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神子の恩返し  作者: 天天
『共通』パート2
63/63

story7「初めてのうみ」

 お前のやってきたことは、全部無駄だったんだよ。

 苦労した? できることはやってきた? そして、結局はどうなった?

 『他人』の力を借りて、自分の理想を作り上げただけだろう。

 今まで、お前がなにをやってきたとしても。関係ないんだよ。

 お前はなにもやってこなかったのと、同じなんだよ。

 そうだろう? お前の努力で実った結果じゃないんだ。

 お前はただ……。



 願っただけだ――。




☆★☆★☆★



「――社長!」

「――!?」

 秘書からの呼び声で、小宮は目を覚ました。仕事部屋で椅子に座ったまま、眠ってしまっていたらしい。作り笑いをうかべ、額に滲み出る嫌な汗を誤魔化す。

「あ、ああすまない……少しウトウトしていた」

「大丈夫ですか? 少し休まれてはどうです?」

「いや。大丈夫だ」

「そうですか……無理はしないでくださいね。では、今日の予定ですが」

 秘書が今日のスケジュールを読み上げている間も、小宮はどこか上の空だった。動機が少し激しい。自分でも動揺しているとわかる。

 また……あの夢だ。

 ここのところ、毎日のように見る。

 自分が。昔の自分が。今の自分を否定する夢。

 誰のせいでもない。自分の心の弱さが見せる夢だ。

 だからこそ……罪悪感を感じる。

 昔の自分に。

 頑張っていたころの自分に。

 今の自分の立場は……。

 自分の頑張りの結果ではないのだから。



☆★☆★☆★



「……うおっ!?」

 スマホの目覚ましアラームで目を覚ます。めっちゃ熟睡してたな。こんなにゆったり寝たの初めてかも。だってこんなにふんわりしたベッドで寝たことないもん。

「……おぉ。めっちゃ良い天気」

 窓のカーテンを開けると、朝日が部屋全体を照らした。綺麗な青空だ。昨日の星空からもわかってたけど、海水浴日和の天気だ。

 沖縄リゾート旅行二日目。今日はさっそく海に出陣するつもりだ。昨日の夕食のときも、レナはそわそわしてたからな。海に行きたすぎて。この際、夜の海でもいいかなと思ったけど、さすがに初めての海が夜ってのは危ないと判断したんだ。そもそも、やっぱり海といえば青空の下で行くもんだしな。

「……お?」

 まだ少し時間が早かったから、誰もいないかなと思ったけど、サンがすでに大広間のソファーに座ってテレビを見ていた。

「おはよ」

「ああ」

 どこか気のない返事。テレビに夢中みたいだ。見てるのはなんの変哲もないバラエティ番組だけど。早朝からバラエティなんて珍しい。と思ったら、再放送みたいだな。端っこに『この番組は○○に放送した番組です』って書いてある。

「バラエティ好きなの?」

「す、好きなどではない」

 動揺してる。好きなんだな。

 そういえば、ウチに来たときもバラエティ番組を夢中で見てた気がする。

「別に恥ずかしがることじゃないと思うけど。俺もバラエティは好きだし」

「……恥ずかしがってなどいない」

 顔真っ赤じゃん。無理がある。

 神界にもテレビはあるらしいけど(人間界から輸入してるって言ってた。人間界の番組も映るらしい)、サンは神子の仕事ばっかりでテレビなんか見たことないって言ってたな。育成学校の部屋は殺風景でなにもなかったってレナが前に言ってたし。

「朝飯なんか食った?」

「いや……」

「まぁ瑠璃もそろそろ起きてくるだろうし。ちょっと待っててくれ。たぶん、張り切って作るだろうから」

 昨日、冷蔵庫は確認済みだ。朝飯に使えそうな食材はたっぷり入ってる。豪華なキッチンをフル活用して、瑠璃が朝飯を作るだろう。

「今日はうみに行くんだな」

「ん? そうだよ」

「……この前買った、みずぎとやらを着るんだろう?」

「……? うん」

 なんだ。サンがなにを言いたいのかわからない。水着がどうかしたのか?

