story1「風邪と海」
※少し話が戻って、レナが人間として生まれ変わって戻ってきて、夏休みに入った頃。『レナ』パートのエピローグ後ぐらいの話です。
「あぁぁぁぁ……」
ゾンビ声。別に発狂したとかじゃない。これは純粋に苦しくて出てる声だ。まぁ苦しかったら声も出すんじゃねぇよって話だけど、出せるだけまだマシともいえる。
率直に言うと。
風邪ひいた。
夏休みに入って三日。まだまだ夏休みはこれからだって言うのに、夜中に冷房全開で寝てたせいで夏風邪をひいてしまった。
うぐぐ……頭痛い……なにが悲しくて夏休み入った直後からベッドで寝てなきゃいけないんだ。
「冷房……少し弱くしよ……」
冷房のせいで風邪ひいたのに、止めると暑くてそれこそ悪化するからもうなんとも言えない気分。こうしてまた頼らなきゃいけないんだ。まぁ昨日は俺にモロ風が当たるようになってたから風邪ひいたんだけど。今は大丈夫。風は俺に来ないようになってる。
「……十一時か」
頭痛と戦ってたら、いつの間にか昼前だ。
はぁ~~~~風邪とか嫌だなぁ。なんのメリットもない。なんで人間の体は風邪をひくようにできてるんだよ。風邪のウイルスぐらい跳ね除けろよ。偉そうにしてるくせに、弱っちぃ生き物だな。食物連鎖の最下位でいいよもう(あんまり関係ない)。
はぁ~~~~。
ため息ばっかり。悲しくなってくる。
こういうときは寝るに限るんだけど、今は眠くない。頭がひたすらに痛くて、鼻水が止まらない。寝ちまえばわからなくなるんだけど眠くない。最悪。
テレビでも点けるか、と思ったけど、起き上がる元気もない。
携帯……あ、駄目だ。手が届かない所にある。
手が届く範囲にあるのは……冷房のリモコンだけ。
終わった。俺。
「……俺はこのまま孤独に死んでいくのか」
風邪ぐらいで死ぬわけないんだけど、心情的にそんな気分なんだ。病気になると心が弱気になるって言うけど、あれマジだな。なんかもう……全てがネガティブになる。
セミの鳴き声が、なんだか俺を地獄へと誘う悪魔の声に聞こえてきた。ミーンミンミンミン……あー……ていうかもうなんか俺がセミなんじゃねぇのか。あと一週間ぐらいしか生きられないんじゃないのか。
駄目だ。変なことばっかり考える。
無理やりにでも寝ちまおう。と思って布団に潜り込んだそのときだった。
「葉介」
ノックと同時に、天使の声が聞こえた。
ああ……とうとうお迎えが来たのか……これでやっと俺も天国に……。
部屋の扉を開けて、ひょこっと顔を出したのは、
「……あ、天使様」
俺を迎えに来た天使。
「え?」
違う。レナだった。
「大丈夫ですか? 熱、下がりました?」
「うぅん……たぶん、まだ下がってないな」
朝測ったときは39度近くあった。こんだけの高熱はけっこう久々で、ちょっとびびった。
「大丈夫か大丈夫じゃないで言うと、あんまり大丈夫じゃない……」
「……」
弱気な俺の発言に、レナはゆっくりと俺に顔を近づけてきて……おでこをごっつんこ。
「うぇ?」
「……熱いですね。やっぱり、熱下がってませんね」
ち、近かった。レナの顔が。
もう少し測ってくれててもいいんだぜ。なんていつもみたいに調子良いことを言いたかったけど、駄目だ。声が出なかった。
「大丈夫ですよ。葉介」
「……なにが?」
全然大丈夫じゃないんだけど。
「私が看病してあげますから! やってほしいことがあったら言ってくださいね!」
「あ、マジで?」
正直助かる。たった今、自分でなにもできないことに悲壮感全開だったところだし。
「とりあえず頭撫で撫でしてくれ……」
違うだろ。それはただの俺の欲望だろ。
「わかりました!」
欲望から出ちまった言葉なのに、レナはベッドにちょこんと腰かけて……俺の頭を撫で撫で……。
……。
……風邪。最高。
「お昼は瑠璃がおかゆを作ってくれるって言ってましたけど、食欲ありますか?」
「うーん……あんまないけど、無理してでも食べたほうがいいかもしれない」
食べないとひたすらに体力無くなるし。治るものも治らない。
まぁレナに看病してもらえるなら、治らなくてもいいかもなんで思っちまうけど。
あ、ていうか……一つ心配なことが。
「レナ。俺の傍に居ると風邪がうつるぞ」
「大丈夫ですよ」
え? 大丈夫なの?
