえず状況を確認するべく身の回りを調べてみることにした。所持品には携帯電話や財布はなく、昔工作が好きでお婆ちゃんからプレゼントしてもらった、お守りみたいに持ち歩いている鋏だけがあった。
周囲の森の景色にも見覚えはない。しかし、視界の左上の方に小さくアイコンがあるのに気付いた。アイコンにはメニューと書かれていて、視界を動かしてみても左上から動くことはなかった。試しにメニューの場所に指を当てようとしてみるが何も起こらない。次にメニューのアイコンを意識しながら念じると、アイコンが大きくなりいくつかの項目が表示されたウィンドウが出てきた。ウィンドウには《ステータス》《スキル》《装備》《道具》と表示されていて、俺はそれぞれの項目を見ていく。
《ステータス》には神楽坂翔二と俺の名前が表示されている。名前の次にはレベルとSTR・AGI・VIT・DEXと能力値を現しているだろう表示があり、すべて1となっていて、ステータスポイントが0と表示されていた。更には称号なるものがあり、そこには勇者と表示されていた。
《スキル》にはスキルポイントが100とあるだけでそれ以外の表示はない。
《装備》には異世界の刃物と異世界の服とあった。
《道具》には何も表示がなかった。
気になったのは称号勇者に異世界の刃物、異世界の服だ。メニューのアイコンやウィンドウ等も併せて考えると、信じられないがどうやら勇者として異世界に召喚されたとみて間違いないだろう。勇者とかそういう物語に憧れたりするけど、まさか自分が勇者になるとは思ってもいなかった。
しかし、召喚されたのであればそれを実行した者がいるはずだが、周りにはもちろん誰もいない。これ以上考えても埒が明かないので、次は周辺を調べるために動き出した。しばらくすると、前方のほうに緑色のゼリー状の何かが地面から少し盛り上がっていた。
どう見てもあれはスライムだろう。一応武器として異世界の刃物ならぬ鋏があるけれど、俺のレベルは1だし能力値もオール1、スライムの強さもわからないし、近づくのは危ぶまれる。例え今回逃げてたとしても、多少危険だがここでスライムを倒してステータスを上げておいた方が後々楽ではないだろうか。スライムといえば、雑魚モンスターの定番だ。
昔お婆ちゃんも言っていた、何事も最初が肝心だと。俺もゲームとかするけど序盤にレベルを上げまくってから進める派だ。という訳で、俺はどうにかあのスライムを倒すことにした。
手近にある石を拾い、それをスライムに投げることにして、石を拾ってズボンのポケットにしまうと、石が消えてなくなった。驚いてポケットに手を突っ込むが中には何もない。またいくつか石を拾ってポケットに入れると、先程と同じように消えてなくなった。
もしかしてと思いメニューの《道具》を開いてみる。すると先程何もなかった所に石×4と表示が現れていた。どうやらポケットとかの収容目的とされている所に物を入れると自動で《道具》の中に入るようだ。
今度は逆に取り出してみる。ポケットに手を入れるだけでは石は取り出せなかったが、石を取り出す事を念じながら手を入れたら石の感触があった。《道具》を見ると石×3に変わっていた。
これからスライムに石を投げる身としては、とても助かる事だった。あらかじめ石をたくさん拾っておけば残弾をあまり気にしなくていい。ということで俺は石を拾いまくった。ある程度拾ったところでポケットに入れた石が消えなくなった。《道具》を見ると石×99になっていた。どうやら同じ物は99個までが限界らしい。俺は石を拾うのを止めてスライムに挑むことにした。
木陰から覗くと、スライムは先程の場所からほとんど動いていなかった。俺は一度深呼吸をすると、先程拾った石をスライム目掛けて投げつけた。石はスライムに見事的中し、スライムの体が少し周囲に飛び散った。一応、石でもダメージは受けているみたいだ。スライムはゆっくりと動き出し俺の方に向かってきた。しかし遅い、どう見ても人が歩いているのと同じくらいかそれ以下くらいの速度で動いている。俺は小走りで逃げつつ、ポケットから石を取り出してスライムに向かって投げつけた。いくつか外れはしたものの、最後は石が当たった瞬間スライムが弾け飛び、飛び散った破片も灰みたいになり消えていった。どうやら無事に倒せたらしい。ステータスを確認したらレベル2になっていた。