「……あれはなんのために着るんだ?」

「え?」

 そこも理解してなかったんですか。

 いや、ていうか別に説明はしてなかったな。これは悪いことをした。

「えっと……海に入ると濡れるだろ? 水着は濡れても大丈夫で、濡れるために着るもんなんだよ」

「……あんな下着みたいなものがか?」

 ストレートですね。下着みたいって。

 確かに、女の子って下着姿は恥ずかしがるし、男が見るとめっちゃ怒るけど、なんで水着は大丈夫なんだろうな……面積的には同じじゃん。むしろ水着は見せつけるぐらいだし。

「まぁ下着みたいってのは否定しない。もしかして恥ずかしいの?」

「……そうではないが」

 水着が恥ずかしい。とかそういうあれじゃないみたいだな。じゃあなんなんだろう。

「……服のまま入ればいいんじゃないのか? もしくはなにも着なければいいだろう」

「……溺れるぞ。それからなにも着ないのは絶対駄目だからね?」

 意外と、サンも常識とずれているところがあるんだよな。そこはやっぱり神子として仕事をしていたせいか。人間界に絶対詳しいってわけじゃないんだろう。

「お兄ちゃん。おはよう」

「サン! おはよう~」

 雫と瑠璃が降りてきた。雫はさっそくサンの隣へと座って無駄にくっ付く。やっぱり、昨日サンだけ先に逃がして正解だったな。昨日の雫なら完全に襲ってた。

「瑠璃。腹減ったから朝飯頼む」

「うん」

 瑠璃はウキウキ顔だ。まぁあのキッチンなら無理もないけど。

「別に頑張らなくていいぞ。いつもの感じでいいからな」

「そうだね。朝だし」

 瑠璃はキッチンに入って行ってから、リビングスペースをキョロキョロと見渡した。なにかを探している。なにを探してるんだ?

「なに? 冷蔵庫は後ろだぞ」

「ち、違うよ。さすがにそれはわかってるよ。そうじゃなくて……レナさん。まだ寝てるの?」

「……まぁまだ時間早いからな」

 まだ朝の七時を回ったところだ。別にまだ起こさなくてもいいだろう。昨日は移動で疲れただろうし。一番はしゃいでたのはレナだしな。

「でも、七時半からパプリルの再放送があるから見たいって言ってたよ」

「……あれって沖縄でも放送してるのかよ」

 仕方ない。それなら起こしてくるか。パプリルを見逃したとなれば、レナは本気で残念がる。いくら再放送とはいえ。

「俺が起こしてくるから瑠璃は飯頼む」

「うん」

 サンは雫にくっ付かれてるから動けないし、俺が行くしかない。

 思えば、俺がレナを起こすのって初めてかも。いつも起こされる側だし。上に乗っかられて。

「レナー」

 ノックして呼びかける。うん。返事なし。やっぱりまだ寝てるみたいだな。

「入るぞー」

 扉をゆっくり開けて中に入る。入った瞬間に鼻をくすぐる……女の子の甘い香り。女の子の部屋って感じの香りだ。ちょっとドキッとしたりする。おぉ……俺の部屋より広い。二人部屋だから当たり前だけど。サンが寝てたであろう片方のベッドはきちんと整えられている。さすがサン。その辺はしっかりしてる。

 そしてもう片方のベッドで……。

「ふにゅ……」

 レナが可愛い寝息をたてていた。

 か、可愛い……寝顔可愛い! なにこれ? 天使? 天使が寝てるの? 天使降臨?

