story3「花火」
「……あの黒猫どこ行ったんだ?」
休憩所にレナが鞄を忘れて、慌てて取りに行ったんだけど、中で寝てるはずのカールが消えてたんだ。目を覚まして、一人でどっかに行っちまったらしい。雫とサンは鯛焼き買いに行ったまま連絡来ないし……どうしたもんか。
「仕方ない。黒猫は諦めよう」
「駄目だよ! お兄ちゃん!」
怒られた。まぁ冗談だけどさ。
雫にはメールしておくとして……えぇっと、どうするか。猫なんてそこらじゅうに居るから、黒猫一匹見つけるのはなかなか骨だぞ。
「カール……」
なにより、レナが本気で心配してる。自分が鞄を忘れたせいだから、少し罪悪感を感じてるみたいだ。
仕方ねぇな……カールのためじゃなくて、レナのために見つけてやらないと。
「ヨーグルトでも買っておびき出すか。食い意地はって出てくんだろ」
「カールちゃん。そんなに頭悪くないと思うけど……」
所詮猫だろ? それで出てきそうだけど。
ていうか……あれでも使い神のくせに、迷子になんかなるなよ。これじゃマジでただの猫と一緒じゃねぇか。
「葉介……カール、怪我とかしてないでしょうか?」
「……大丈夫だって。そんな心配しないでも、ケロっと戻ってくるって」
レナに心配させやがって……見つけたら説教してやんねぇとな。
迷子センターでも行ってみるか。猫を探してくれるかどうかわからないけど。なんて、考えていたときだった。
「なにするんだよ!」
叫び声が、商店街の裏路地から聞こえた。
雑踏に紛れてるから、周りにはあんまり聞こえてないみたいだけど、俺たちにははっきり聞こえた。というのも……聞き覚えのある声だったからだ。
「今の声……」
「カール!」
レナが一足先に、裏路地へと走って行った。俺と瑠璃も後を追う。
裏路地は飲食店とかの裏側だから、狭いし、人はほとんど通らない。そういえば……レナと再会したとき、この裏路地で不良に絡まれたんだよな。なんか嫌な予感……。
「放せってば!」
「おいおい……喋る猫だぜ。テレビに売り込めば金になるんじゃねぇか?」
「やったな! これでしばらく遊ぶ金に困らなそうだぜ!」
嫌な予感的中。
裏路地に行くと、二人のいかにも不良スタイルの男たちに、カールが摘み上げられてた。引っ掻こうと手足を動かしてるけど、悲しいかな、リーチが全然足りてない。
「カ、カールちゃん……」
「あいつ……人前で喋りやがったな。あれほど喋るなって言ったのに」
喋る猫なんて、普通の奴が見れば珍しいどころの話じゃないからな。あいつらの反応も当然だ。だからカールには人前で喋るな翼は出すなって言ってあったのに。
「カール!」
あっ!? レナが男たちに突っ込んで、カールをガシッと抱きしめて引き剥がそうとする。む、無茶だって……こういう奴ら相手に……。レナはカールを取り戻すことしか見えてない。
「あぁ? なんだこいつ?」
「レナ! 助けてぇ!」
「カールを返してください!」
「この猫、嬢ちゃんのか? へへ……返してほしいか?」
気持ち悪い笑みを浮かべて、男がレナの腕を掴んだ。
「嬢ちゃん可愛いじゃねぇか。この猫返してほしかったら、俺たちに付き合いな」
「え……え?」
「そりゃいいな。そうすりゃこの猫は返してやるよ」
ああもう! この町にはろくな不良がいねぇな!
カールなら見捨てようって考えもあったけど、レナに手を出されたら黙ってられない。俺はポケットの中にあったある物を取り出す。
「レナ! 瑠璃! 目をつむれ!」
「「え?」」
二人が目をつむったのを確認してから、俺は手に握りしめた物を男たちの足元へ投げつけた。
「ぎゃあっ!?」
勢いよく破裂した数個の玉は、発光して周囲を照らす。
さっき射的の景品で取った発光玉だ。おもちゃだけど、何個か一気にまとめて投げつけると(コツがいる)発光が大きくなるんだ。それでしばらく目が使い物にならなくなる。注意書きに、一個ずつ使ってくださいって書いてあるけど、そんなの知りませーん。良い子は真似すんなよ!