レベルが上がるとステータスポイントを手に入れていた。どうやらポイントを使って能力値を上げていくらしい。俺はポイントを使って敏捷を上げておいた。なんで敏捷かって?今のところスライムから逃げるのは問題ないけど、他のモンスターがいた時すぐ逃げられるようにね。
そして他にもスキルポイントも手に入っていた。今のところ取得できる《スキル》には、《投擲》しか表示されていなかったが取得しておいた。スキルにはレベルがあり説明文がついていた。
《投擲》は所持者が何か物を投げた時に補正がかかり、レベルによって命中率と威力を向上するスキルらしい。
石を投げて戦っている俺にはちょうど良いスキルだった。その後しばらく森の中を彷徨いつつ、スライムを見つけては石を投げていった。《投擲》で若干だが石の投げる回数が減った気がする。そして気づいたら周りが暗くなっていて、レベルは5になっていた。
暗くなった夜の森の中を俺は歩き続けた。最初は暗くて見えなかったが、取得できる《スキル》に新しく《暗視》が表示されていたのですぐに取得したのである。《投擲》に比べて少し必要なスキルポイントが高かったが、まだまだスキルポイントは余っているし問題ないだろう。《暗視》を取得すると昼間程とは言わないが随分と見えるようになった。
《暗視》は言葉通り暗い中でも視界を確保できるらしい。
そろそろ寝る場所を確保しないといけないなぁ、と考えていると、丁度良い所に洞窟の入り口が見えた。風除けにもなるし洞窟の中で野宿することを考え、焚き木用の枝をいくつか拾っておく。
洞窟の前にたどり着くと入口の様子がおかしい。普通なら入り口から奥へ続く通路が見えるのだが、何か黒い水面みたいな膜が張ってあって先が見えない。危険な香りがするので、洞窟は諦めて森の中で野宿することにした。
火が燃え移らないように土を掘って石で囲い、穴の中に枝を折って入れた。後は火種を用意して太い枝に鋏で軽く穴を掘り、そこに枝を高速で回転させて摩擦熱で着火させる。なかなか火がつかない、ついたとしてもすぐ消えてしまう。何かないかと思い《スキル》を見てみると《火魔術》《土魔術》《鑑定》と項目が増えていた。レベル5になった時はなかったのに、何故今回は表示されたのか謎である。とりあえずスキルポイントを使って全部レベル1ずつ取得したが、《火魔術》や《土魔術》に比べ《鑑定》に必要なスキルポイントが高かった。《暗視》の時も高めだったし、スキルの重要度等によって必要なスキルポイントが違いそうだった。
《火魔術》は《着火》と《ファイヤアロー》が使えるようになり、レベルによって威力が上がり、使える魔法の種類が増えるらしい。
《地魔術》は《採掘》に《アースシールド》が使えるようになり、レベルによって威力が上がり、使える魔法の種類が増えるらしい。
《鑑定》は対象のステータスを確認する。レベル1で道具、レベル2で装備、レベル3で人やモンスターに使えるようになるらしい。
「着火!!」
俺はさっそく覚えた魔法《着火》を使ってみる。なかなか火がつかなかった火種に火が灯り、次第に火が大きくなっていく。感動だ。今俺は初めて魔法を使ったのだ。
《着火》以外の《ファイヤアロー》を空に向かって放ってみたり、《アースシールド》で地面を盛り上がらせてみたりしまくっていると、貧血を起こした時のようなめまいが襲ってきた。魔法を使い過ぎたみたいだ。そういえばステータスにHPやMPなるものはなかった。魔力を使い過ぎるとこうなるのか、気を付けなければいけないな。
少し休んだら普通に動けるまで回復した。しかし、さすがに召喚されてからまともに食べていなくて空腹だ。そこで森でいくつか採取した食べられそうな植物や茸取り出した。注意する点はこれらが毒を持っているかどうか だが、あらかじめ採取した時に毒があるかどうかを確認済みだ。昔見たサバイバルのテレビで知ったやり方だ。時間が経った今でも身体に異常がないので問題ないはず。しかも今なら《鑑定》で毒があるか確実に判断できる。何故もっと早く出て来てくれなかったんだ。
そして俺は《鑑定》を使って植物や茸に毒がないか確認する。問題ないみたいだ、俺は茸をこんがり焼いて、久々の食事にありついたのだった。