story6「ゲームとチュー」
「……極楽」
天国っていうのはこのことだな。見上げれば綺麗な星空が視界を覆い、真新しい檜の大きな湯舟にゆったりと浸かる。温泉の素でも入ってるのか、良い匂いがする。すっげぇ気持ち良い。
コンビニから帰ってきて買い込んだ飲み物とお菓子を整理してると、黒服の執事みたいな人と、料理人らしき数人の人たちが夕食の用意をして行った。丁度女性陣も風呂からあがってきて、そのまま夕食タイム。
もうね。夕食がね。豪華すぎてもうよくわからない。沖縄の料理がたくさん出てきて、俺なんかじゃ名前もわからない。でも美味かった。ラフテー……だっけ? 沖縄風の豚の角煮なんだけど、あれ、俺大好き。めっちゃ美味かった。瑠璃に作り方覚えてもらって作ってもらうか。
そして俺は夕食後の入浴タイム。あ~~~極楽極楽……。
「……レナたちがさっきまでこの湯舟に」
女性陣がきゃっきゃうふふしてる姿が思い浮かぶ。うぐ……やばいやばい。風呂場で興奮とかしてたら危ない奴だ。ていうか雫の奴暴走しなかっただろうな。確認しなかったけど。
「別に俺が一緒に入ってもいいじゃんなぁ」
いいわけないけど。あまりにもなんか虚しくなったからついつい口に出た。
まっ。気持ち良いからいいけど。これから一週間、毎日この風呂に入れるかと思うと、テンション上がるな。一日の疲れが吹っ飛ぶ。
……。
……。
……。
……。
……うおっ!? あっぶね。寝そうになった。風呂場で眠くなるのはちょっと危ないって聞いたことがある。そろそろあがるか。
「葉介!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
湯舟から出た瞬間、レナが風呂場の引き戸を勢いよく開けてきた。反射的に俺は悲鳴をあげる。
逆っ!? これ立場逆でしょ! 普通女の子が悲鳴でしょ!
「レ、レレレレレ……レナ?」
慌てて湯舟に体を戻して、なんとなく股をきゅっとする。そんな俺を、レナはきょとんと見つめてる。
「あれ? どうしたんですか?」
「……ノックするか声をかけてください」
いくら男とはいえ、いきなり女の子に入ってこられたら困るぞ。
「あ、ごめんなさい~。忘れちゃいました」
「まぁいいけど……んで、どうした?」
おもいっきり勢いよく入ってきたからにはなにか用があったんだろう。
「ゲーム! 雫がゲームをやろうって言ってるので、早く出て来てください!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!? レナ! 引っ張らないでぇぇぇぇぇ!?」
無理やり湯舟から引っ張り出される俺。やめて!? 大事な所が見えちゃう!? 股をきゅってした後だからちょっと不味いってばぁぁぁぁ!?
☆★☆★☆★
「……って、なにそれ?」
レナに急かされながら風呂からあがって大広間に行くと、リビングスペースのテーブルになにやら大きなボードゲームらしきものが置かれている。
「人生ゲームUSPDXよ」
「……なんだ。人生ゲームか」
でっかいな。大きなテーブルいっぱい使ってんじゃん。ていうかネーミングが無駄に豪華。
人生ゲームって、最近はテレビゲームが当たり前だから、こんなボードゲームは珍しい。ていうか……。
「お前、よくこんなでかいの持ってきたな」
「折りたたむと小さくなるのよ。見なさい。ルーレットだって小型タイプよ」
ドヤ顔すんなよ。それでも荷物大きかっただろうが。俺に持たせたろうが。
それにしても人生ゲームかよ。こういうお泊りでは定番っちゃ定番だけど、初日からやるかね。まぁレナがすっごい乗り気だからいいけどさ。
「人生ゲーム……お兄ちゃん、ウチにもあるよね?」
「普通のやつならあったかもしれないけど……これはずいぶんと違うな」
人生ゲームはいろいろタイプがあるけど、雫が持ってきたタイプを俺は見たことない。そもそも人生ゲームに詳しくないけど。タイプによってルールがいろいろ変わるんだよな。確か。テレビゲームもシリーズでルール変わるし。
「これはボードゲームは人生ゲーム最強よ」
「……最強とかよくわかんねぇから」
