タマの冒険日誌 page 03
「ほぉ〜、ゲームの中もすごいリアル」
私の分身、美人なキャラクターが立っていた場所は賑やかな街だった。でも何をしていいか分からない。
ぼうっと突っ立っていたら、二人の男性キャラクターが近づいてきた。前髪を後ろに流すようなキザな仕草をしてみせる。どうやらキャラクターは色んなポーズを出せるらしい。
ディスプレイ左下にある半透明のウィンドウが上方に伸びていく。会話が流れ出したのだ。
『新規の子? 俺たちとチャットしない?』
『中身女の子だよね? どこに住んでんの?』
私は軽蔑の眼差しで美形のキャラクターを見据えた。美形なのに汚らしく見える不思議だ。
「出会いは求めていません」
私は黙ってログアウト——、したいけどやり方が分からないので仕方なく強制終了させた。女キャラクターはダメだ。仮想と現実をごっちゃにしてる可怪しな男を釣ってしまう。
いましがた作ったキャラクターを削除し、キャラクター作成画面で新しい分身を作った。性別不詳、二足歩行の猫族をチョイスした。灰色の毛並みにしたから男の子っぽく見える。化け猫並みというか妙にリアルなので、夜中の道で遭遇したら悲鳴を上げてしまうかも。
再びログイン。さきほどの男キャラクターを見かけたけれど、今度は話しかけられることはなかった。
街の中ではたくさんのキャラクターが走り回っていた。自分に関係のない会話も流れてくる。これが全部、中に人がいるのだとしたら、このゲームはたいへん人気があるということなのだろう。
ずんぐりむっくりした体型の私は、街の中をほたほたと彷徨う。オープニングを飛ばしてしまったし、チュートリアルも『いいえ』を選択してしまったから何をしたらいいか分からない。
うろうろしていたら、教会っぽい建家の前でたくさんのキャラクターが集まっているところに遭遇した。キャラクターの頭上に表示されている名前が重なりあってしまって判読できないくらい、銭湯の芋洗いのようになっている。
「なんで集まってるんだろう」
キャラクターたちをぐいぐいとすり抜け、混みごみした中心に向かった。そこにはごつい鎧を着たキャラクターがいて、頭の上に緑の星マークが出ていた。その星マークになんとなくカーソルを合わせてみたら、選択画面が出た。『パーティに入りますか?』と。
「パーティー? お城で舞踏会でもあるのかしら」
目的も何もかも分からないのだけれど、とりあえず『はい』を選んだ。するとディスプレイの左側に、いきなりずらずらっとたくさんの名前が表示された。同時にチャットウィンドウも青文字の会話で満たされていく。会話がどんどん流れていくので眼で追えない。
「なにこれ、なにこれ」
ちょっとワクワクしてきた。見て取れた会話によると、そろそろ出発するらしく、魔法でどこかへ飛ぶと言っている。
partyという枠が左側上に横並びで三つあり、名前が五人ずつ表示されていた。一番左の枠はあと一人入れそうだけれど——と、そのとき。
『君は誰?』
とチャットウィンドウに紫の文字が現れ、左枠に一人増えて五人になった。次の瞬間、ディスプレイが眩い光で包まれた。私は勘で、ワープだ、と思った。
数秒の暗転。そして私が立っている場所は好天の大草原に変わっていた。
草原に来た途端、みんなは武器を構えて走り出す。何がなんだかさっぱりだけれど、私も続く。
みんなは小さいエリンギみたいな口裂けの化け物を寄ってたかって斬りつけていた。たぶんこの子は敵なのだ、ボコボコにされてかわいそうだけれど。でもみんなが叩いているのにまだ生きているということは、このエリンギちゃんはとても強いのだろう。
エリンギちゃんにカーソルを合わせると、『戦いますか?』と選択画面が出たので『はい』を選ぶ。猫の私は背中に背負っていた大きな筆を手に取り、くるくると威勢よく回してみせた。両手で重そうに構えて、エリンギちゃんを殴る殴る。全然当たっていないが。
『聞いてる?』
また紫の文字がポンっと出た。なんだろう、これは。みんなは青い文字で顔文字などを使い、わいわいと会話をしている。私も楽しくなってきているので、会話に参加したかった。けれど十一インチのディスプレイには上下左右に小窓がいっぱい出ていて何が何やら。猫に戦闘をさせるだけで手一杯だった。
エリンギちゃんを倒し、マイタケちゃんを倒し、しいたけちゃんを倒す。彼らを倒すとアイテムを落としていく。そのアイテムにみんなは群がるのだけれど、
「……なんか、ギスギスしてる?」
流れるチャットが不穏なものになる。やれ自分がとどめを刺したからアイテムをもらう権利は自分にある。やれリーダーは自分だからアイテムは俺のものだ。やれお前はさっきもアイテムを拾っただろう、だから譲れ。中には『まあまあ』と苦い顔文字つきでなだめる者もいるが。
しかも仲間割れまで発展している。恐ろしいことにプレイヤー同士で攻撃しあうこともできるらしい。
「絆がキャッチフレーズなのに、これじゃ世界は救えないね」