「よし! 今だ!」
男が目を押さえてもがいてる間に、レナとカールを男から引き剥がして、その場から逃げる! 全力で! だって俺じゃ絶対敵わないもん。二人相手じゃ。
けど、レナとカールを引き剥がしたところで、俺の作戦は早くも頓挫した。
「まてや。ガキ」
あ。こっちの男……サングラスしてやがった。目くらましが役に立ってない。そういえば、悲鳴が一人分しか聞こえなかったな。う、迂闊だった……。
「舐めたことしてくれたな……こりゃあ慰謝料の一つでも貰わないと収まらないってことはわかるな?」
わ、わかりませんけど……所詮おもちゃの発光玉だから、ちょっとすれば回復しますけど……慰謝料? 千円ぐらいでいいですか?
なんて冗談考えてる場合じゃない。えぇっと……仕方ない! ここは……。
「レナ! 瑠璃! 先に逃げろ!」
「え? でも、葉介!」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だって! 俺も後で追いかけるから! 早く行け!」
最初は躊躇してた二人だけど、俺の鬼気迫る叫びに、やっと裏路地から逃げて行った。
よし……とりあえず、これでレナと瑠璃は大丈夫だ。自分の身だけ心配すればいいから、俺が動きやすくなる。
「あ、この野郎……」
あ、やべ。レナたちを追いかけようと、男が俺の横をすり抜けて行った。
行かせるかぁ! ポケットにあったおもちゃの景品を取り出して構える。
「ていっ!」
「ぎゃあっ!?」
ボール当ての景品で取ったパチンコ。素早く玉をセットして、後ろから後頭部を一撃。パチンコとかいまどきの子供やらないだろとか思って馬鹿にしてたけど……おぉ、プラスチックの玉はそれなりに痛いらしい。思ったよりも男は大きな悲鳴をあげた。
「て、てめぇ……」
完全に、男のターゲットが俺に移った。狙い通りだけど、めっちゃ怖い。
もう一発パチンコで狙うか? と思ったけど、げ……これ、玉一発しか付いてないじゃん。やっぱり子供のおもちゃだな。くそ!
男の怒りは頂点に達してる。顔が真っ赤だ。とりあえず、後ずさって距離を取る。それしかできない。
口をパクパクさせて、男がなにを言い出すかと思ったら。
「そういうおもちゃは人に向けちゃいけませんってお母さんに教わらなかったのかぁ!?」
え~……お母さんのいうことなんか絶対聞かないような容姿のくせにぃ。
俺の後ろは行き止まり。商店街に戻るには、男が立ちふさがる道をなんとか抜けないといけない。
どどどど、どうしよう……他にも手持ちのおもちゃがある。これでなんとか切り抜けられないかな?
めっちゃ怖いよぉ。逃げたいよぉ。逃げられないから困ってんだけどさぁ。
☆★☆★☆★
「全く……葉介の奴、向こうからメールしたくせに、全然返信してこないじゃないのよ」
鯛焼きを大量に抱えながら、雫とサンは人混みの中、葉介たちを探していた。祭り会場ではぐれれば、合流するのはなかなか困難だ。目を凝らしても、人はみんな同じに見えてしまう。
「……私が空から探すか?」
「う~ん……目立っちゃうから駄目かなぁ? まぁ私は別にこのままサンと二人きりでもいいけどね。どうせならレナと瑠璃ちゃんも居れば最高なんだけど……って、あれ?」
噂をすれば、人混みの中を、人にぶつからないように必死に走ってくる、レナと瑠璃の姿が見えた。思わず笑顔全開になる雫。
「レナ~! 瑠璃ちゃ~ん!」
自分の願望が叶ったことに興奮しながら、雫は二人に駆け寄った。しかし、その顔を見て、なにかあったことを悟る。二人とも、酷く焦ったような、怖がっているような顔をしているのだ。
「ど、どうしたの?」
「た、大変です……よ、葉介が……」
全力で走ってきたレナと瑠璃は、うまく言葉を出せないでいた。荒く呼吸をするレナを、サンが優しく促し、背中をさすってあげる。
「落ち着け。落ち着いて話せ。なにがあった?」
「よ、葉介が……葉介が!」
☆★☆★☆★
やばい。いよいよやばい。手持ちのおもちゃが無くなった。おもちゃとトークでなんとかしのいでたけど、それもできなくなった。超やばい。
「てめぇ……さっきからどうでもいいことをべらべらと……」
「ああうんまぁ……どうでもいいことを言ってたのは否定しないけど、つまり俺が言いたいのは暴力はいけないよってことで。俺も手持ちのネタが無くなったからそろそろ逃げていいですか?」
「駄目に決まってんだろうがぁ!」
ですよねー。これで逃がしてくれたら苦労ないですよねー。
って、呑気に考えてる場合じゃない! 鉄拳食らう! もう殴るモーションに入ってるよこの人! 痛いの嫌だぁ!