まぁ所詮は人生ゲームだろ? 俺はこういうゲームはけっこう強い。運も味方に付ける。やるからには本気でやるぞ。
「……私もやらないと駄目か?」
「駄目~」
念のため、そういう感じで尋ねたサンに、雫は当たり前のように言う。まぁ一人だけ見てるとか、それもどうかと思うしな。空気を読んだからこそ、サンは聞いたんだろう。
飲み物とお菓子を用意して、いざ、ゲームスタート。並び順は雫。瑠璃。俺。レナ。サンの時計回り。
「レナとサンにわかるようにルール説明しろよ」
「わかってるわよ。それよりも! 景品を付けましょうか」
「……景品?」
別にそんなのいらないと思うけど。大体、なにを景品にしようって言うんだよ。
「一位で上がった人に、みんなからのチューをプレゼント! ただし、チューする側は葉介を外します!」
とんでもないこと言い出したよこの人。
「ギャルゲーの展開みたいなこと言うんじゃねぇよ。ていうか、俺を外すってなに?」
「あんたにチューとかされて嬉しい人いないでしょ」
ストレートに言いやがって。泣くぞ。この野郎。
「え……えぇっ!?」
瑠璃はやっと景品の意味を理解したらしく、顔を真っ赤にして慌てふためく。
「チューするんですか? 私は別にいいですよ~」
「……やはり、私は見ていていいか?」
「あぁ~ん。じゃあサンもする側から外してあげるから~。一緒にやりましょうよぉ」
「……されるのも嫌だが」
なるほど。これは雫にとって得しかない景品ってことか。
雫が勝てば、レナと瑠璃からチュー。レナ。瑠璃。サンが勝てば雫がチュー。どっちに転んでも、雫は良い思いしかしない。考えやがったな。
しかし、一つ計算違いがあるぞ。
「つまり、俺が勝てば俺もチューしてもらえるってことだな」
俺が勝った場合のみ、雫はなにも得られない。ただ、俺にチューするだけだ。
「あんただけは潰すわ。全力で」
「おい。人生ゲームだぞ」
人生ゲームは確かに他人の足を引っ張ることもできるけど、基本はルーレット次第だ。あとはまぁその場の判断とかに左右されるけど。つまり、俺が勝つ可能性なんてのは充分にある。
「お、お兄ちゃんにチューするの?」
「……瑠璃。そんなに嫌そうな顔するとお兄ちゃん傷つくぞ」
「ち、違うよ! 嫌なんじゃなくて……えっと……」
瑠璃がなんかまごまごしてる。まぁ女の子にとってチューなんて軽々しくしたくないのかもしれないけど、仕方ない。雫が決めたことだ。
「私は葉介なら全然チューしますよ~」
「駄目よ。レナの唇は私のものよ」
「……一応確認するけど、口じゃなくてほっぺだよな?」
さすがに、そこまではいきすぎだ。ほっぺで妥協しろ。
気を取り直して、ゲーム開始。何気に景品で俺もやる気出てきた。
予め、男か女かだけを選択する。それによって、止まったマスで進み方が変わるときがある。所持金は最初は一万円から。最終的に、一番所持金が多かった奴が勝ちだ。
「ん? これ小学生から始めるのか?」
種類によって始まる年齢が違った気がする。ウチにあったのは赤ちゃんからスタートだったと思ったな。小学生ってのを考えると、最初の所持金が一万円って贅沢だな。
「USPDXは無駄を省いてるのよ。赤ちゃん時代とか時間の無駄でしょ」
「……まぁそうだけど」
物心ついてない頃なんかゲームで再現する必要は確かにないんだが。
「じゃあ私からね」
雫がルーレットを回す。カラカラ回って針が示したのは5。
「それはなんですか?」
「これを回して、出た数だけ自分の駒を進めるのよ」
ルーレットは最高の数が10。でも最初はあんまり大きな数は出しても意味がない。一定数以上は必ず定位置で停止だからな。
「やった! 名門小学校に入学よ!」
「名門とか意味あんの?」
「将来に関係するのよ。最初に名門小学校に入れれば、エスカレーター式でポンポン進学できるんだから」
そんなシステム、ウチの人生ゲームにあったかな? なにせ歴代でルールがコロコロ変わるからわからない。まぁとにかく、入学する学校が重要ってことか。
「えいっ」
瑠璃が掛け声だけは勢いよく、でもルーレットは止まりそうなぐらいゆっくりと、なんとも比例しない。出た数は3。
「……お嬢様学校?」
瑠璃が頭に?を浮かべる。俺もわからない。お嬢様学校?