 風呂上がりはいつもツインテールの髪を解いてるんだけど、その長くて綺麗な金色の髪がベッドに広がってる姿は……神々しささえ感じる。やっぱり天使だ! 無防備に閉じられた小さな瞳と小刻みに動くぷるっとした小さな唇……ゴクリ……。

「って、なにを興奮してるんだよ俺は」

 このままじゃ襲っちまいそうだ。落ち着け俺……雫と同じレベルに落ちたらやばい。女の雫はセーフだけど、俺はアウトだ。

「コホン……レナ。朝だぞ。起きろー」

「……むにゃ」

 寝息で返事。全く起きる気配なし。

「レナー」

 肩を揺する。声で駄目なら物理的にだ。俺もいつもそうやられてる。

「……ふにゅ~」

 また寝息で返事。起きる気配やっぱりなし。

 ていうか、いちいち寝息が可愛すぎませんかね? もう本当に。このレナって生き物は。

「……どうすればいいんだ?」

 どうすればレナが起きるか。考えてみる。いつもレナにやられてるダイブ目覚ましはさすがに俺がやるわけにはいかないし。声をかけ続けるしかないのか?

「……起きろー。レナー」

「……ふあい……」

 なんか返事っぽい声だったけど、やっぱり寝たままだ。

「……起きないと胸触るぞ」

 もちろん、本気じゃないよ? 起こす口実だよ? 神に誓って。

「……いい……でふよ……」

「え?」

 今、いいですよって言った? 自分で言っておいてあれだけど。ちょっと動揺。もちろん、寝息だから俺の言葉を理解しての言葉じゃない。寝言で俺の発言にリンクされても困る。本気にしちゃうだろ。

「……もういいや」

 ここは強行的手段に出よう。なるべく柔らかく。

「よっこいせ」

 布団をひっぺがして、レナの体を持ち上げてお姫様抱っこ。そのまま体を揺らす。

「起きろー。ほら起きろー。パプリル始まっちゃうぞー」

「……ふあ? ぱぷりる?」

 パプリルの一言で、レナが目をぱっちりと開けた。これが一番効果があったらしい。

「……ようすけぇ?」

「うん。おはよ」

「ふあぁぁぁ……」

 大きく欠伸をする姿は、まるで子供みたい。目をゴシゴシと擦って、やっと少しだけ意識が覚醒したみたいだ。

「……あれぇ? なんで葉介に抱っこされてるんですかぁ?」

「レナが起きなかったから、強行手段」

「私、襲われちゃうんですかねぇ……」

 あ、駄目だ。まだ意識が完全に覚醒してない。ていうか襲われるとか、そんなのどこで覚えたの。

「ほれほれ。起きろ起きろー」

 もう一回体を激しく揺らす。それにしても、相変わらずレナ軽いな。瑠璃のちっこい体と良い勝負だ。

「このまま連れて行ってください~……」

「え? 着替えは?」

「後でしますぅ……パプリルが……」

 なによりもパプリルらしい。仕方ない。このまま連れて行くか。

 レナをお姫様抱っこしたまま一階に降りると、さっそく雫が噛みついてきた。

「あんた……なんでレナを襲ってるのよぉ!」

「襲ってねぇよ。お前じゃあるまいし。まだ少し寝ぼけてるけどパプリルが始まるから連れてきたんだよ」

 昨日はしゃぎすぎて相当疲れたんだな。ここまで寝ぼけてるレナも珍しい。丁度、サンが見てたバラエティ番組が終わった。えぇっと……パプリルは何チャンだ?

「レナ。起きるんだ」

「ふあ……せんぱぁい?」

 レナをソファーに座らせると、サンが乱れてるパジャマを直してあげながらほっぺを軽く叩く。それでやっと、レナは起きたらしい。サン。お姉さんみたい。いや、お母さんか?

