story7「本気で願えば」
俺の顔めっちゃ腫れてるんだけど。たぶん、お化けみたいな顔してる。
「な、なぜだ……」
「百年経ってから出直しなさい。大体腕力があれば強いって思ってるのはド素人の考えよ。武術はそれだけじゃないんだから」
確かに、腕力だけ強くなればケンカに強くなるってのは考えが甘かったかもしれない。
でも信じられないことに。俺は……俺は間違いなく、腕力でも雫に負けていた。手を組んだら力で押し返されたし。俺、二倍になっても雫より弱いの? 俺が情けないの? それともこいつが化け物なの?
「お、お兄ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫じゃないからぎゅってしてくれ」
「止め刺してあげようか?」
どうかご慈悲を。俺はまだ死にたくないです。
「葉介。これをどうぞ~」
レナがまたスマートバンクからなにかを転送した。これは……単一電池? なんでそんなもんを。
「それをどうしろってんだ?」
「これは『元気になぁれ! 乾電池(単一)』です。背中にセットすることで、軽い怪我なら治してくれるんですよ~。あんまり大きい怪我だと効果がないんですけどね」
ネーミングにはもうツッコマない。あと乾電池である必要あるの? とか。
レナが電池の切れたおもちゃみたいに、俺の背中に乾電池をくっつけると、乾電池は俺の体に溶けるように消えて行った。すると……お化けみたいに腫れてた俺の顔から痛みがどんどん引いて行った。
「……これは意外に役立つな」
「意外にって何さ? 神界の神力アイテムを馬鹿にしないでよね」
だってネーミングからして馬鹿げてんじゃん。
「レナさん。神力アイテムって全部でいくつあるの?」
「……カール、いくつあるんですか?」
「……レナ。学校で教わらなかったの? ていうか確か選抜試験にも出たはずなんだけど」
「忘れちゃいました~」
レナはあんまり勉強が得意じゃない、と。今のちょっと照れながら言うのが可愛かったからいいんじゃないか。いちいち可愛いな。もう。
ため息をついてから、カールはなぜか俺を一睨みして(なんでこいつはいちいち俺を睨むんだ?)から説明を始める。
「現在、神子のためにある通常神力アイテムは125種類あるよ。まぁでも一定の神子だけに渡される専用神力アイテムを挙げると、その数は何千、何万にもなるからそれはいちいち説明しないけど」
「専用? なんだよそれ?」
「君が知る必要はないね」
まぁ説明してくれるとは思ってなかったけど。
とりあえずレナは、その125種類の神力アイテムならスマートバンクから転送できるってことか。数多すぎて俺なら把握できないけど。
「そんなにあったんですね~」
まぁ、レナも把握できてなさそうだけど。
「でも……神力アイテムってなんのためにあるの?」
瑠璃がスマートバンクを見つめながら質問した。確かに、それは俺も気になってた。
人間の願いを叶えるために神子は人間界に来る。それだけなのに……こんなアイテムが必要なのか? この猫ちくしょうは人間界はいろいろ物騒だからとか言ってたけど。
「神力アイテムは神子の仕事をサポートするための物だよ」
「えっと……なにをサポートするの?」
瑠璃も俺と同じ考えらしく、首を傾げる。
「まず第一に、神子は神界での暮らしが長いから、人間界のことをよくわかってない。だから人間界で事故を起こしちゃうなんてよくあるんだよ」
事故て。なんだよその言い方。
「ようするに起こした事故を修復するのと、神子の身を守るためだね。人間界はいろいろと物騒だし」
「……人間界は危険ばっかりみたいに言うなよ」
「だってそうじゃない。犯罪なんかが増殖してる人間界が危険がないって言えるの?」
なにも言い返せん。くそ。現に昨日、レナも不良に絡まれたしな。治安がそこまで悪くないこの町ですらこうだからな。
「それに……神子って存在のことがばれるとそれこそ危ないんだよ」