「可愛いお嬢様限定の学校よ。瑠璃ちゃんにぴったりだわ!」
「……学校何種類あるんだよ」
よく見ると、最初の入学マスだけで男女別に8マスある。それぞれにいろんな学校が書いてあるし……小学校だけでこんなに選択しあるのかよ。
「学校によって将来就ける職業変わるから重要よ」
「よし。だったら俺も良い学校に行ってやる」
次は俺の番だ。ルーレットを勢いよく回す。こういうのって勢いは関係ないんだけど、なんか勢いよく回したくなる。
出た数は……1。
止まったマスは……平凡な普通のなんてことない小学校。
「……なんでやねん!」
「あうっ」
瑠璃の頭を軽く小突いてつっこみを入れる。
なんで? なんで1なの? なんで1マス目は普通の小学校なの?
「葉介にぴったりね。平凡な普通の学校」
「うぐぐ……」
「ていうかよくも瑠璃ちゃんを叩いたわね。後で一撃入れるから覚えてなさいよ」
え? 叩いてないよ? 軽くぺしっとやっただけだよ? 俺はその何十倍の一撃をもらわなきゃいけないんだ?
「私の番ですね!」
レナの番。ルーレットを俺よりも勢いよく回す。プロペラみたいに回って、出た数は10。まぁ8マスしかないから、8で止まるんだけど。
「なんて書いてあるんですか? これ」
「えーっと……私立小学校。名門までとはいかないけど、充分良い学校だな」
「葉介と同じ学校がいいです!」
「いやいや。これはゲームだから……」
ちょっとまて。これじゃ俺だけ普通の学校じゃないか。俺だけスタートダッシュ失敗とか悲しいぞ。出だしから躓いてんじゃん。
「……」
と、思ったら……サンも1を出した。俺と同じ普通の小学校だ。
「さすがサン。俺は信じてた。さぁ一緒に底辺から這い上がってやろうぜ」
「あんたとサンじゃ同じ学校でも人間としての価値が段違いなのよ」
ゲ、ゲームだよね? これ。人間としての価値ってなんだよ。
最初の入学マスが終わって、軽く小学校生活のマス。とは言っても小学生時代はお小遣いしか収入がないから、そんなにお金は増えない。将来のために、経験値を積む感じだ。
そして中学、高校と進学していく。高校になればバイトのマスがあってお金も増やしやすい。雫は名門学校をエスカレーター式でポンポン。瑠璃はお嬢様学校を同じくエスカレーター式。レナは私立の学校を同じくエスカレーター式。ていうか、おい。中学と高校の進学でルーレット回したの俺とサンだけじゃん。こっちはバイトのマスに止まらないとあんまりお金増えないのに、エスカレーター式組はお小遣いが高額だから資金がポンポン増える。ここですでに人生の格差が生まれ始めている。
「この人生ゲーム。普通のより格差酷くね?」
最初の小学校マスだけで、こんなに差が生まれるとかね。ちょっとバランスが酷くないですかね。
「だから面白いんじゃないの」
「格差の上に居ればな」
「後半で他人の足を引っ張ったりできるからまだわからないわよ」
まぁ確かに、まだまだこれからだ。いよいよ就職マスだしな。人生ゲームの本番だ。資金をバンバン増やしていける。
「私は名門コースまっしぐらだから、良い職業に就けるのよね~」
卒業した学校によって、進むマスが違うらしい。雫は大学まで名門エスカレーターだから、就ける職業は色とりどり。しかもどれも高収入。うぐぐ……やっぱり、小学校マスでほとんど決まったようなもんじゃねぇか。
「やった! 大手企業に即戦力として入社! どんどん稼ぐわよ!」
雫が止まったのは、大金を安定してもらえる大手企業に入社のマス。俺にはどうやっても行けないマスだ。このままの職でも、ぶっちゃけ最後までめっちゃ稼げそうだ。
「……え?」
瑠璃がルーレットを回して、止まったマスを見てなぜかあわあわと慌て始めた。一体なんの職業に止まったんだ?
