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タマの冒険日誌 page 01

 社内の通路で残酷なことを言い渡された。

「あのさ〜。よく告白できるね。君のこと全っ然知らないんだけど」

「え。でも社内食堂とかで一緒になったことも……」

「すれ違ったことぐらいはあるか。けど話したこともないじゃん。それで告白って」

 ハッと笑い、

「そういうのって怖いよ、気持ち悪いよ。ストーカーっていうんだよ」

 営業の高橋君は全然悪びれたふうもなく言い放った。

 私は地味にショックを受けていた。そんな言いようってないよね。高橋君って性格が歪んでないですか。


「そもそも——」

 高橋君は私の隣にいる総務の真理を引き寄せる。

「こいつとつき合ってんだよね。どっちみちあんたの思いには答えられないってこと」

 と真理の肩に腕を回した。行こ、と言って戸惑いがちの真理を連れて歩いていってしまう。

 私は途方に暮れた。親友である真理は私を何度も見返る。どうしたら、どうしたら、というふうに眉を寄せているけれど、それは演技で、内心小悪魔のように笑っているように見えた。


 入社一年目で企画部の私、こと加藤晶(かとうあきら)(22)はたったいまフラれました。

 つき合っている人がいるのならフラれるのは当然。真理と高橋君が恋人同士だったなんて知らなかったけれど、ショックでもない。だって私は高橋君に本気になれなかったから。生半可な思いに返ってきた返事としては妥当だろう。罰が下ったんだと思えば。

 入社して仲良くなった同僚たちが、誰を好きになった、と楽しそうに恋バナをしているから、私は焦って好きな人を無理やり作った。真面目に過ごした学生生活から四年、いい加減キラキラな恋をしたかったし。好き好き言っているうちに本当の恋に変わればいいと思っていた。


 そして昨日、真理から突然メールをもらった。『明日、高橋君に告白しちゃいなよ。私が隣にいてあげるから』という一文を。

 告白しなきゃいけないのかな、という脅迫感があり、中途半端な気持ちで流れるままにさきほど告白してしまったのだった。


 そう。真理は私を告白させた。高橋君にフラれると分かっていたくせに。その裏切りの行為が私を深く傷つけた。であるから彼女との友情もこれまでになってしまった。

 その夜、私はベッドの上でスマートフォンを操作した。LINEアプリを開いて仲良くしている同僚グループに送信——

『高橋君にフラれちゃいました。シクシク……。みんな慰めて〜』

 すると次々にメッセージが来て同僚たちの画像の横に吹き出しが現れる。


『男は高橋だけじゃないよ! だから落ち込むな!』

『かわいそうに〜、晶の可愛さが分からないなんて見る目ないよ』

『飲も! 明日飲も!』

「みんな〜……。持つべきものは友達だね」


 スマートフォンを両手で持ち、お守り然にありがたい気持ちでディスプレイを見つめた。ブサカワな飼い猫、とっておきの自撮り、カエルの絵にしているみんなの画像がブレて見える。私の両眼がうるうるしているからである。