「……おはようございますぅ……」

「起きたか。レナが見たいと言っていた番組が始まるぞ」

「……あ、パプリル!」

 パプリルのオープニングが始まると、レナのテンションはさっきまでと段違い。はしゃぎ始めた。

「葉介。レナのパジャマはなんであんなに乱れてたのかしら?」

「……寝てたからに決まってるだろ。なんで俺がなにかしたみたいな顔で見てるんだよ」

 濡れ衣だ。確かに寝てるレナに興奮しかけたけど、俺は欲望を抑えた。お前と違ってな。

 瑠璃が作ってくれた朝飯(定番の食パン。ベーコンエッグ。サラダ。牛乳)を食べてから、それぞれが海水浴の準備を始めた。なにせ、海は目の前だ。もちろん、水着に着替えてから行く。

「まぁ……俺はすぐ終わるけど」

 水着、というか海パン。履くだけで終わる。荷物もいらないしな。近いからすぐ戻ってこれるし。このコテージはそこが一番いいところだ。徒歩一分で海。コンビニより近い。

「……遅いな」

 やっぱりというか。女子勢は着替えが遅い。日焼け止めも塗るって言ってたからな。そりゃ時間がかかるんだろうけど。まぁこういうとき、待たされるのは男として仕方がないことか。

「……ん?」

 一瞬、窓の外から視線を感じた気がした。不思議に思って、窓を開けて外を見てみる。

 誰もいない。周りは林。道路は近いけど、人なんか通らない。

「……気のせいか」

 気にしても仕方ないか。見知らぬ土地だから、変に敏感になってるんだろう。

「葉介!」

「お?」

 女子勢がやっと降りてきた。それぞれがこの間買った水着を着てる。レナたちの水着は事前に見てるから知ってるけど……それでも……。

(おぉ……)

 やっぱり、試着で見るのとはまた違う。雰囲気って大事。

 華やか。その一言に尽きる。

 さっきは下着となにが違うんだと思ったけど、うぅん……やっぱり違う。下着にはない可愛さっていうか……なんでだろう。なんでかわからないけど違うんだよなぁ。

 とりあえず、可愛いからいいか。

「どうですか? 葉介」

「ど、どうかな……お兄ちゃん……」

 ど、どうかなって言われても。感想ならすでに伝えたはずでしょ? なんでまた感想を求めてるのかな?俺にはそんなにボキャブラリーないんですが。

「……まぁ、可愛いの一言です」

「鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ」

 脇を軽く殴られた。痛い。

 ていうか雫……。

「……」

「……なによ?」

 そういえば、雫の水着は初めて見た。いつの間にか買ってたからな。

 レナたちに比べれば、シンプル。黒色の無地のビキニだ。飾りと言えば、首の後ろのリボンと、腰の横にあるリボンぐらい。シンプルなんだけど……雫のスタイルもあって、レナたちとは違って大人の雰囲気が出てる。たぶん、男が十人すれ違ったら全員振り返る。

