タマの冒険日誌 page 05
ハーフの猫さんは、血走った眼つきでいきなり私の両耳をぐわっと掴んだ。
「痛い! ちぎれるニャ!」
「やらかい感触がする。子供の肉声も耳のすぐそばで聞こえる。なぜっ」
続いて整った顔もペタペタ触れる。きっと夢か現実か確認しているのだ。私の耳は雑に握ったくせして、自分の耳はおそるおそる触れているし。
「私が夢から覚ましてあげますよ〜」
おどろおどろしく白い耳に両手を伸ばすと、蚊をはたき落とすようにバシッとされる。
「いらない」
はたかれた丸い手はジンジンした。肉球にふうふうしながら思う。これだけ痛くても眼が覚めないなんて、しつこい夢だ。
「嘘だ。ゲームのキャラクターになってるなんて」
ハーフの猫さんは羽織りをたなびかせて唐突に片膝を突いた。眉間に深い皺を刻んでいる。
「ニャにをしているんですか」
「フィールドでログアウトするときは、いつもこういうリアクションを取る」
それでログアウトできないか試しているということね。私も短い脚を曲げてヨイショとしゃがむ。二人して何度かスクワットのように繰り返す。いっちに、いっちに。
ハーフの猫さんは白い眼で見降ろした。
「君さ……。屈伸運動してんじゃないんだけど。ふざけてるよね」
「いえ、ふざけてニャんていませんよ……。脚が短いからそう見えちゃうだけです」
実はハーフの猫さんのことが初対面から苦手だった。どんな子なのかな、私の中ではこんなイメージである——金髪ギャル。中の子とは絶対にお友達になれないと思った。でもゲーム内に残された同じ状況の子だから社交的に振る舞わなければ。
ハーフの猫さんは腕を組んで考え込む。穏やかな風に長めの前髪がそよぐ。あれれ、なんかウズウズしてきちゃう。激しくじゃれつきたい衝動。
「オプションメニューが出せないんじゃ、特技も使えない」
うーん、と眉を寄せていたハーフの猫さん。何か思いついたのか、急にはっと眼を大きくした。両腕を交差させて、腰許にぶら下がる刃を引き抜く。すると数秒だけ刃が赤いオーラを纏った。
「ニャんですか、いまの」
「一時的に命中率を上げる特技。どうやら念じると出せるようだ」
「へ〜」
ハーフの猫さんは瞑想するように瞼をすっと閉じた。少しして、銀髪の頭上に星マークが浮き出た。このマークは数時間前も見たっけ。ずっと見つめていると、頭にぼんやりとした言葉が響いた。『パーティに入りますか?』私は心の中で『うん』と頷く。
ハーフの猫さんの眼がゆっくりと開いた。
「君とパーティが組めたみたい。不本意だけど」
不本意ってひどい。気持ちが表情に出るのをなんとか押さえる。
「パーティってどこ行くニャ」
「言っとくけど、ひらひらした服着てお城で踊るって意味じゃないから。パーティっていうのは仲間ってことだ」
だからかな。ハーフの猫さんの名前がひらめいたように分かってしまったのは。ずいぶんかっこつけな女の子だけど、わりと夢見たネーム、とこっそりにやける。
ハーフの猫さん、もとい深影さんは暗くなってきた大草原を歩き出した。
「どこへ行くんですか。ニャ」
「君さ。うざいよ、それ」
いきなり何がうざい。ムカっと来たのをなんとか笑い顔で隠し、私はこらえる。もっと好意的に接することができないのかしら、この子。
「えーと、ニャにか気に障ることでも言いましたか」
「だからそれだよ、ニャっての。そりゃ成りきる人もいる。私とか君みたいな猫系キャラを使ってる奴とかね。でもこの状況下では本当にやめて」
吐き捨てられて私は初めて気づいたのだった。語尾にニャがついてしまうことを。
「わざとじゃニャくて——」
ニャが出てしまい、私は口を押さえつけた。深影さんの睨みをきかせた視線が突き刺さる。
「不快ですよね。言わニャいように……うう。ニャンとかして……ひ〜ん」
私は泣きたかった。意識してニャと言わないように気をつけても、バカみたいにニャがついてしまうらしいのだ。
「わざとじゃなくて、勝手についちゃうのか。御愁傷様としか言いようがないな」
匙を投げられたようで深影さんの視線が逸れる。
「もういいよ。とりあえず街へ戻る。ほかに私らみたいのがいないか探そう」
「は〜い」
「絵描きのタマは能天気だね。現実世界に戻れなかったらどうするの」
「ファンタジーな夢ですよねっ。子供のころ憧れてました、こういうのっ。ニャっ」
深影さんは、はぁ、と溜息をついた。私は深影さんの歩幅に合わせて、短足を振り上げるようにして歩く。股がつっぱるが。
「ところで絵描きのタマってニャンですか。何かの漫画?」
「自分でつけた名前も覚えてないって……。先が思いやられる」
性別不詳の猫族タマ。職業、絵描きのレベル5。ドリームライクな世界でじきに奮闘する予定です!