「『神子ビタンZ』を飲んでますから。今日一日、私は健康状態が続きます」
「……なにそれ?」
「『神子ビタンZ』は、栄養ドリンクです。人間界の病気にかからないようになる飲み物なんですよ~。効果は一日だけですけどね」
へぇ……便利なもんだ。相変わらずネーミングセンス最悪だけど。
「それは俺が今飲んでも駄目なの?」
「ごめんなさい……すでに病気になってしまっていると無効なんです」
そう都合よくはいかないか。
まぁ仕方ない。今日一日は大人しくしてよう。レナが看病してくれるって言ってるんだし。夏休みの一日を消費してもいいぐらいのメリットはあるだろう。
だってレナと二人っきりだし。
「あー……冷えピタがもうぬるくなってきた」
「取り替えます! ちょっと待っててくださいね!」
「ついでに瑠璃におかゆに卵入れてくれって頼んでもらえる?」
「了解です! 流星のごとく行ってまいります!」
またアニメの真似事を。可愛いからいいけど。
「……あ」
携帯のバイブが鳴ってる。メール……じゃないな。電話みたいだ。
ごめんなさい。今、俺は動けないんです。無視することを許してください。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
……(ブーブーブーブー)。
しつこいな。おい。
「わかったよ出るよ……出ればいいんだろ……」
無理やり体を起こす。うぐぐ……頭いてぇ。ふらつく。
風邪ってこんなに辛かったんだな。久々で忘れてた。風邪の辛さを。
「あ、葉介! 動いたら駄目ですよ!」
レナが戻ってきた。俺をポスンとベッドに寝かせて、冷えピタを張り直してくれる。
「いや、電話が……」
「電話? あ、携帯電話ですね」
机の上にあった俺の携帯を手に取り、画面を見せてくれる。
「……母さんじゃん」
「葉介と瑠璃のお母さんですか?」
「うん……なんだろうな」
とりあえず、出ておくか。こんだけずっとかけてるってことは、なにか用事かもしれないし。
「もしもし……」
『あら? 葉君。声に元気がないわね。ていうか、なんですぐに出なかったのかしら?』
最後のほうは少し棘がある。確かに、すぐ出なかったのは悪かったけどさ。
「風邪ひいたんだよ……ベッドで寝てた」
『葉君でも風邪ひくんだ?』
どういう意味ですかね。それは。息子に向かって。
「なんか用? 正直、けっこう辛いんだけど」
『うぅん……まぁ詳細は帰ってから言うから、別にいいんだけどね』
……帰ってから?
「え? 帰ってくるの?」
『うん。今日の夜に一回帰るから。まぁ明後日にはもう出なきゃいけないけどね』
急な話だな。そしてやっぱり忙しそうだな。
「親父も一緒?」
『うぅん。今回は私だけ。浩之さんは先に次の仕事場に行ってるから』
親父も相変わらず忙しいな。
そうか。母さん帰ってくるのか。だったらレナを紹介する良い機会だな。
「何時ごろ?」
『七時ぐらいかなー。タクシーで家まで行くから、お迎えはいいわよー』
どっちにしろ行けないけど。行ったとしても自転車だし。
「葉介。私もお話したいです!」
「え?」
レナが俺の手から携帯を取り上げた。
「初めまして! 私、レナって言います!」
『え? あ、レナちゃん? ウチに住むことになったって言う?』
「はい! よろしくお願いします! それと、学校のことありがとうございました!」
『いいわよ別に~。うぅん……瑠璃に写真で見せてもらったけど、声も可愛いわね~』
なに言ってんのあの人。
まぁ……母さんはどっちかって言うと雫よりだからな。可愛い女の子大好き。大人だから雫よりは欲望を抑えてるけど。
『会うのが楽しみだわ~。お土産買って行ってあげるから待っててね!』
「はい! 待ってます!」
ニコニコしながら会話して、レナは俺に携帯を返してくれた。
『葉君。瑠璃だけじゃ飽き足らず、こんな可愛い子をウチに連れ込むなんて……隅に置けないわね~』
「つっこむ元気ないからつっこまないよ」
『ああそっか。風邪なんだっけ? 大丈夫? なにか食べたいものがあったら買って行ってあげるわよ』
さっきは適当に流されたけど、けっきょく最後は心配してくれる。母親らしい優しさ。
正直、母さんは優しすぎるほど優しい。俺もよくそんな風に言われるけど、血は繋がってないのに、どこか似てたりする。
「じゃあ牛乳プリンと抹茶ココア……」
『了解了解~。良い子で待っててね~。瑠璃にもよろしくね~』
電話の向こうで手を振ってる姿が目に浮かぶ。良い子でって……小学生じゃないんだぞ。
通話を終えて、俺はもう一度ベッドにぱたりと倒れる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れた……頭いてぇ……」
頭痛ってなにもする気なくなるんだよな。それに加えて鼻水……体のだるさ……トリプルパンチ。あーしんどい。
「私になにかできることはありませんか?」
「んあ?」
できること……か。
ぎゅってしてほしいとか撫で撫でしてほしいとか膝枕してほしいとか言い出したらきりがないけど、それはなんか風邪を利用してるみたいで罪悪感感じるからやめとこう。
まぁしいて言うなら……。
「居てくれるだけでいいよ」
「え? 居るだけでいいんですか」
「うん。そこに居てくれるだけで安心できる」
病気で一番きついのは、体のだるさで不安になることだからな。一人で居るといろいろ考えちまうし。思考の無駄遣いだ。誰かが居てくれるだけで安心できる。
「レナが居てくれるだけで俺は充分だ」
「……わかりました!」
ポスンとベッドに座るレナ。べ、別にそんな近くに居てくれとは言ってないぞ。嬉しいけど。
「葉介が元気になるまで、ずっと傍に居てあげます!」
「ありがとう……」
レナの純粋な気持ちが、素直に嬉しい。
「手を握っててあげますね」
「え?」
ぎゅっと、俺の手を握ってくれる。
嬉し恥ずかしい。ぎゃー! 風邪ひいてるのに俺はこんなに幸福でいいのか? 俺、マジでこのまま死んじまうんじゃないか? そうでもないと釣り合わないぞ! この幸福は!