「見てんじゃないわよ。目、潰すわよ」

「か、構えるんじゃねぇよ」

 本気で目潰ししてきそうだ。本能的に後ずさる。

「……」

 レナたちの後ろで、水着を着たサンが、どこか難しい顔をしていた。嬉しそうなレナたちとは正反対だ。さっきのこともあるし、やっぱりもしかして。

「やっぱ恥ずかしいの?」

「違う。ヒラヒラしてて落ち着かない」

 ああ。下に付いてるストールね。そういえば、サンの神子服ってスカートじゃなくてスパッツっぽいやつだからな。ヒラヒラは落ち着かないんだろうけど。

「みんな可愛いわ……楽園ね。ここは」

「お前、自分のことも鏡で見れば?」

「なによ? それ」

「……いや。別に」

 言わせんな。そこは。

 太陽も良い感じに昇ってきた。さっそく俺たちはコテージを出て、海へと向かった。



☆★☆★☆★



「……」

 コテージを見下ろす、一人の少女がいた。天使と悪魔の翼を羽ばたかせ、葉介たち……サンのことを観察するようにしている。

「……み、神子? あの人……ゼウス様の側近じゃなかったっけ……」

 少女はゆっくりとコテージの屋根へと着地した。そして……バランスを崩して落ちそうになる。

「あ、あわわっ!?」

 なんとか体勢を立て直して、もう一度サンのことを遠目に見つめた。

「わ、私を連れ戻しに来たのかな……」



☆★☆★☆★



 昨日、船の上から見たけど、間近で砂浜から見るとまた違って見える。

 まず……なにこの砂? すっげぇ細かくてさらさらしてる。歩くと足裏が心地良い。ここからして俺の知ってる海とは違う。綺麗な青色に見えた海も、近くで見ると半端ない透明度。砂と水が両方綺麗だと、ここまで変わるのか。マジで絵みたい。沖縄は本土と周辺の島とかで砂浜がそれぞれ違ってくるらしいけど(来る前にネットで調べた)、充分だ。俺たちにとっては限りなく、半端ないリゾート地。

「うみです! うみですよ! うみ!」

 パタパタと手を広げてはしゃいでるレナ。初めての海が、こんな綺麗な所じゃそれはテンション上がるだろう。もう他の海入れなくなるんじゃないか?

「先輩! すごく水が綺麗ですよ!」

「ひ、引っ張るんじゃない。レナ」

 サンの手を引いて、一足先に海にパシャパシャと入水して行く。「冷たいです!」と元気な声が聞こえた。

「元気だなぁ」

「娘を見つめる父親みたいなこと言ってるんじゃないわよ」

 いいじゃん。ぶっちゃけ気分的にはそんな感じだし。

「暑いよ。ちょっと」

「……だからお前はコテージで待ってろって言っただろ」

「僕だって、うみ見たいもん」

 カールはさっそくこの暑さに文句をつけてる。黒いから余計に熱を集めるんだな。このまま干からびちまえばいいのに。

「パラソルと椅子借りてこようか? カールちゃんが休めるように」

「ああ。俺行くよ。ついでに椅子は何個か借りてきて拠点を作っておくから、瑠璃と雫は先にレナたちの所行っててくれ。二人だと危ないし」

「言われなくても先に行くけどね」

 そこは少し躊躇しろよ。

 近くにあった貸出所で大きなパラソルと椅子、ついでにテーブルも借りてきて(無料)、拠点を作成。ちょっと休むときとかにいいからな。こういうのは男の俺の仕事だ。

「ほれ。ここで寝てろよ」

「なんかそれだと僕がいつも寝てるみたいに聞こえるね?」

 いつも寝てるだろ。いちいち文句言うな。

「……楽しそうだね。レナ」

 椅子に寝転がりながら、カールは雫たちと海ではしゃいでるレナを見つめる。さっきの俺みたいに、娘を見守る父親みたいな目だ。

「行きたがってたからな」

「……僕はね。正直、君に感謝してるんだよ」

「……は?」

 なにを感慨深く言ってるんだこいつ? カールが俺に感謝?

「え? なに? お前死ぬの?」

「なんで僕が死ぬんだよ!」

「お前が俺に感謝してるとか口にするなんて、遺言にしか聞こえん」

 いつも俺に対してケンカ腰の言葉しかぶつけてこないくせに、逆に気持ち悪いぞ。

「……レナが戻ってこれたのは、君のおかげだからね」

「……」

 俺もレナをじっと見つめる。

 俺が願ったから、レナは人間として戻ってこれた。

 一度は、使い捨て神子として、命を全うして消えたけど、今はあんなに楽しそうに遊んでる。

 ……やべぇ。俺も感慨深くなる。

「別にお前に感謝されても嬉しくないけどな」

「そうだね。別に僕も君に感謝しても全然得もなかったよ」

 いつもの調子に戻ったカールは、そのまま目をつむって眠り始めた。

 なんで猫に全然得しないとか言われなきゃならんのだ。この野郎。

「葉介ー!」

 俺を呼ぶレナの声。

 こうやって、俺を呼んでくれるレナ。使い捨て神子として消えた後、もう俺を呼んでくれることはないと思ってた、この声。

 当たり前の、大事さを知った。

「……よかったな」

 今更だけど、改めてそう思った。

 俺もようやく海へと入る。レナたちはさっそくびしょびしょだ。水のかけ合いでもしてたのか。

「葉介! うみの水ってしょっぱいんですね!」

「まぁ塩が入ってる海水だからな」

「塩? なんで塩が入ってるんですか?」

「え?」

 そうやって改めて聞かれると、すぐに答えが出てこない。なんでだっけな?

