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タマの冒険日誌 page 10

 深影さんは言う。

「日が暮れてしまったが港町を目指そう。ここじゃ飯にありつけない」

「民宿があったら泊まりたいですね。港町っていうくらいだから海のすぐそばニャんでしょう? 産地直送のお刺身とか出してくれたりして」

 むふふ。思わず緩む口許を手で隠す。頭の中を支配していたのは船に並べられている油ののったブリやサーモン。たちまちお腹が減ってくる。


「宿屋はあったと思うけど。そもそも飯を出してくれる仕様なのかどうか。体力回復しか用途がなかったと思う」

 辺りを警戒しながら歩いている深影さん。ちろりと流してきた瞳には呆れの色が滲む。

「それにしてもタマの思考回路がうらやましいよ、まったく。どうしたらそんなふうな冒険気分でいられるんだか」

「初めてやるゲームだから新鮮ニャのかも。深影さんは慣れちゃってるからワクワクしないんですよ、きっと」

「……それ違うと思う」


 道中、深影さんは何度も『腕ぐい』してきた。ピア砂丘のモンスターは深影さんが一対一で戦うにはいい勝負になる敵がうじゃうじゃいるのだという。しかもそのモンスターたちは大草原のキノコちゃんたちとは違って襲ってくるらしいのだ。レベル70くらいのプレイヤーが、五人パーティで経験値を得るのに使われる場所だとも言っていた。ちなみに経験値というのはレベルを上げるために必要とのこと。


 ようするにレベル5の私にとっては相も変わらず脅威のエリアということでもある。そういうことでモンスターを避けながら歩いているから、深影さんは何度も腕ぐいしてくるのだ。素敵な男性にされたらときめいてしまう行為も、転びそうになるほど引っ張られると文句の一つも言いたくなるが、ぐっと吞み込む。


「レベル上げに丁度いい場所って言ってましたけど、だーれもいませんね。ニャ」

「本来なら昼夜問わず混雑するエリアではある。現実の世界がいま何時なのか知らないけどね」

 私は宿命に浸る。

「この世界を救うべく召喚された猫二匹。命運を背負った彼らの冒険が、いま始まる。…………ニャ」

「はい?」

「ニャ〜んて」頭をポリポリ掻いて笑ってみせた。

 深影さんの表情筋はぴくりとも動かない。「一人で頑張って」


 いたるところに散らばっている、闇夜に光る不穏な赤い二つの点。たぶんモンスターの目玉であり、それらとの接触を避けながら進んで、しばらくしたころだった。まだ距離はあるが、前方に柔らかい明かりが密集している箇所を確認できた。遠くを見るため手で双眼鏡を作る。

「ニャニャっ。あそこに見えるのは、もしかしたらもしかするとオウルの港町ですねっ」

 ああ、これでようやく一息できる。か弱い子ウサギを狙う悪悪とした眼光とおさらばできる。——と油断すると碌なことが起きないのね。


「真横に子鬼だっ」

 やにわに手首を引かれて、深影さんの背後に位置される。ん? この『手首くい』はさっきまでのと違ってときめいたかも。

 深影さん越しに小鬼は棍棒を振りかざしていた。彼女の反応が俊敏でなかったなら私は殴られていただろう。


「タマは下がって。私が片づける」

 深影さんは二本の日本刀を鞘から素早く抜いた。たんこぶがいっぱいついた禍々しい棍棒を受け止める。

「一人で大丈夫なんですかっ? 私も助太刀をっ」

「君に何ができるの」

 そうだけど。深影さんの影で私はおろおろするばかり。一応胸の前で大きな筆を構えてはいる。

 というかこの鹿の尻尾のような毛先の筆、武器というには重いだけでひどく頼りない。小鬼と抗戦している深影さんは、ただ斬りつけているだけではないみたい。たまに日本刀が月のように輝きを放ったりする。おそらく『特技』を使っているのだと思う。


 私は暢気にも首を捻る。いったい絵描きというのは戦闘でどういう戦い方をする職業なのだろうか、と。勇ましく戦っている深影さんは本当に格好よく見える。刺激されてしまい、自分も参加したいという芽がにょきにょきと出てきてしまう。

 私と背比べできそうな無駄に大きい筆を、ちょっと気合いを入れて構え直してみた。——小鬼なんて猫様がやっつけてやるんだから。と睨んだとき、ふと視界に半透明のウィンドウが出現した。その中にはたった一つ、『キノコ類』という項目があり、それを意識して選択したら別ウィンドウが開いた。『ツタ払い』『頭突き』という今度は二つの項目が選択できるみたいだった。

 これは絵描き特有の技かもしれない。なんだ、猫だけど応戦できそうじゃない。私は『頭突き』を実行した。すると——


「わわわ!」

 筆が勝手に動き出したのだ。空中をキャンバス代わりに、どこからともなく墨を染み込ませた筆先で描き始める。

「待って待って!」

 あっちやこっちに私は筆に踊らされた。そうして真ん前で描き上がったのは、へなへなの曲線のエリンギちゃんだった。潮風にふよふよ流される。

「何これ……。幼稚園児よりひどい画力ニャんだけど。私ならもうちょっとマシに描けると思うんだけどな」


 生まれたばかりなのにエリンギちゃんは地面にばしゃんと流れ落ちた。どうやら失敗作らしい。となれば二つ目の『ツタ払い』を選ぶのみ。

 再び筆に全身を好き勝手に振り回され、そして描き上げたものは上出来のマイタケちゃんだった。今度は墨が流れ落ちたりしない。これは戦ってくれそう。私は子鬼をびしっと指差し、マイタケちゃんに命令する。


「行っけぇ、マイタケちゃん! ツタ払い!」

「ツタ払いだって?」

 面食らったような裏声で言い、深影さんはこちらに反応した。忌まわしそうに片眼を細める。

「その特技は駄目だ! 下がらせろ!」

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