「は?」
「無理やり願いを叶えさせようとする人間も出てくるかもしれない。だから神力アイテムは必要なんだ。神子は基本的に……人間と身体能力は同じだからね」
「……」
無理やり、か。
確かにな。なんでも願いを叶えられる存在なんて、どんなに金を積んでも手に入らない存在だ。欲の深い奴らが神子のことを知ったら……捕まえて、無理やり願いを叶えさせるなんてことも普通に考えられる。
「じゃあ人間の迎撃用もかねてるのか?」
「まぁね。て言っても安心しなよ。人間を傷つけるような攻撃用のアイテムは通常アイテムにはないからさ」
まぁ名前が物騒なのはあるけどな。黄泉送りの殺劇とか。確かに魂が吹っ飛ぶだけで実害はないけど。ていうか見せるだけで護身になりそうだ。
「本当はね、願い人以外の人間との接触も禁止されてるんだけどね」
カールがレナをじとっと見る。レナはきょとんとしてる。まぁ理由はさっきの理由だろう。無理やり願いを叶えさせられるといけないから、最低限の人間にしか神子の存在を明かさないって感じで。本人は自覚がないけど。
「いいのか? 俺以外とこんなに仲良くして」
「……まぁ今回はいいんじゃない」
アバウトだな。本当に大丈夫なのか?
「ねぇねぇそれよりさぁ。お腹空いたからあのお店入らない?」
「それよりってお前……」
わりと大事な話だった気がするんだけど。雫にとっては空腹のほうが大事らしい。あのスタイルのくせに、マジで食った分が全部胸に行ってるんじゃないか。
雫が指差したのは、学校帰りによく行く軽食屋『兎の餌』。名前は客を馬鹿にしてるのかって感じだけど、ファミレス並にいろんなメニューがあって、しかも安い。だから学生に大人気なんだ。確かに、時間はそろそろ昼だし丁度いいかも。
「あそこなら抹茶ココアがメニューにあるわよ」
「本当ですか! 行きましょう葉介!」
「お、押さなくても行くから!」
レナに背中をぐいぐい押された。こけるこける。
昼時だけあってそこそこ混んでる。でもまぁ座れないほどってことはない。基本、金のない学生しか来ないし。
「抹茶ココア♪ 抹茶ココア♪」
レナが抹茶ココアで鼻歌を歌ってる。子供みたい。すげぇ可愛い。
「レナさん、そんなに好きなの?」
「葉介に一回もらっただけなんですけどね~。私にとって人間界の飲み物って言ったら抹茶ココアです!」
抹茶ココアも格が上がったもんだ。
「私は甘すぎて駄目だけどねー」
「なに言ってやがる? あの甘さの中にあるちょっとした抹茶の苦みが最高なんじゃないか」
「だったら私、緑茶でいいし」
雫は親父さんが大のお茶好きだから、その影響でお茶にはうるさい。確か……家に茶室とかあった。本格的に入れた本格的なお茶しか飲まないんだ。
「僕、ヨーグルトパフェ」
「……ヨーグルトは朝だけじゃなかったのか?」
「基本、ヨーグルトだよ。あ、プレーン味ね」
朝はヨーグルトって決めてるとか言ってなかったか? けっきょく全部ヨーグルトかよ。昨日普通に飯食ってなかったか? つーかヨーグルトパフェなんてメニューあったのかよ。ツッコミが追いつかない。
「私はオムライスの超大盛りにしよ」
「ただの大盛りじゃなくて超にするところがさすがだよ」
俺でも絶対食えない量だぞ。死ぬ気で食っても絶対に胸焼けする。
「俺は無難にミートドリアにする」
「安っぽいもの食べるわね」
「誰か一人ぐらい安いものにしないとお会計のときにびっくり。なんてパターンになるぞ」
「大丈夫よ。払うの葉介だから」
「なるほど。それなら高いものでいい……っておいっ!?」
また? また俺が払うの? 昨日からおごりまくりなんだけど。財布がどんどん寒くなっていくんだけど。
「レナはなににする?」
「葉介と同じのでいいですよ~」
「レナ。どうせ葉介のお金なんだからもっと高いのでいいのよ?」
容赦ねぇなこいつ。泣くぞ、俺。
「……」
ふと、レナの目が一つのメニューで止まった。なんだ?