 塩素とナトリウムがどうのこうのって聞いたことある気がするけど……えぇっと……。

「……今度調べておく」

「?」

 そ、そんなことよりも! 海を楽しもうじゃないか! せっかくのリゾート地なんだから!

「もうちょっと深い所行ってみるか」

 今遊んでるのは浅瀬だし。それこそ、水のかけ合いぐらいしかできない。

「え? だ、大丈夫かな……」

「ん? 瑠璃って泳げないんだっけ」

「……」

 図星だ。そういえばそうだったな。昔行った海でもずっと浮輪使ってたし。

「浮輪は?」

「も、もう子供じゃないもん!」

 関係ないと思うけどな。大人でも泳げない奴なんていっぱい居るし。

「瑠璃ちゃんには私が付いてるわ! 危なくなったら私にしがみ付けば大丈夫よ!」

 雫は小学校のときに水泳クラブに通ってたから、泳ぎは得意だ。大会でもけっこう良い成績まで行ってた気がする。まぁ本心はしがみ付かれたいだけだろうが。

「……レナとサンは?」

「「……?」」

「泳げないよな……」

 そもそも、泳ぐって行為がなんなのかすら知らない感じだし。

 でもせっかく海に来たんだ。少し泳ぎの練習をしたほうがいいだろう。俺は泳ぎは人並み程度だけど、教えるぐらいはできる。

 泳ぐってことがどういう感じなのかを説明して、いざ、実践。レナ。サン。ついでに瑠璃も、一から泳ぎの練習を開始。

「息継ぎ? なんですかそれ?」

「泳ぎながら顔を上げて息を吸うんだ。水の中じゃ息ができないだろ?」

「……水の上を飛べばいいんじゃないのか?」

「サン。本末転倒だから」

「お、お兄ちゃん……足が付かなくなってきたよぅ……」

「瑠璃ちゃん! 私の手に掴まって!」

 波が穏やかだから、初心者でも泳ぐのは難しくないはず。俺はまだ胸ぐらいの高さだけど、レナたちはそろそろ足が付かなくなってきたみたいだ。特にサンは背がちっこいからな……。

「サン。大丈夫?」

「……も、問題ない」

 問題すっげぇありそうな顔だけど。

 これ以上行くのは危ないかもな。ていうかやっぱり、浮輪はあった方がいい気がしてきた。いざというときの為に。

「浮輪借りてくるか。慣れてないと疲れるだろうし」

「私が行ってくるわ」

 え? 雫が自分から労働を買って出るだと?