「死ねコラァ!」
死ねなんて人に簡単に言ったらいけないってお母さんに教わらなかった!?
振りかぶった男の右拳。数秒後にくるであろう衝撃と痛みを覚悟して、俺は目をつむった。
「……あれ?」
でも、予想してた衝撃も痛みもこなかった。恐る恐る、目を開けると。
「あ」
男の拳をいなしながら足を蹴ってバランスを崩させて、その巨体を地面に投げるサンの姿が映った。小柄なサンが自分の倍近くある体格の男を投げる姿は、驚きを通り越して、なんか滑稽だった。背中から落ちた男は「うごっ!?」と息が止まったような声を出してピクピクしてる。
「!?」
さらに、そこへ追撃の一撃。それを放ったのはサンじゃなくて、雫。
男の顔面……じゃなくて、そのすぐ横の地面を拳でドン! 地面……ヒビ入ったんじゃないか? バキッ! て音したぞ。
「レナと瑠璃ちゃんを不安にさせた輩はあんたかしら(ニッコリ)」
「ひえっ……」
雫の死神スマイルに、男は完全にびびってる。戦意喪失ってこのことだな。へたすりゃちびってるんじゃないか。そして相変わらず、俺なんかどうでもいいんですね。ちくしょう。
「葉介!」
「お兄ちゃん!」
レナと瑠璃が駆け寄ってきた。なるほど二人がサンと雫を呼んできてくれたのか。おかげで助かった。
「し、死ぬかと思った」
これマジで。あのまま殴られたら俺やばかったって絶対。病み上がりだし。今度こそ天使のお迎えが来たかもしれない。
「全く、情けない人だね」
「……てめぇ。誰のせいでこうなったと思ってやがる?」
もとはと言えばお前が眠りこけて迷子になったからだぞ。この黒猫。人前で喋るなってあれほど言ったのに。やっぱり放っておけばよかった。レナだけ助けて逃げればよかった。こいつを囮にして。
「……相変わらず、お前は自分のことを考えないな」
サンが呆れたように俺を見てる。うぐぐ……確かにそうだけどさ! 自分より他人の涙が気になっちゃう駄目ってよく言われるけどさ!
「仕方ない。その馬鹿さが俺の性分」
レナと瑠璃だけ逃がせれば、俺としては満足。自分がどうなるかより、レナと瑠璃になにかあったほうが百倍嫌だし。結果として、俺も助かったわけだし。結果オーライ。
「本当に……お前は馬鹿だな」
「うぐ……」
はっきりと言われると傷つくぞ。馬鹿だけど……それは俺なりの考えがあって……。
「……」
言葉とは裏腹に、サンの目は優しかった。優しく俺のことを見てる。思わずドキッとしたりする。
……もしかして見直されてる?