「抹茶ココアパフェ……」
レナが目を輝かせて、俺をちらりと見てくる。子供がおねだりするような感じ。俺もメニューで確認する。抹茶ココア味のアイスとかクリームが入ってるパフェみたいだな。えっと値段は……意外と高い。ミートドリアが二つ食える。
「……レナ。頼んでいいぞ」
「やったぁ!」
あんな目でこっちを見てるのに、駄目なんて言えるかよ。
ていうか俺も抹茶ココアパフェは気になる。いつの間に追加されたんだ。こんど食べてみよう。今日は財布の関係で我慢だ。
『えー……今回の事件ですが、どうやら快楽殺人のようで、被害にあった家族に恨みはなかったとのことです。さらには――』
カウンターに置かれてるテレビでニュースが流れる。あれは最近話題になってる事件だ。
小さな女の子が、殺されて川に捨てられた殺人事件。犯人は三十代後半の男。恨みとかじゃなくて、つまりは無差別殺人。誰でもよかったってやつだ。小さな女の子はたまたまターゲットにされた。
「……やっと犯人捕まったのね」
「お前、自分でとっ捕まえて半殺しにするって言ってたもんな」
「半殺し? なに言ってるの? 私は殺るって言ったのよ」
お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。
でも確かに、小さな女の子に危害を加えるとか、実際ふざけんじゃねぇぞってなるけど。人間の屑だ。いや、人間として分類するのも嫌だな。カールじゃないけど、確かに人間の中にはろくでもない奴がいる。
「瑠璃ちゃんも気をつけてね?」
「え?」
「瑠璃ちゃん可愛いし。変な奴に付きまとわれたりしたら大変よ」
雫は念のため、みたいな感じで言ったんだろうけど、瑠璃は深刻そうに考え込む。まぁ確かに我が妹ながら可愛いけどさ。心配しすぎだろうに。
「で、でも……」
瑠璃が顔を赤くして俺に上目使い。
「お兄ちゃんが守ってくれるよね?」
それでそんなことを言うもんだから。
「ぎゅってしても――」
「……」
一瞬、妹だってことを忘れて出かけて言葉が、雫の殺気ですぐに消えた。
守るって……俺が? そんな犯罪者から? 俺じゃなんの役にも立たないと思うけどな。でも、瑠璃が俺にこういう話をふるとき、やけに真剣なんだ。うーん……でもまぁ、実際そんなことになったら俺は……。
「当たり前だ。お兄ちゃんに任せとけ」
迷うことなく、瑠璃を守るだろう。自分で言うのもあれだけど、それだけはわかる。
「……うん!」
「葉介の前に、私が殺るけどね」
だから、お前が言うと冗談に聞こえないんだっての。
「……」
ちょっと考えた。
神子に願うと、なんでも願いが叶う。
本気で願い人が願えば、だけど。
ってことは……。
仮に、だけど、テレビでやってる事件。
殺された女の子の両親が願い人で、犯人を殺してくれと本気で願ったら……叶うんだよな? それから、死んだ娘を生き返らせてくれと本気で願ったら……生き返るんだよな?
そりゃ死んだ娘が生き返れば嬉しいだろう。
でも、一度は死んだはずの人間が生き返る。それは異常なことだ。自分にとって最高の願いごとでも、周りが受け入れてくれるかどうかはわからない。これから先、普通に生活していけるかどうかもわからない。
失った物を取り返す。憎い相手に制裁を。
どんな願いも、本気で願えば叶う。
「それって……」
なんか怖いな。
いろんな意味で。