タマの冒険日誌 page 09
時間が過ぎ、ピア砂丘は陽が落ちようとしていた。空の赤さが赤茶色の砂丘を吞み込んでおり、なんだか血の海のように見えてしまう。
喉を絞ったような声がし、気を失ったままの深影さんを見降ろす。そうして額の汗に張りついている銀の前髪を流してあげた。膝枕をずっとしているから脚がしびれていて痛い。とはいえ頭をどかすなんてことはできなかった。彼女はときたま苦悶に眉を寄せるのである。
「深影さん……」
痛みを感じないと言っていたけれど、やっぱり可怪しい。だったらなぜ喉を反らしたりして何度も唸るの。悪夢にうなされているとでもいうのか。
唾をごくりと飲んで私は覚悟を決めた。深影さんの体を確かめてみよう。
「ちょ〜っと失礼しますよ〜。大丈夫、大丈夫、恥ずかしがることはニャいからね〜」
男の子のように見えても実は私も女なのよ。温泉や銭湯で裸の仲になるのと大差ないでしょ。
スレンダーな胸許を暴くべく、鶯色の着物の合わせ目に獣の指先をそっと掛ける。薄い肌襦袢に隠されている両胸のささやかな谷間がちら見えした。おや? ハーフ猫のキャラクターはセクシーが売りではないらしい。さほど胸はないし。おそらくAカップ。ギリギリ勝った、と私は内心ガッツポーズする。
「ではでは失礼して肌襦袢も〜。だって、ねえ? そうしニャいとちゃんと診察できないでしょう?」
私ってば気持ち悪い顔つきになっていないかしら。いたいけな女の子に手を出す危ないオヤジのように。なんか妙な気分になってきてしまう。
それとさっきまで忘れていた猫語が復活していた。せっかく消えたと思っていたのにがっくり。まるでしゃっくりのようだ。緊迫の最中だったから一時的に止まっていただけらしい。
突として私のやましい手は逮捕された。
「何をしてる」
軽蔑混じりの低い声音と同時に冷ややかな眼差しで射抜かれる。ドキン! いけないことがバレて心臓がひやっとした。でもちょっと待って。胸きゅんっぽいのも微かに混ざっていたような。いやいや、ありえない。相手は同性、女の子なのよ。
深影さんはむくりと半身を起こした。睫毛を伏せて乱れた着物の合わせ目を直す。
「まったく。油断も隙もないな。このエロ猫」
「ご、誤解ですニャ! あれは正当な流れであって!」
違う違うと顔の前で両手を振る。しかし言いわけするほど後ろめたくなるのはどうしてなの。
「キャラクターの裸を見たところでなんの意味がある。そもそも——」
言いやめ、眼をまたたかせて私を見る。
「ああ。そういう趣味」
「ニャんの趣味!? ニャにを言いかけたの!?」
「別に?」膝に手を突いて立ち上がり、深影さんは背伸びする。
私も素早く腰を上げて抗議した。
「私に変な趣味ニャんてないですよ! バービー人形のスカートを捲って、ニマニマとパンツを覗き込んだり! お着替えしようね〜って顔をだらしなくにやけさせたりなんて!」
「したんだ。変態」
私はもごっと口籠る。遠い昔にそんなことをした記憶があって反論できなかった。仕方ないじゃない、女の子だって色んなことに興味津々になるお年頃があるのだから。
深影さんの眼つきはさらに冷ややかなものになった。
「そこは言い返してきてほしかったな。パーティ解消していい?」
あーあ。どうも変態男子のレッテルを貼られてしまったみたい。
気を取り直して、
「体の調子はどうですか。ニャ」
「いいみたいだね」
深影さんは体をほぐすように肩を回す。
「受けたダメージの回復には、魔法やアイテムを使う以外に、時間経過でも徐徐に戻っていくんだ。そのへんもゲーム内と同じみたいだね」
「本当にニャんともないんですね……?」
「心配性だな。さっきも言ったろう。これはキャラクター——ただの器。外側だけが傷つくだけだって」
羽織や袴についた土をぽんぽんと払い落とし、
「汚れはするみたいだけど」
「ニャんともないならよかったです」
何度も念を押したのだ。それでも大丈夫だと言うのなら本当に問題なかったのだろう。