貝殻
あれから暫くシェリーによるセイレーンへのお仕置きが続き、流石に見るに堪えなくなった俺はシェリーを落ち着かせて引き離し、血塗れのぼろ雑巾のようになったセイレーンに止めを刺した。
しかし、思っていたよりもセイレーンに手こずってしまった。まさか最後の抵抗にあんな大声を出すとは思わなかった。ただの音だから対抗手段も耳を塞ぐくらいしかない。音は空気の振動で伝わるものだから、ソフィアだったら《ウィンドスフィア》で何とか出来たかもしれないが、俺は《ウィンドスフィア》を使えない。
俺の場合は《結界》があるじゃないかと思うのだけど、残念ながら《結界》では防げない。《結界》は魔力で生成されたものと、あとはモンスターを拒めるくらいだ。モンスターの使う武器などの装備も、倒した時に一緒に灰になっていく事から、モンスターの一部という認識みたいで防げるのだが、それ以外は素通りさせてしまうので防御するか避けるしかない。まあ、それでも十分強力な魔法なんだけどね。
「……ん、セイレーンはどうなったです?」
俺がセイレーンに止めを刺して皆の所に合流すると、意識を失っていたアペルが目を覚ました。
「倒したよ。あの時点で既に瀕死だったしね、アペルが倒れた後はシェリーが怒って凄い事になってたよ」
「あれくらい当然の措置です。まったくあーちゃんに手を出すとは許せません。っと、それよりあーちゃん、身体の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫みたいです。ありがとです、しーちゃん」
「もう1体倒さなきゃいけないから、今度はある程度消耗させて、その後一気にソフィアの魔法で倒しきった方が良いかもね」
「それなら最初の方は普通に私も戦う」
ソフィアの魔力増幅は最後の一撃に取っておく事にする。またセイレーンを瀕死の状態に追い込んだら、何をされるか分かったもんじゃない。それならば先にある程度相手の体力を削ったうえで、高火力の一撃をお見舞いして仕留めた方が安全だ。
そうそうちゃんと貝殻を手に入れられているか確認しないと。《道具》を開いて一覧の中に貝殻がないか確認する。見つけたので取り出してみると、手をまるまる覆いつくすくらい巨大な貝殻が出現した。こんな貝殻見た事がない。さぞかし中身は美味しいものが詰まっていただろう。
しかし、何故セイレーンから貝殻が手に入るのだろうと考えていると、俺は気付いてしまった。この貝殻がセイレーンの胸の所でその豊満なものを守っていた事に。セイレーンはモンスターだからあまり気にしていなかったけど、今思い返すと見た目は結構綺麗なお姉さんだった気がする。セイレーンで貝殻が2つ手に入るのはそういう事だったのか、と納得しつつ俺は手元の貝殻を《道具》に収納する。
「貝殻もちゃんと2つ手に入ってるし、次のセイレーンが出るまで3時間程待たないとね。それまで半漁人でレベル上げをしようか」
今の所21層からのモンスターを比べると、一番安全に倒しやすく、数もそこそこ居る半漁人がレベル上げには最適だった。ソードディアーも数は居て良かったのだが、フィールド的には火山の暑さより浜辺の方が楽で半漁人に軍配が上がった。セイレーンも倒さなきゃいけないし丁度良かった。ただ26層以降の状況によっては半漁人より良い敵が居るかもしれない。特に昼間の休憩中に冒険者の心得で確認したが、29層はオーガが出るそうなのでそっちにも期待だ。そして十分準備をした上で30層の守護者に挑もうと思っている。なんと言ってもその守護者はスカルドラゴンとなっていて、初めてドラゴンとの遭遇だ。ドラゴンと言ったらモンスターの中で最強と言っても問題ないだろう。そんなドラゴンが相手なのだ。事前準備は念入りにしておかないとやばそうだ。まあ、20層みたいに倒されてたら戦えないんだけどね。
そして俺達は半漁人と戦いまくって経験値を稼いだ。半漁人の所持している《槍術》のレベル8までの技も確認した。レベル1で使える《スピアスタブ》は槍で突く攻撃の威力が上がる技だった。レベル5で使える《ピアッシングスピア》は《スピアスタブ》より強烈な突きを連続で放つ技だった。最後にレベル8で使える《ソニックジャベリン》はその名の通り槍を投げてくるのかと思ったが、槍を突いた時に発生する衝撃波で遠距離の相手に攻撃する技だった。衝撃波は指向性があるらしく、槍の突いた先にまっすぐ進んでいくみたいだったが、流石に衝撃波は目に見えないし、音速まではいかないだろうが結構な速度があって、避けるのが大変だった。
「そろそろ3時間くらい経ったかな。ちょっと半漁人と戦いながら探そうか。アペルはまた何か聞こえたりしない?」
「今の所、歌声は聞こえてこないです」
「そっか。とりあえずはホワイトゲートの方まで向かってみようか」
次々と現れる半漁人を倒しつつ、ホワイトゲートまで辿り着いたがセイレーンは見つからなかった。引き返して捜索を続け、セイレーンの居た岩場近くまで来た時、アペルがセイレーンの歌声を聞き取った。
「聞こえたです。この距離と方向からすると、多分セイレーンはさっきと同じ場所に居そうです」
そう言いつつアペルが指し示した場所は、先程セイレーンと戦った岩場だった。




