淋と檜。
外は大雨が降っていた。
まだ春に入ったばかりなためか、部屋の中は昨日より肌寒く感じた(正確には天気予報がそう言っただけで、自分等はさほど寒さを感じないのだが)。
しかしものすごい量の雨だ。異常気象とはこの事だろう。こんなにたくさんの雨が降ってしまっては、東京は海底都市となってしまいそうだ。
こんな調子では、来客も無いか……と思っていた矢先。
「はにゃー、咲はどこにゃ?」
どこからか間抜けた声を出しながら、ずぶ濡れの状態で檜お姉ちゃんが出て来た。
「咲なら、お兄と一緒に勉強中だよ、です……」
「そうかに……ん?しまった、びしょびしょだに……」
今気付いたのか、というツッコミは、あえて言わないことにした。
「なら、咲が終わるまで待ってるにゃ」
ホットココアをちびちびとすすりながら、部屋の端に干したトレーナーを眺めている。
もしかして、ココアは嫌いだったかな……?
別のものを出せば良かったかな、と少し悩んでいると、
「咲ー咲ー、咲きますにゃ~、フフ~ン」
不思議な歌を歌い始めた。
「本当に仲が良いんだね」
「はにゃ?」
うーん、と頭を掻く。
「そうかもしれないに。」
そうかもしれない、って……。
「面白い奴だにー」
そう言って、にかぁっと笑った。
「……。」
無言の時間は、すぐに来てしまった。
考えてみれば、お兄と咲の勉強会は朝から晩までやる事もあり、しばらくは終わる事のない待機時間なのだ。
あと数時間も二人だけで会話を続けるなんて、出来る訳がない。
ここは無難な言葉でなんとか会話を繋げるしかない、か。
外は相変わらず大雨が窓を叩きつけていた。
「……ねぇ、咲のどこが好きなの?」
「はにゃ!?いきなり何を聴くにゃ!」
顔を赤らめて、カップを机にダンと押し付けた。
「いや、いや、答えにくければ、いいんだよ、ね」
びっくりして、言葉がしどろもどろになる。
駄目だ、今絶対に涙目になってる……。
「な、なんでそんな顔するんだに、な、な……!」
おろおろと立ち上がる。
しかし彼女から返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「そ、そういう淋は、咲の事どう思うんだに?」
「へ……?」
咲の事?……考えもしなかった。彼女の事をどう思っているかなんて。
そもそも会話だってそんなにしないのに。そんな事を聞かれても、返答のしようがない。
「……優しい人、かな?」
「優しい人?……何かしてくれたエピソードでも、あるのかにゃ?」
「いや、ただ、なんとなく……。」
「……。」
気まずい。
早くお兄達、帰ってこないかな。
半分以上ココアが残っていたカップに、ココアを注ぎ足す。
「……でも、良かったにゃ。敵が少なくて。」
「……え?」
檜お姉ちゃんが何かを呟いたが、なんでもないにゃ、と言いながらかぶりをふったので、気にしないことにした。
…少しすると、ドアの開く音がした。
「咲かにゃ?咲かにゃ?」
しかし、部屋に入ってきたのは澪姉だった。
「……違ったにゃ」
「え、何っスか?お取り込み中……アタシじゃ、何か駄目だったんすかっ??」
戸惑う澪姉は、そそくさと部屋を出ようとした。
やめて、これ以上この子と二人きりにしないで……!
私は必死にそれを止める。
「誤解だよ、澪姉!ここにいてよ……!」
「えぇ!?淋?」
ドアの前でもめていると……
「休憩しにきたぜ~い」
突然咲が部屋に滑り込んできた。
「……え?」
「うぉっ!?」
案の定、咲は澪姉にぶつかり、抱きつく形となる。
「……だ、大丈夫っすか?」
「お、おう……」
それを遠目で見ていた檜お姉ちゃんはいきなり大声をあげた。
「にゃ~~‼お、お前っ、咲から離れるにゃ‼」
「えぇっ!?な、何すか!?」
「咲は渡さないのにゃ‼敵は味方の内に有ーり‼」
「おい、落ち着けって!」
ぎゃいぎゃいと騒がしくなる。
「淋!見てないで参加するにゃ!澪を取られてもいいのかに!」
「え、えぇ……?あんまり騒がしくすると、お兄に怒られるよ……」
というか、なんで「澪が取られるぞ」とか言われたのだろう……?そんなに澪姉への好意がにじみ出ているのだろうか?
いや……原因はそこではないかもしれない。……まさか。
「……檜お姉ちゃん?もしかして、私の部屋に入ったの……?」
「えっ?あ、あ、いや……」
「……檜お姉ちゃん……っ」
雨だというのに、騒がしさは、一向に増すばかりだ。
ずっと書いてみたかった大好きな二人です。
淋の部屋に澪関連の何があったのかは、ご想像にお任せします。