ちょ、ちょっと照れるぞ……サンにそんな目で見られると。
視線がくすぐったくて、誤魔化すように俺はポケットにあるおもちゃの残骸をゴミ捨て場に投げた。あーあ……あの男にぶっ壊されたから。ほとんど使い物にならない。まぁ別に取るのが楽しいだけだからいいんだけどさ。
「……あ」
ポケットに入ってた、一枚の封筒。
入れっぱなしだったのか。リゾートチケットの封筒。あぶね。落としでもしたら最悪だったぞ。
中身を確認すると、ちゃんと五枚ある。うん。大丈夫だ。
あ、そういや……サンにリゾートのこと話すの忘れてたな。祭りを純粋に楽しみすぎて。このタイミングで言うのもあれだけど、誘ってみよう。
「サン」
「なんだ?」
「リゾートに興味ない?」
「……?」
あ、よくわかってない。えぇっと……わかりやすく説明すると、なんて言えばいいのかな。
言葉を選んで、サンに今回の旅行のことを説明した。その結果。
「行かん」
予想通りの答えだな。
「いちおう理由を聞いてもいい?」
「私は神子だ。そんな娯楽に現を抜かしてるわけにはいかない」
硬いなぁ。相変わらず。
でもやっぱり断るよなぁ。それは。サンの性格ならわかってたことだけど。
「先輩。行かないんですか?」
「……」
あ。レナの悲しそうな顔で、少し心が揺らめいた。
「先輩も一緒に行きましょうよ~。楽しいですよ。絶対!」
「……ゼウス様がお許しになるわけがない。神子がそんな遊びに参加するなど」
「じゃあ聞いてみます!」
レナが『あなたに届けたい』を転送して、ピポパポ……ゼウスに連絡を取った。
☆★☆★☆★
『おーいいじゃないか。行って来いよ』
「……」
あっけらかんと、ゼウスは簡単に許してくれた。
「ゼウス様。私は神子です。なによりも仕事を優先しなければ……」
『サン。お前、最近働きすぎ。俺が仕事を任命しないときでも、無理に仕事を受けに来るだろ? ぶっちゃけ、一週間ぐらい休め』
「しかし……」
『サン。俺が今、神子のそういう部分を直そうとしてるの知ってるだろ?』
「……」
ゼウスが神子の生き方について変えようとしている。サンもそれを知ってるからこそ、なにも言えなくなってた。
『というわけだ。じゃあ楽しんで来いよ。お土産よろしくー』
「あ……ゼウス様!」
プープー……ゼウスは通話を一方的に切った。
ニヤニヤする俺たち。サンは観念したようにため息をついた。
「わかった……だが、私は人間界の荷物などないぞ。なにも用意できない」
「その心配はないぞ。全部俺たちで準備するから」
これで五人の枠が埋まった。チケットを無駄にしないで済んだな。
出発はいつにするか……八月中なら好きなときから一週間宿泊できるみたいだから、もう八月頭から行っちまうか。プランを立てるのってワクワクするな。祭りの本番より準備のときが楽しいってのと少し似てるかも。
「あ……お兄ちゃん。花火」
「お?」
ドーン! という音と共に、少し遠くの空で、カラフルな花火が上がった。
迫力あるその光景に、レナがぴょんぴょん飛び跳ねる。
「あれが花火ですか! すごいです! 大きいです!」
「ああ。前にやった花火がどれだけしょぼかったかわかるな」
「なに? 私の持って行った花火に不満でもあるの?」
いえ。滅相もない。
休憩所に移動して、上がる花火を見上げる。
思えば……花火って久々だな。ガキの頃は親父たちに連れられて見に行ってたけど、親父たちが忙しくなってからは、全くだったからな。
純粋に綺麗だ。
人間の手で作った物がこんなに綺麗なんだ。こんな綺麗な物を生み出せるんだ。人間も欲の塊ってだけじゃないんだよなぁと、ちょっと思ったりする。
人間も捨てたもんじゃない。
ゼウスの言ってた言葉を思い出す。
少なくとも俺は、そうだと思ってる。
「綺麗ですね~。先輩」
「……ああ。そうだな」
仲良く花火を見上げるレナとサン。
その表情は……すごく穏やかで、嬉しそう。
ああ、やっぱりな。
人間とか神子とか、そんなの関係ないんだ。
綺麗な物を綺麗だと思う心に。楽しいと思う心はみんな同じなんだ。
俺は改めてそう思った。