「……モデル?」
瑠璃が止まったのは、モデルにスカウトされてモデルになる、のマス。お嬢様学校コースにだけ存在するマスだ。大手企業に比べると安定してるわけじゃないけど、一度に入る金額が大きいみたいだ。これもめっちゃ稼げる職業なのに、なんで慌ててるんだ?
「なにを慌ててるんだ?」
「わ、私……モデルなんて無理だよぉ……」
「いや。別に瑠璃が本当になるわけじゃないからな。ゲームだぞ」
「……あ、そ、そっか」
現実とゲームをごっちゃにしたらしい。顔をめっちゃ赤くしてる。
まぁ瑠璃なら現実でもモデルいけそうだけど……スタイルはあれだけど、まぁそれも一つの個性として。
「瑠璃ちゃんがモデルやるなら、私はカメラマンになるわ」
「お前は大手企業の即戦力だろうが」
お前も現実とゲームをごっちゃにするんじゃねぇよ。
さて……俺の番だ。平凡普通の学校を進学してきた俺だけど、普通には普通なりに、良い職業があるはずだ! 下から這い上がってこその人生! 落ちこぼれだって頑張ればエリートを超えることがあるんだよ!
「とりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「お、お兄ちゃん。ルーレット壊れちゃうよ……」
勢いよくぶん回したルーレット。カラカラカラカラカラ! と壊れそうな音をたてながら、ルーレットが示した数は10。
おぉ! ここに来てマックスの10が出た! 大体が大きな数で進めたマスに良い職業があるからな! これは期待できるぞ! さぁさぁ……俺が就けるのはどんな職業かなぁ。
『就職に失敗。フリーターになる』
……。
「なんでやねん!」
「あうっ」
瑠璃の頭を軽く小突いてつっこみを入れる。
なんで!? なんで10で行けるマスがフリーターなんだよ!
「馬鹿ね。10でしか行けないフリーターのマスに止まるなんて」
「うぐぐぐ……」
ぐうの音も出ない。俺はどれだけどん底人生を送ればいいんだよ。
「まるであんたの将来みたいね」
「やめろ!? 俺は家の警備なんてやらないぞ!」
「ニートなんて言ってないけど?」
ちくしょう……もうちょっと未来ある職業に就きたかった。フリーターとかこの先逆転できる展開あるの? 人生の転機は訪れるの? 泣きたい。
「私ですね!」
心で泣いている俺を他所に、レナがルーレットを回す。私立小学校からエスカレーターのレナが進むマスも、かなり良い職業がある。その中で、レナが止まったのは、
「……こえ……やさしい?」
レナは読めてないけど、声優。意外な職業だった。
「え? 声優って俺たちのコースにもなかったか?」
「同じ声優でも少し違うわよ。実力のある声優としてデビューって書いてあるでしょ。あんたのコースにあるのは声優に憧れて声優になった駆け出しの実力無しよ」
ひっでぇ格差。同じ職業でそんなに違うのかよ。
「せいゆうってなんですか?」
「アニメの声を入れる人だよ」
「アニメの声ですか! じゃあパプリルの声も入れられますかね!」
だから現実とゲームをごっちゃにしないでください。ちなみにパプリルってのは、レナの好きな『星魔法少女パプリル』ってアニメの主人公だ。
「声優は毎回ルーレットを回して出た数によってもらえる給料が変わるのよ。レナは実力のある声優だから、大きな数を出せばかなりの高収入よ」
結局、レナも勝ち組コースってことか。
でもそれもここまでだ。次のサンは俺と同じ、普通コースだからな。
「……」
サンが止まったマス。それは……。
『実力のある漫画家として新人賞獲得。その後、一山当てる』
ずいぶんと詳しく書かれたマスだな。おい。就職してすぐに一山当てるって……。
「すごいわサン! 普通コースで最高収入の職業よ!」
「ん……? そうなのか?」
サンはよくわかってないみたいだけど、漫画家で一山当てただけあって、毎回入ってくる資金が半端ない。完全な勝ち組だ。俺と同じ普通コースだったのに。ここで完全に格差が開いた。
「あの……ちょっといいでしょうか?」
「なによ」
「俺だけ酷すぎるからもう一回職業選び直していい?」
「駄目」
けっきょく、俺はフリーターとして生きていくしかないようだ。
うぐぐ……このままじゃチューの権利が……。
☆★☆★☆★
