倍返しは突然に
「時紅の馬鹿‼なんてことするっ‼」
千絋が顔を真っ赤にして叫ぶも、時紅はぎょっとして固まっていた。
「わ、悪い、何も思い当たる事が無いが……?」
「本当にひどいな‼時紅なんて……‼」
「時紅なんて……大嫌いだ……っ‼」
さすがの寝無も驚きを隠せないらしく、おどおどしながら朝食を口に運んでいた。
千絋はハーブティーをいっきに飲みほすと、時紅の顔を見ずに部屋へと戻っていった。
バタン!と強くドアを閉める音が耳に突き刺さる。
今日の朝食は何とも言えない脱力系の空気が流れていた。
「じ、時紅……一体何をしたのさ?」
クロトがそぅっと聞く。
「わ、わからん……何も思い当たる事が……」
「君の事だから度の過ぎたプレゼントでもしたんでしょ」
澪はすかさず寝無に制裁を与える。
フォークは人を刺す道具じゃないよ、澪。クロトはそう呟きながら苦笑した。
「とにかく、このままじゃ一大事っすよ」
唇をきつく結んでいた時紅が問う。
「な、何をすれば、千絋は帰ってくる……?」
寝無は頭に刺さっていたフォークを静かに抜きつつ、「彼女の好きなものをプレゼントすれば?」と言った。
「いや、この場合千絋が欲しいのは時紅の言葉だと思う」
クロトが時紅を見つめて言う。
「時紅。君が本当に何も思い当たらないのならば、直接彼女に聞けば良い。誤解があったならば、きちんと反論すれば良い。過ちを犯していたならば、謝れば良い。下手に洒落たことをするよりも、彼女はきっと、君と話し合うことを望んでいるよ」
時紅は迷わず立ち上がった。
「……千絋に会ってくる」
顔を両手で叩く。
そのままドアの向こうに吸い込まれていった。
少しして、千絋の部屋のドアが叩かれる。
「姉貴か?……どうぞ」
入ってきたのが時紅だったため、また顔をそらす千絋。
「何か、用か」
「ああ。すまなかった。」
時紅は頭を下げる。
「すまなかったって、何が。」
「……正直、俺にはわからん。だが、もし千絋を傷つけてしまっていたなら、謝らなければいけないはずだった」
申し訳なさそうに頭を掻く。
「……時紅。」
時紅は頭を下げたままだ。
「時紅。あのさ。顔を上げて。」
おそるおそる千絋の顔を覗くと……
「どんどんぱふぱふーっ、だよ、時紅」
大きなプラカードを両手で握りしめる千絋の姿が。
「……は?」
時紅はプラカードを眺める。赤いマーカーペンで描かれた「ドッキリ大成功!」の文字が眩しく光っていた。
「ごめんな、時紅。姉貴の企みだ」
「なんなんだよ……はぁ…………」
イタズラっぽく笑う千絋につられて、照れくさそうに微笑する。
後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。
「時紅のこんな頼りない姿初めて見た」
「心臓に悪い……。」
千絋は満足そうな笑みを浮かべた。
「この前は酷い目にあったからな……」
翌朝、時紅は大きなクラッカー(ランチャー型)を装備していた。
「クロに一発仕返ししないと気がすまん」
この角を曲がろうとした瞬間を狙うのだそうだ。
クロトを怒らせると後が怖いぞ、時紅。
そんな千絋の忠告も耳にせず、二人でクロトが向かって来るのを静かに待った。
「……姉貴来たぞ」
その時は意外とすぐに来た。メモ用紙を見つめながら歩いているクロト。……案外成功するかもしれない。時紅は巨大クラッカーを両手にスタンバイする。
「今だっ‼‼」
クラッカーを思いきり発射させた。
「うへぁあぁぁぁっ‼‼?!」
見事にクロトの顔前で、バァンという尋常じゃない轟音と共に紙吹雪は散らばり、彼女は大きな声を上げた。
「どうだ、見たか」
優越感に浸りながらクロトの顔を覗きこむと、……クロトは驚きのあまり気絶していた。
お手製の巨大クラッカーだけあって、異能者の脳でも充分に響く驚異的破壊力を備えていた。そんなものをいきなり突きつけられて、倒れない者などいない。
「わ、悪い‼‼こんなつもりじゃ……」
「姉貴……っ」
千絋は時紅に、部屋へと運ぶよう促した。
「運んだは良いけど……どうしようか、オチを伝えなければ」
ベッドでうなだれたまま動かないクロト。
「と、とりあえず……これならどうだ?」
千絋はクロトの両手に強引にプラカードを握らせた。
「これで……な?どうだ?」
「い、良い考えだと思うぞ。」
そそくさとクロトの部屋を後にする二人。
クロトに怒られる事は、間違いなさそうだ。そう、時紅と千絋は確信した。
「なんだこれ、アル」
その頃トランは大きなランチャー型のクラッカーに興味を示していた。
さすが時紅、一発使えばゴミな使い捨てクラッカーではなく、何回か使える仕様らしい。
「……ま、こういうよく分からない物は、時紅に聞くのが一番アル」
スイッチを押したのに気づかず、クラッカーの口を覗きこむトラン。
……次の瞬間、爆音に負けないくらい大きな悲鳴が上がったことは、言うまでもない。
例の短編を見てから、千絋にハマりだしたのが、この話を書いたきっかけです。
時紅は千絋の事となるとキャラが不安定になって可愛い。