「な、なにが目的だよ?」

「はぁ?」

「お前が進んで労働するなんて」

「あんたじゃ浮輪を選ぶセンスないでしょ。どの浮輪を使うかで、みんなの可愛さは倍増するんだから」

 やっぱり目的あるじゃねぇか。

 まぁいい。行くと言ってるんだから任せよう。確かに、浮輪なんて俺にとってはどれでもいいだろ程度のもんだし。

 浮輪を借りに行った雫を待つ間、また少しだけ泳ぎの練習。瑠璃は怖がって俺にずっと掴まってるだけだけど。レナとサンはそこそこ上達してきた。

「そろそろ俺の補助無しで行けるかもな」

 今までは俺が手を取って、それに沿って泳いでたけど、そろそろ一人でもいけそうだ。

「サン。やってみる?」

「……一人で行けばいいのか?」

 少しだけ躊躇した感じのサンだけど、一人でやってみたかったのか、泳ぎの体勢になって、一人で水に潜った。

「おぉ……」

 泳げてる。息継ぎもちゃんとできてるし、格好になってる。指導の甲斐があるってもんだ。

 でも……。

「あ」

 サンがどんどん深い所に向かって行ってる。俺でも足が付かないぐらいのところまで。

「サ、サン! 戻ってこーい! そっちは危ないぞ!」

 俺の叫び声に気が付いたサンが、泳ぎを止めて、こっちを振り返った。

 瞬間……。

「!?」

 足が付かないことに気が付いたのか。その場でジタバタともがく。運動神経が良くても、足が付かない場合の対処にはまだ慣れてないみたいだ。

「せ、先輩!」

「あ! レナ! ちょっと待って!」

 サンを助けようとして、レナもなんとか形になった泳ぎで向かう。

 駄目ぇ! それ完全に二次災害のフラグだから! レナだって足が付かない所じゃ……。

「きゃあ!?」

 足が付かなくなって、レナもジタバタともがく。なんとかサンの所に辿り着いて手を取るも、どうにもならない。

「瑠璃! 一人でも大丈夫だよな!」

「う、うん!」

 瑠璃をその場に残して、俺は急いで二人の救助に向かう。そんなに離れた所じゃないから、ものの数秒で二人の所に辿り着く。

「葉介ぇ!」

「ぐえっ!?」

 レナとサンが俺にしがみ付いてきた。ちょ……俺も沈む! これは三次災害のフラグだって!

「あ、足が……足が付かない……」

 サンが泣きそうな顔になってる。こうやって見ると、ただの子供に見え……じゃない! 余計なこと考えてる場合じゃない! ギリギリ、俺はなんとか足が付く! つま先立ちだけどな!

 うおぉぉぉぉぉぉ! パワー全開ぃぃぃぃ!

「離れるなよ! 二人とも!」

「は、はい……」

「わ、わかった……」

 二人が俺にさらに密着してくる。うぐぐ……体に当たる柔らかい感触が(どことは言わないけど!)、俺の力を緩ませる。邪念なんかに負けるかぁ! 心を無にしろぉぉぉぉ!

「ふ、二人とも大丈夫……」

 なんとか瑠璃の所まで戻ってこれた。ここならレナとサンも足が付く。

 なのに……二人は俺から離れようとしない。そろそろ、この柔らかい感触に理性ぶっ飛びそうなんだけど。

「……もう離れても大丈夫だぞ?」

「……」

「……」

 二人とも泣きそうな顔。特にサンは、普段の表情からすると考えられないぐらいの。新鮮で可愛いけど……怖い目にあった後だからそうやって思うのは不謹慎か。

「す、すまない……」

 やっと、サンが俺から離れてくれた。柔らかい感触が一つ減って、俺の理性も少し回復。

「いや。謝ることはないけど。一人でやってみようって言ったのは俺だし」

「……よ、葉介」

 まだ俺から離れないレナは、いや、むしろもっと密着してきてるレナは……ちらりと、沖の方を見た。さっきまで、レナとサンが溺れかけてた場所だ。

「ん?」

「……み、みずぎが」

 水着? なに? どうしたんだ?

 と、思ってたら……レナが見つめてる場所に、ぷかぷかとなにかが浮かんでいるのを見つけた。透明度が高いから、よく見える。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 これ、俺の悲鳴です。

 ちょちょちょちょちょちょちょちょ……まてまてまてまてまてまてまてまて……あれってまさか……もしかしなくても……レナの水着じゃん! 上のやつ!

 ていうことは……え? レナ、今水着着けてないの? じゃあこの柔らかい感触は……。

「ふぐっ!?」

「よ、葉介?」

 鼻の奥が熱い。不味い……しっかりしろ俺……こんなところで鼻血出して倒れるわけにはいかない……。

「る、瑠璃……レナを頼む……」

「う、うん」

 レナを瑠璃に預けて(水の透明度が高いから、誰かに密着してないと見えちゃうんだ)、水着を回収しに向かう。あ、足がふらつく……。

 これからは浮輪必要。絶対。俺は心に誓った。

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