人生ゲームも後半戦。現在の順位は……。
一位。サン。二位。雫。三位。レナ。僅差で四位。瑠璃。
そしてぶっちぎりに離されて……俺が最下位。
フリーター。思ったより酷い。全く資金が入ってこない。現実だったらとっくにのたれ死んでる。
「このままじゃサンが一位か~。頑張らないといけないわね」
お前はどっちでもいいんだろうが。言葉と裏腹に顔がにやけてるぞ。サンが勝ってもお前はサンにチューできるからいいんだろうが。
「あ、またお金が入ってきましたよ~」
声優のレナはルーレットで大きな数を出し続けて、二位の雫に迫る勢いだ。瑠璃も大人気モデルとしてどんどん高収入でレナと僅差。正直、順位がいつ入れ替わってもおかしくない。
俺以外はな……。
「お、お兄ちゃん?」
俺の負のオーラを感じ取ったのか、瑠璃がおずおずと顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫?」
「同情するなら金をくれ」
「見苦しいわよ」
くっそぉ! このままじゃ終わらないぞ! 俺はさっきから狙ってるマスがあるんだ。今の俺には失う物はなにもない! どんな博打にだって手を出せるんだ!
そして……俺の番。ついに、狙ってたマスに止まった。
「よっしゃぁ! 宝くじを購入マスに止まったぁ!」
宝くじ購入マスに止まると、持ってる資金を好きなだけ賭けて、ルーレットで宣言した数を順番に三連続で出せば、宝くじにあたって資金が馬鹿みたいに入ってくるんだ。賭けた資金が大きければ大きいほど、入ってくる資金は大きくなる。
「あんた馬鹿? そんなの当たるわけないじゃないのよ」
「もう俺にはこれしか勝つ手段がない! もちろん、全賭けだ!」
俺は持ってるなけなしの資金を全部賭けた。
人生なんてギャンブルみたいなもんなんだよ!(ギャンブルやったことないけど) 生きるか死ぬか。全てはこのルーレット次第!
「6! 2! 2!」
数を宣言。622。レナの神子だったころの識別番号だ。
行くぜ! 俺はこのルーレットを当てて……人生ゲームの神になる!
『一回目。6』
『二回目。2』
『三回目。2』
「……」
当たっちまった。
俺はもちろん、雫と瑠璃もびっくり仰天。レナとサンはあんまり意味がわかってないみたいだけど。宝くじが当たった俺は……資金が一気に膨れ上がった。
「……(ドヤァ)」
「殴っていい?」
やめて。ごめんなさい。今のドヤ顔は俺も無いと思ったよ。
でもこれで……。
「おぉっしゃぁぁぁぁ!」
俺がダントツの一位になった。
まさに一発逆転だ。フリーターからまさかの転機。人生、どこでなにが起こるかわからない。現実だったらどれだけよかったか。
「あんただけは……あんただけは絶対に一位にさせない……」
「……目が怖いっての」
殺るって目になってるから。いざとなったらマジで殺られそう。
「あれ? 葉介が一番になったんですか?」
「うん。みんなチューの準備しておいてくれ」
やばい。調子に乗ってるぞ俺。でも実際このまま行けば俺の勝ちはほぼ間違いない。人生ゲームも後半戦だし。増やせる資金にも限界がある。
「お、お兄ちゃんにチューするの?」
「……瑠璃。二回目はお兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「べ、別に嫌とかじゃなくて……」
まぁ無理やりさせるのも気が引けるから、本気で嫌なら勘弁してあげるけどさ。
「させないわ。ここからラストまで、他人の足を引っ張るコースが出てくるのよ。そこであんたを潰す」
そういやそんなこと言ってたな。まぁでも、これだけ資金に差があったら、いくら足を引っ張ってもそうそう負けはないと思うぞ。
「どうぞどうぞ。どんどん足を引っ張ってください」
「財産の50%を奪うってのもあるからね」
「どうぞどうぞ……って、なんだと!?」
どんな略奪? 人生にそんな展開あるか? 普通。
50%も奪われたらさすがに逆転しちまうぞ。この人生ゲーム、バランスが激しすぎる。俺のドヤ顔は一気に崩れ落ちた。
「みんなで葉介を集中攻撃するわよ!」
「やめて!? 慈悲を! 俺に慈悲の愛を!」
「あるわけないでしょそんなの」
いやあぁぁぁぁぁ!? 俺の天下がぁ! すぐに終わろうとしてるぅぅぅ!
