story8「思い出の場所」
「はぁ~~~~~」
なんか今日は疲れたな。女勢に(主に雫だけど)引っ張り回されたし。けっきょく夕飯もおごらされたし。ちくしょう。俺にも人権をくれ。俺は奴隷じゃないぞ。
「……」
そして……願いごと。
願いごとの条件は、自分が心から本気で願うこと。
考えれば考えるほど難しい気がしてきた。
だってわからないんだ。
どうすれば、俺が本気で願ってるってことになるのか。
本気で願うってことがどういうことなのか。
感情のままに欲を吐き出す。カールはそんなことを言ってたな。だから願いごとなんて簡単に決まるって。なんか人間を軽視してやがるけど。
でも吐き出す欲がないと……これほど難しいことはない。
さっきも考えたけど、俺は一般の奴らが願うような幸せを本気で願える気がしない。つまりは欲にまみれた願いごとだ。つくづく俺は欲のない人間だと思う(悪い意味で)。
だから考えちまう。
俺にとって、なにが最高の願いごとなのか。
本当の意味での、最高の願いごとってのがなんなのか。
それに願いごとが叶うってことは、少なからず、今の自分の生活が変わるってことだ。
周りがどういう目で見てくるのか。周りが受け入れてくれるのか。
本気で願ったことが本当に叶ってしまうってことの恐ろしさ。
そうだ。妄想とか理想じゃない。
本当に叶うんだ。俺が願ったことは。
願うことへの責任とか。
やっぱりいろいろ考えちまう。
……考えすぎか? 俺。
「うあー」
やべぇ、考えすぎて頭混乱してきた。もともと無い頭をフル回転してる時点でやばいんだって。馬鹿が馬鹿なりに考えるもんじゃないな。
駄目だ。風呂に入って落ち着こう。
「……」
こんなに悩むのも、一つ、考えた願いごとがあるからだ。
でもそれは本当に考えたってだけで、実際に願うにはどうかと思う願いごと。
――母さんを生き返らせる。
さっきのニュースでやってた事件を見たときも考えたけど、死んだ人間が生き返る。それは異様なことだ。
今、俺には新しい母さんがいる。血が繋がってなくても、俺を本当の息子みたいに想ってくれてるし、俺も、今の母さんが好きだ。
そこに……俺を産んでくれた母さんを生き返らせて、今更どうしようっていうんだ?
親父は? 今の母さんは? 瑠璃は? みんながどう思うんだろうって……考えるだけで怖いな。
なにより一番怖いのは……。
俺がそれを願って、もし叶わなかったときのことを考えるのが怖い。
自信がないんだ。俺は。
母さんを心から求めて願えるってことが。
生き返った母さんは……。
本当に母さんなのかってことが。
「……やめよ」
どう考えても現実的な願いじゃないな。
もう夜の九時回ってるじゃん。どうりで眠いはずだ。でもやっぱり風呂は欠かせない。風呂に入ることでやっと今日一日が終わった~って感じになれるからな。一番ほっとできる時間だ。
「風呂上りに抹茶ココアを飲む。それで俺の頭はスッキリ爽快! 考えごともしっかりと片付くはずだ(たぶんきっと)」
その瞬間のことを考えてニヤニヤしながら、一階に下りてリビングに入ったときだった。
「あ、葉介」
「……」
俺は固まった。
おそらくは風呂上りであろう。レナがそこにいた。
それはいいけど……なぜに下着?
