飛んで火に入る夏の無知
お三方の生誕をお祝いして。
って、あーあ、あの二人の邪魔しちゃダメでしょう…
そう言えば、彼女とは違うらしいですが、まぁ…あくまでも私の認識ですので…
夜の芝生は朝露に濡れていなくて気持ちいい。日中の様な火照る日射しもなく、わずかに月明かりに照らされるだけ。伸び放題の雑草を含めほぼ全ての植物が眠りについている。静かすぎないのは、そんな植物達の寝息が微かに聞こえるからだ。夜風も心地よい。
ふと、後ろから草を踏む音が聞こえてきた。
振り返るとそこには、小さくあくびを漏らした千絋がいた。
「……なんだ、眠くないのか」
「じ、時紅こそ……寝ないのか」
静かに横に座ると、わずかに肘が触れた。
「今日は久しぶりに晴れたからな、星空でも眺めようかと思って」
しばらく空を二人で眺めたあと、千絋の顔をそっと覗きこんだ。
「……そういや、明日は……」
そう言いかけた時。
「お邪魔して悪いけれど、君は確か、時紅君ですね?」
ガサッと音を立てて、森から人間が出てきた。
「……誰だ、てめぇ」
千絋の肩を寄せて守りつつ、警戒の睨みを向けた。見たところ、少女と言ったところか、……しかしどう見ても非力そうだ。異能者には見えないが……。頭には茸が生えていて、右足は草の蔓が絡まっている、なんだかヘンテコな格好をしていた。
「ボスに無理言って、千絋達に会いにきたんです。まぁ、クロトさんにはこんな風に、念のためだと足枷を付けられてしまったけれど。」
少女の足を見ると、物騒な鉄製の足枷が付いていた。確かあれは、俺が数日前に拾った足枷にスイッチひとつで毒針が心臓を貫くよう改造したものだ。やはりクロは用心深い。
「下手な事をしたら一瞬で殺されるぞ……早く帰れ」
「わかってますよ。この小包を渡しにきただけですから。」
そう言って少女は一歩前に出た。が、それ以上は近づいてこようとはしなかった。そして芝生に小包を置く。
爆弾……には見えない。
「……なんだそれ」
「お誕生日おめでとうございます。お二人分のプレゼント、入ってますから、後で開けて下さい」
少女はにこりと笑った。
「どうして、見ず知らずの奴から、誕生日の頂き物を貰う?」
千絋はいつものトーンで喋りだした。俺がいるからと安心したのか、疑いの色は浮かべていない。
「話せば長くなります。では……失礼しました。」
それだけ呟いて、少女は去っていった。
「……なんだったんだ」
千絋は小包に手を伸ばし、中身を透かすように見た。
「……これ、キーホルダーだ。」
包んでいた布をほどき包装紙を破ると、俺と千絋のイニシャルが刻まれた琥珀石のキーホルダーが出てきた。
「……誕生日、おめでとう。」
翌朝、クロは大きな花束を2つ抱えてきた。
青い花をメインとした花束は俺に、黄色をメインとした花束は千絋に渡し、千絋は表情にこそ出さなかったがとても喜んでいる様子だった。
「そういや、昨日のアレ……何?」
「ん?知らない。ただすっごく弱そうだったから、「いざとなったら握り潰す」程度で大丈夫かなって思って。」
「……ふぅん。あとさ、姉貴、これ……」
千絋は紫色の小包をクロに渡す。
「とある方に渡したいんだけど、彼女っぽい人と歩いているから渡せないから、姉貴に頼んで渡してほしいんだと。」
無茶苦茶だなぁ……とクロは呟いた。
「で?それの中身は?」
「百合のブーケ……」
クロはため息をすると、その小包を手に取り、走り書きのメモ用紙を挟んだ。
『とある阿呆からの差し入れ ボクからのプレゼントも後々送ります。』
そして小包を次元の外へと放り投げた。
「これで、届くはずだけど」
「乱雑だな、仮にも誕生日プレゼントだろう」
「届けてあげただけ良いでしょ。それに、向こうに落ちるときはソフトに落ちるから大丈夫」
クロが喋り終わるのとほぼ同時くらいに、ドアがノックされた。
「お兄、トランが準備できたって」
「あー、うん、今行く」
淋がドアの向こうから顔を出すと、中華料理の良い香りが入ってきた。
「ほら、二人とも、早く行くよ」
クロがこちらを向いて呼ぶ。
千絋の手を引くと、照れくさそうにうつ向いていた。
「時紅君、千絋、それから……ボス。
お誕生日おめでとうございます。」
ちなみに百合のブーケは、あとから送られたクロトからのプレゼント、「分厚い魔術書」の下敷きになったそうな。
百合の花言葉は「真実」。
別に花言葉に意味を持たせた訳ではないですが。