☆★☆★☆★
後半戦は他人の資金を奪ったりするマスが多くなったから、かなりの激戦だった。こんな激動の人生はリアルでは絶対にない。ゲームだからこそだ。ていうかまぁ……主に攻撃くらったのは俺だけど。
いやだってね。雫がね。他のみんなに攻撃対象を俺にするように言うんだもん。みんなそれに従っちゃうんだもん。とくに、あんまりわかってないレナとサンが。リアルに俺、サンに財産の50%取られたんだぞ。
んでもって、その結果、今の順位は……。
一位。サン。二位。雫。三位。俺。四位。レナ。最下位。瑠璃。レナと瑠璃は僅差だけど。
俺から財産の50%を奪ったサンが、現在のトップ。と言っても、雫も僅差。俺もそこまで離されてない。もうすぐゴールだ。逆転するなら……ここで仕掛けるしかない!
「俺はもう一回宝くじを買うぞ!」
宝くじに当たった奴の特権。好きなときに、もう一回だけ宝くじを買えるんだ。俺が逆転するには……もう一回、宝くじを当てるしかない!
「二度と奇跡は起きないわよ」
「言ってろ。奇跡は起きるのを待つんじゃない……起こすもんなんだよ!」
現在の俺の資金を全賭けすれば、ダントツのトップになれるはず。一位じゃなきゃ意味ないんだよ! 二位も三位も最下位も同じだ!
「5! 1! 3!」
「おい。それは私の識別番号だろう」
つっこまれた。別にいいじゃん。さっきはレナの番号で当たったから、今度はサンの番号で勝負だ!
ルーレットが示した数は……。
一回目。5。
二回目。1。
「……おぉ」
「き、奇跡は起きないわよ」
雫の声がさっきより引き攣ってる。奇跡が起こる可能性が大きくなったからだ。
というかさすがに俺も心臓がバクバクだ。ゲームだってのに、なんだこの緊張感は……。
……お、落ち着け……あと一回……あと一回で3を出せば……。
「うるさいなぁ……」
俺が深呼吸で心を落ち着けていると、どこからともなく、不機嫌そうな声が聞こえた。こ、この声は……。
「寝られないじゃないかぁ!?」
テーブルの下から黒い綿菓子。じゃない。黒猫が飛び出してきた。
カールの奴。沖縄に着いてから見ないと思ったら……いつのまにこんなところで寝てやがったんだ(飛行機ではぬいぐるみのフリをしてました。その後、疲れたと言ってレナの鞄でずっと寝てた)。
ていうか、ぎゃあ!? おいコラ! 人生ゲームのボードの上で暴れるんじゃねぇよ!