ご馳走様です。眼福眼福。凝視凝視。
……じゃない。
「なんで下着でうろついてるんだよ!?」
「……? なにか駄目ですか?」
全体的に駄目です。女の子が下着姿でうろうろするなんて。
慌てて俺は(本当はもっと見たかったけど!)テーブルに置いてあった俺の学校ワイシャツをレナに羽織らせた。風呂上りのシャンプーの匂いがふわりとして……やばい。興奮する。風呂上りの女の子ってなんでこんなに色っぽいの? おまけに下着姿って……マジで襲ってくださいって言ってるようなもんだから。
「……」
俺は、自分の過ちに気がついた。
美少女+風呂上り+下着+ワイシャツ一枚。
あの……なんか下着だけより卑猥になったんだけど。
やばい。興奮する。
「葉介? どうかしましたか?」
「……とりあえず、前だけは隠してくれ」
俺の理性が暴走する前に。
「る、瑠璃は?」
「一緒にお風呂に入ってたんですけどね。出てすぐに、朝食の材料を買い忘れたって出かけましたよ。そろそろ帰って来るんじゃないですかね~」
風呂から出てすぐって……湯冷めしなきゃいいけど。ていうか女の子一人で夜遅くに出かけるとか危ねぇな。昼間の事件の話じゃないけどさ。言えば俺が行ったのに。そろそろ帰ってくるってことは、近所の行きつけのスーパーにでも行ったんだろう。夜十時までやってるし。
「……ん? てことはもしかして、レナは風呂から出てしばらくその格好だったのか?」
「はい。それがなにか?」
「……風邪ひくぞ」
神子が風邪ひくのか知らんけど。
「とりあえず服を着て来いって。確かパジャマ買ってたよな?」
「パジャマって……寝るときに着る服ですよね? 雫が選んでくれたやつがありますよ」
雫がって……あいつの趣味全開のパジャマじゃないだろうな? いや、絶対そうだろう。確信できる。あいつなら絶対にやる。
「えっと~……あ、ありました~。じゃあさっそく着てみますね」
「まてぇい! ここで着替えるなぁ!」
これ以上、俺の理性を刺激しないでくれ。
「なんでですか?」
「いや、俺が消えるからいいや」
レナに説明してもわかってくれなそうだから俺が部屋から出たほうが早い。羞恥心って説明してわかってもらえるようなもんじゃないし。
それから三分後。無事パジャマに着替えたレナはニコニコ顔で(やっぱりパジャマは雫の趣味全開だった。可愛いからいいけど)俺に手を差し出した。
「抹茶ココアください!」
「任せろ。冷蔵庫にいくらでもストックがある。ていうか好きなときに勝手に出していいぞ」
冷蔵庫から抹茶ココアを取り出してレナに手渡す。それにしても……そんなに抹茶ココアがお気に入りとは。昔の俺が一回あげただけなのに。抹茶ココア、恐るべし。
嬉しそうに抹茶ココアを飲むレナ。すごく無邪気だ。
それを見て、改めて思った。
神子も、人間と何も変わらない。なんて言うんだろう……人間らしいって言うか、人間にしか見えないって言うか。そういやカールが身体能力は人間と変わらないって言ってたな。つまりは基本的に人間と同じなんだろう。じゃあやっぱり風邪もひくだろ。
だったら……俺たちみたいに感情だってある。
つまりは……えっと……。
「……レナ」
今日、カールに聞こうとして聞けなかったこと。それを聞いてみたくなった。
「レナは神子でよかったのか?」
まて、俺。肝心な部分が伝わってない。これじゃ意味わからん。
「……?」
ほら。レナも頭に?浮かべてるよ。なに言ってるんだろうこの人は? 的な顔してるよ。
「えっとだな、つまり……神子じゃなくて別な存在として生まれた~い、的な」
「……???」
説明下手か。俺。
レナの頭に浮かんでる?が増えたから。
「……人間に生まれたいとか思ったことないのか?」
そう、それだそれ! 俺が言いたかったのそれ!
神子として限られて生き方じゃなくて、人間として自由に生きたいとか思わないのか。
俺が言いたいのはそれだ。
レナはちょっと驚いた顔をした。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、少し真剣に考えてる様子。そして答える。
「……考えたことがないわけではないです」
……やっぱり考えたことはあるのか。
神子じゃなくて、人間として産まれればよかった。そうやって思うのは、別におかしいことじゃないと俺は思う。
だからこそ気になったんだ。
レナが、神子でいることをどう思ってるのかが。
「でも……」
真剣な顔を崩して、レナは馬鹿みたいに笑った。
「私は神子でよかったと思いますよ!」
本気でそう思ってるのがすぐにわかった。顔を見ればすぐにわかる。純粋なほど、顔に出るからな。レナはわかりやすい。
「……なんで?」
聞き返すことでもないと思ったけど、気が付いたら聞き返してた。
俺がここまで気にする必要はないのかもしれない。でも気になるんだから仕方ない。
俺の疑問に、レナは笑顔を崩さないまま、
「だって、神子に生まれたから……私は葉介に会えたんですよ? それだけで、神子でよかったと思います!」
そんな恥ずかしくなるようなことを言った。
真っ直ぐに、ストレートにそんなこと言われると、さすがの俺も照れる。お得意のおふざけ回答も出てこない。
「そ、そうか……」
だからこんな中途半端な返事しかできない。格好悪いな。俺。
でも……そうだな。レナがそう思ってるならなんでもいいや。深く考えるのはやめよう。
「あ、そうだ! 私、行きたいところがあるんです! 行ってもいいですか?」
話題を変えて、レナが思い出したと言った様子で手を叩く。
「え? 今から?」
「はい!」
もう完全に夜なんだけど。まぁ瑠璃も買い物に出かけてるわけなんだけど。
「駄目……ですか?」
「……まぁいいか。でも、そんなに遠くは駄目だぞ?」
「はい!」
「あと、マジで風邪引くからちゃんと上着着るんだぞ」
春とはいえ、夜は少し冷える。雫が買ったカーディガンを着せて、外に出た。
「でも、行きたい所ってどこだ?」
「えっと……小さな川がある丘なんですけど、どこかわかりますか?」
小さな川のある丘。
心当たりがある。住宅街と商店街の間にある、ちょっと町外れの田舎っぽい所。そこに大きな丘があるんだ。確かに川が流れてる。この町でそれっぽい所はそこしかない。
「一箇所心当たりがあるけど、なんでだ?」
「行けばわかりますよ~」
今、教えてはくれないらしい。
その丘は家から十分ぐらいで着く。小さい頃はよくそこで遊んでた気がするけど、最近はたまに通るぐらいであんまり気にしてない。レナはそんな丘になんで行きたいんだ?