 ところが次の瞬間、両眼に浮く涙の雫は落ちることなくひからびた。


『うける〜(笑)。営業ナンバーワンの高橋君が晶を相手にするわけないじゃんね』

『憧れだけならいいけど、マジで告白しちゃうとかw』

『てゆーか真理とつき合ってるんでしょ?』

「……」私は眼が点になった。さっきまでみんなして慰めてくれていたのに、この変わり身の早さは呆気。

 みんなはすぐに気づいた。ブサカワな猫の吹き出しが慌てる。

『ごめん! いまのジョーダンだよ!』


 それから私のLINEグループはしんとなった。私がいないグループでトークし始めたのだろう。

 こんなものだよね、友達なんて。私は別段気にせずに、スマートフォンを充電器に繋いだ。部屋の電気を消して冷たいベッドに潜り込む。

 友情に縋って甘えたことをかなり後悔した。面白いエサをばらまくだけだと、どこかで分かっていたくせに。けれど一番こたえていたのは親友の真理を失ったことだった。

「……信じてたのにな」


 ※ ※ ※


 翌日は土曜日だった。会社が休みでハッピーな日である。

 私は大学病院にいた。肺炎で入院しているおじいちゃんのお見舞いに来ていた。病室は四人部屋で、おじいちゃんのベッドは窓際だった。

 ベッド横の丸椅子に腰掛け、私はミカンの皮を剥く。酸っぱさと甘さの混ざった香りが飛び散る。


「調子はどう?」

「なかなかだ。再来週には退院できると、いっぱしの医者面した若造が言ってたぞい」

「そんな言い方しちゃダメだよ。主治医さんなんだから」

 剥き終えたミカンをおじいちゃんにあげて、自分の分を剥き始めたときだった。苛々した様子の人が車椅子でするすると入ってきた。おじいちゃんの足許で止まる。


「君、その人の親族?」

「はい」

「向かいの者だけど」

 爽やかな声音の男の人は、自分のベッドを顎で示した。私よりも幾つか年上かしら。パジャマの上に青いフリースのジャケットを着ていた。

 私は立ち上がって頭を下げる。

「初めまして。孫の高橋晶です。同じ病室でおじいちゃんがお世話になってます」

「世話なんかしてない。とにかく、他人に余計な説教するなって、おじいさんに注意してくれる?」


 説教? またおじいちゃんが年寄り風を吹かせたのだろうか。腰を曲げたまま、私は顔だけをそろりと上げた。

「……何か失礼があったでしょうか」

「おおありだ。人のリハビリに口を挟んでくる」

 言いながら彼は左腿をさすった。

 そうなの? とおじいちゃんに上目する。


「ギプスが取れたのに熱心にリハビリせんからだろう。看護師も邪険に扱いおって」

「そんなの僕の勝手じゃないですか、リハビリを真剣にやろうがやるまいが」

「リハビリをなめちゃいかん。歩けなくなるぞ」

「いいんですよ、もう。歩けなくたって別に」


 彼は自分のベッド脇に入っていき、床頭台に置かれている文庫本を手に取る。なんだか自暴自棄になっているように見えた。元気づけてあげられないだろうか。病室を再び出ていこうとする彼に私は言った。


「人生を諦めないでください! 私なんて、たいして好きでもない人にフラちゃったし、その人が自分の親友とつき合ってたなんて知らなかったし、それで……親友をなくしちゃったけど」

 語尾が小さくなっていく。私は気概を入れ直して、両手の握り拳を胸の前で挙げる。

「それでも明後日になったら頑張って出勤するんです! 不幸なのは自分だけじゃないって思えると、頑張れる気がしてきませんか!?」


「別に?」

 冷淡に言われ、私の顎はがちょんと外れた。

「というか、お気の毒様。まあ、君がフラれたのも分かる気がするよ」

 キューピッドの矢ではなく彼は鉄の矢を撃ってきた。私は背を丸めてダメージを負った胸を押さえる。

 フラれたのも分かる気がする? 何それ、ひどい。相手は入院中のひとだけれどムカムカしてきた。ちょっと美形だからって何を言っても許されるものと思っているのか。


 地団駄のごとく私は喚いた。

「初めて会ったあなたに、私の何が分かるって言うのよ!」

 つんつん、とおじいちゃんに背中を突かれる。

「奴はもうおらんぞ?」

「……残像に文句を言ったの」

 私は丸椅子にどすんと腰を降ろした。

「同室の人にあんなつんけんした人がいるなんて。おじいちゃんも災難ね。あんまり関わらないほうがいいよ。説教をしたいの、それこそ分かる気がするけど」


「いんや。以前はあんな尖ってなかったんだ。システムエンジニアだって言ってたかの。一昨日にギプスが取れる前までは、早く歩けるようになりたいからリハビリが楽しみなんです、ってオラの助言を熱心に聞いてたもんさ。ほれ、一昨年の春に骨折したろ」

 おじいちゃんは自分を指差した。そして首をかしげる。

「夜中にカーテン越しになんやカチャカチャしてる音を注意したときも、人当たりよく謝ってきたしな。だのにまたカチャカチャ鳴るようになって。今度は注意しても聞かん。何かあったのかね?」


「とにかくもう関わっちゃダメ。他人の心配じゃなくて自分の心配をしてよ。気苦労で肺炎をぶり返しちゃったらどうするの」

 私はミカンを口に放り投げた。

「そうだな。そんじゃ可愛い孫の心配をしてやるか。どれ。男にフラれたんだって?」

 私はひどく咳き込んだ。口の中で噛み潰したミカンの汁が気管に入ったからだった。

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