「カ、カール! 駄目ですよ!」
「ぎゃわん!」
レナがカールの尻尾を掴んでテーブルから引きずり下ろした衝撃で、さらにボードがめちゃくちゃになった。それはもうぐちゃぐちゃ。札が吹っ飛んで、それぞれの所持資金がわからなくなるほど。
「あーあ……これじゃ、誰がどのぐらい勝ってたかわからないわね」
「まて。俺はルーレットで3を出せば確実に一位になれる場面だったぞ」
「無効よ。そんなの」
俺の起こしそうだった奇跡をそんな簡単に無効にしないでください。
この黒猫野郎……こいつのせいで、俺の一位の座が……。
「ごめんなさい……カールのせいで」
「僕がなにをしたって言うんだよ!」
「うるさい黙れ。もっと寝てろ黒猫野郎」
「ぎゃわん!」
騒ぐカールをテーブルの下に掴んで投げる。もう起きなくていいぞ。永遠に寝てろ。このまま沖縄に置いて行ってやる。食っちゃ寝神族め。こいつ、レナが戻ってきてからずっとこんなんじゃねぇかよ。
「仕方ないわね。勝負はおあずけってことにしましょうか」
「お前、ちょっと嬉しそうじゃねぇかよ」
「葉介が一位になるほど屈辱なことはないもん」
お前にとって、俺はなんなんだよ。そんなに目の敵にしなくていいだろ。
うぐぐ……悔しい。もう少しで一位になれたかもしれないのに。チューの権利が……。
「あ~あ。チューはおあずけか~。残念ねー」
「あ、それなら……チューしたい人にするのはどうですか?」
さらっと、レナがとんでもないことを言い出した。
「……どういうこと?」
「結果がわからなくなっちゃったんで、早い物勝ちです! チューしたい人にするんです!」
いいのかそれ?
いやまてまて……それって、したい人にしていいってことだよな? 自分から進んで俺にチューしたい奴なんて、この中に……。
「葉介~」
と、思ってたら、レナが俺に駆け寄ってきた。
え? マジで? これは確実に、俺にチューしてくれるってことでOK? めっちゃ笑顔のレナは嫌そうになんて見えない。むしろチューしたい。そんな感じ。だったら俺は決まっている。
カモン! レナ! さぁ! 俺の胸の中に――。
「レナはいただいたわ!」
「きゃあっ!?」
横から雫がレナを奪い去って行った。風のように素早く。
むなしく、両手を広げてた俺は固まった。
「し、雫?」
「したい人にしていいんでしょ? ならレナに一番乗りは私よ~」
「あ、あの……きゃあっ!」
自主規制。雫がレナを襲ってます。大丈夫。ほっぺにチューしまくってるだけだから。
……羨ましい。
「……」
肩を落とす俺の隣で、瑠璃がなぜかもじもじしてる。俺の顔をちらちらと見て、なにかを遠慮してるみたいだ。視線がくすぐったい。
「どした?」
「……えっと……その……」
瑠璃ははっきりと答えない。顔を赤くして下を向いてしまった。
「天坂葉介。お前にキスがしたいんじゃないのか?」
「!!??##%」
ドストレートなサンの発言に、瑠璃が声にならない悲鳴をあげた。サンの口を慌てて押さえてる。もう遅いけど。完全に聞こえたけど。
え? なに? 俺にチューしたいの? レナといい、俺けっこうモテモテ? いいのかな。妹にそんなことさせて。いやでもしかし、したいというのなら俺は拒否なんてするはずない。
「なんだ。それなら遠慮しないでそう言えばよかったのに。さぁドンと来い」
「え、えっと……あう……」
恥ずかしいのか。妹ながら可愛い奴め。仕方ない。ここは俺から……。
「次は瑠璃ちゃんよぉぉぉぉ!」
「きゃあっ!?」
横から雫が瑠璃を奪い去って行った。疾風のようにめっちゃ素早く。
むなしく、両手を広げてた俺は固まった。
……うん。
この獣が居る限り、俺がチューにありつけることはないな。ぽつんと残された俺とサン。
「……もう時間も遅い。寝ないのか?」
「そうだな……寝るか。明日は海に行くんだし。ていうかサン。逃げないとお前も餌食になるぞ」
「……部屋に行っている」
身の危険を感じたサンは、一足先に部屋に戻って行った。賢明な判断だ。
……俺も部屋に逃げるか。と思ったけど……このまま放置しておいていいものか。どうしよう。えぇっと……俺はどうするべき? 誰か教えてください。
……助けてやるか。純粋に、レナと瑠璃が心配だ。
「雫。そのへんでそろそろ……」
「あ? なによ。私の至福の時間を邪魔するなら沖縄の海に沈めるわよ」
リアルで怖い。海すぐそこだし。
その後、レナと瑠璃を救出するために、俺は雫の鉄拳を数発食らうはめになった。