「あ、ここですここ!」
レナが言ってたのはやっぱりこの丘だったらしい。どこにでもある丘で、丘を上がって下った反対側に小さな川が流れてるんだ。散歩するにはなかなか雰囲気が良い所だけど、普段はあんまり人が来ない。
丘を上がって駆け下りて、レナは小川の前で立ち止まった。俺も後を追う。夜だけど、月明かりのおかげでそれなりに明るい。水面がキラキラと光っている。ロマンティックな感じ。気の利いたポエムとか作りたい気分になる。
「ここがどうしたんだ?」
「私は七年前、ここで葉介と会ったんです」
「え? そうなの?」
例によって、俺は全く覚えていない。
レナは懐かしむような顔で、小川を見つめる。月明かりが小川から反射して、レナを照らす。その姿がすごく絵になっていて……簡単に言えば綺麗だった。やばい。写メ撮りたい。
「懐かしいです……。ここで葉介は、私に抹茶ココアをくれたんですよ」
「……」
覚えてないから、俺には気の利いたコメントも出てこない。
レナは七年前のことをさらに語る。昨日も嬉しそうに話してたからな。本当に……嬉しそうに。
俺はこの丘を見ても、やっぱりレナのことを思い出せない。
本当……なんで忘れちまってるんだろう。
やっぱり、もう一回確認しておこう。
レナの気持ちはわかってる。何回も聞くのは失礼かもしれない。でも、自分に言い聞かせる意味もあって、俺は口を開いた。
「レナ」
「はい?」
「レナは本当に俺でいいんだよな? 願いを叶える願い人」
レナにとって、これは恩返し。
例え俺が忘れてても、それでもレナは恩返しをしたいと言ってくれた。
本当にいいのか? レナのことを忘れちまってる俺が、恩返しなんてしてもらって。
それに、これはレナにとって、神子として初めての仕事だ。そんな大事な願い人が、俺でいいのだろうか。
「……いいんですよ」
レナは当たり前のようにうなづいた。
「いえ、葉介がいいんです。私の……初めての人は」
「ぶっ!?」
「ど、どうしました? 葉介」
「な、なんでもない……」
おもわず動揺して声が出ちまった。
だってそれ……なんか別の意味に聞こえるぞ。絶対に他所では言わないように後で言っておこう。
「……わかった。じゃあ俺はもうなにも言わない」
レナがこれだけ俺に恩返ししたいって思ってるなら、俺は受け入れるだけだ。
ちゃんと考えよう。俺にとっての、最高の願いごとを。
「葉介の願いを叶えてあげられたら、これから先も、神子の仕事を頑張っていけそうな気がするんですよ!」
「そりゃ責任重大だな」
「そうですよ~。だからすごい願いごとを考えてくださいね!」
「すごいって……ハードル上げないでくれる?」
「葉介ならできますよ! すごい願いごと!」
なんの根拠もないだろそれ。俺なんかただの一般的な高校生なのに。過大評価しすぎだって。
まぁいっか。できる限り頑張ってみよう。
レナの馬鹿みたいな笑顔を見てると、そう思えてくる。
★☆★☆★☆
「……」
丘の上空を飛びながら、葉介とレナを見下ろすカール。
その目はどこか悲しげで、笑顔で話すレナを不憫そうに見ていた。
「……やっぱり、伝えなきゃいけないよね」
まだ伝えていない。大事な運命を。
レナが……使い捨て神子だということを。