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タマの冒険日誌 page 02

 一人で映画を観て、一人でやけ食いして、家に帰ってきたときにはどっぷりと暗くなっていた。秋の終わりにもなると五時には真っ暗になってしまう。

 私は一枚のメモ用紙を手にしてノートパソコンの前にいる。

「ついつい持って帰ってきてしまった」


 おじいちゃんの病室をあとにするとき、院内の通路で肩をぽんぽんされた。振り向くと、腰を曲げたおばあさんがメモ用紙を私に差し出してきたのだ。「お嬢ちゃん、落としたよ」と。自分の落とし物ではなかったのだが、映画の上映時間が迫っていたので、おざなりにお礼を言って持って帰ってきてしまったのだった。

 メモ用紙にはURLと十六桁の英数字が書いてある。大事なものには見えないから、日曜の朝一で病院へ持っていけばいいかしら。と思いつつもどこのURLなのか若干興味があって、ノートパソコンの前で数分時間が過ぎていた。


「姉貴。辞書貸してくんない?」

 大学生の弟が私の部屋に入ってきた。

「いいよ。本棚から勝手に持っていって」

「サンキュー。ん?」

 ノートパソコンの前で座っている私のそばにしゃがむ。

「PCの前で悩んだ顔しちゃって、どうしたの? なんか分かんないなら教えようか」


「あー、そういうんじゃないの」

 と笑いかけたのに、弟は私の手からメモ用紙を取った。

「ここにアクセスしたいの?」

「いや、違うよ」

「こんなの楽勝だよ。貸してみ」

 弟は言って、ノートパソコンの向きを自分のほうに傾ける。


「だから違うって〜。それ私のじゃないから、変なとこにアクセスしてウィルスもらったらヤダ〜」

 ノートパソコンを取り返す前に、弟がエンターキーをパシンと打った。ちょっとちょっと丁寧に扱ってください。それ買ったばかりなんです。

「オンラインゲームの公式サイトじゃん。姉貴ってこういうのに興味あったんだ」

「え? オンラインゲームってあれ? 色んな人と一緒にゲームできるっていう」


 そうそう、と頷いて弟はメモ用紙に眼を落とす。

「この数字って招待コードっぽいな。誰かに一緒にやろうって誘われたの? 彼氏とか?」

「だから違うって。それは今日おじいちゃんのお見舞いに行ってきたときに、病院の廊下で拾ったの。っていうか、あんたもお見舞いに行ってきなさいよ。おじいちゃん、心細いんだからね。——って!」

 私はノートパソコンを自分のほうに向けた。

「なに勝手にダウンロードしてるの!?」


「だってやるんだろ、いまから」

「違うよ! ねぇ、人の話を聞いてる!?」

 私の視界に弟の後頭部が割り込む。

「おっ。ダウンロード終わった。さすが最新機種は早いね。お次はインストール、インストール!」

「ちょっとやめてよ! 人のパソコンに勝手に変なソフトを入れないでって!」

「変なソフトじゃないよ。結構有名なオンラインゲームだよ、これ」

「有名でも有名じゃなくても! 私のパソコンにはいらないんだから!」

「インストールも速攻で終わっちゃった。俺も買い替えようかな、最新に」


 も〜。私はお手上げでクッションの上に横倒れた。キーボードを叩く音がカチャカチャと聞こえる。何やらBGMも。

「やっぱり招待コードだった。こういうゲームってさ、混雑しないようにいくつもサーバーがあるんだけど、招待コードがあれば友達と同じサーバーで遊べるようになるんだって」

「へ〜」

「初月無料になる特典付きだってさ」

「タダより高いものはないっていうよね」

「姉貴の名前でユーザー登録しておいたから」

「知らないお店からダイレクトメールとか、保険勧誘の電話が来るようになったら、あんたのせいだから」

「ログイン画面まで進めといたよ。こっからは姉貴がやってね」


 私はがばっと起き上がった。

「あんたがやりたかったんじゃないの!?」

 弟は疑問系の顔で立ち上がった。

「俺? 俺は勉強があるもん」

 すべては私のためだったというのか。余計なお節介君め。そうして弟は辞書を持って私の部屋から出ていった。


 私はノートパソコンのディスプレイに眼を薄める。スピーカーからズンチャカズンチャカと冒険心を掻き立てるBGMが鳴り響いていた。

「絆が世界を救う。ドリームライク・ワールド・オンライン……」

 右下にスタート、新規キャラクター作成、ホーム画面へ戻る、という項目がある。スタートは薄いグレー色になっているので選択できないみたいだ。

 ちょっとだけやってみるかな、明日も休みだし。私は新規キャラクター選択にカーソルを合わせた。


「ほぉ〜、すごい、結構リアル」

 ディスプレイの中で動くキャラクター候補を見て私は感心してしまった。ゲームなど一切やらない、アニメも見ない、そんな私のゲームキャラクターのイメージは昭和止まりのドット絵である——平成生まれでありながら。

「これが3D。すっごいなめらか〜」


 数種類の種族を中華店の回転テーブルで回すごとくファッションショーをさせ、その美麗さに私は釘づけになった。人間っぽいのや、エルフっぽいのや、動物っぽいのまである。戦闘においてそれぞれ得意不得意があるようだけれど、どれにしようか。

「これにしてみようかな」

 選んだのは美人な人間キャラクター。そして早速ログインしてみた。寝る時間があるので長そうなオープニングムービーは省略。

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