「……」
ああでも……やっぱり安心する。
レナの手のひらから感じられる温もり。人の体温って、こんなに安心するんだな……。
いや、レナだからこそ、か。こんなに安心するのは。
……。
……。
「よ~~~う~~~す~~~けぇ!」
眠りの中に落ちて行こうとしてた俺の意識が、その叫び声で呼び戻された。
階段を駆け上がってくる足音。こ、この自分の目的地へ迷いもなく超スピードで移動するドドドドド! という音は……。
「レナを部屋に連れ込んでなにをやってるのよぉ!」
いやぁ。もういやぁ。俺の至福の時間が終わりを告げたぁ。
「あれ? 雫、どうしたんですか」
「レナ成分と瑠璃ちゃん成分を補充しに来たら、葉介がレナを部屋に連れ込んでるって私のセンサーが反応したから殺りに来たのよ」
どんだけ高性能センサーだよ。
「って……あれ? どうしたのよあんた」
本気で俺を殺ろうとしてた雫は、俺の有様を見て、さすがに殺気を鎮めた。
「風邪ひいたんだよ……」
「風邪? あんたが風邪ひくの?」
母さんと同じこと言いやがって。俺ってそんなに風邪ひかなそうに見えるのかよ。
「熱がすごくあるんですよ。だから私が看病してるんです」
「へぇー……なんだ。じゃあ私が殺るまでもないわね」
死なないからな? 風邪なんかで俺は死なないからな? 確かにさっきまでは幸福すぎて死ぬかもなんて思ってたけど、雫が来たら死んでたまるかって思えたわ。
「そうだ! 雫、今日葉介のお母さんが帰ってくるんですよ!」
「え? 彩乃さん帰ってくるの? やったぁ!」
あーでかい声出すな。頭に響く。
雫は母さんと仲良しだからな。似た者同士。r帰ってくるたびにウチに遊びに来てる。
「いつ? 今日のいつに帰ってくるのよ彩乃さんは!」
「夜だよ……七時ぐらいって言ってた」
「よぉし! じゃあそれまでに夜の分の稽古終わらせちゃお! レナ! また夜にね!」
レナに投げキッスをして、雫はまたドドドドド! と激しい足音をたてて階段を駆け下りて行った。弾丸みたいな奴だな。あの勢いで体当たりされたらただじゃ済まないぞ。
「元気ですねぇ。雫は」
「だな。あの元気を今だけは分けてもらいたい……」
とりあえず、母さんが帰ってくるなら瑠璃にも教えてやらないと。たぶん、夕飯気合い入れて作りそうだし。俺が食えないのが残念だけど。
「レナ。瑠璃に母さんが帰ってくるって伝えに行ってくれる?」
「え? 嫌です」
なんで?
「……なんで?」
「私はずっと葉介の傍に居るって言ったじゃないですか」
片時も離れないつもり? 嬉しいけど、それは無理があると思う。
「大丈夫だから……ちょっとぐらいなら俺も不安で発狂したりしないって」
「私が離れたくないんです!」
か、可愛いこと言っちゃってもう。
じゃあいいや。おかゆを持ってきてくれたときにでも言おう。レナの気持ちを大事にしたい。ていうか、もう少し手を握っててほしい。
「……あ」
それから俺がうとうとしてると、レナがなにかを見つけて声をあげた。
「ん……? どした?」
「葉介。あれ、なんですか?」
レナが指さしたのは、部屋に飾ってあった写真。
えっとあれは……けっこう昔の写真だぞ。確か、瑠璃がウチに来てちょっとぐらいの……海に行ったときの写真だ。
「海がどうかしたのか?」
「うみ……?」
え? 海を知らないのか? 自然の中でけっこうメジャーなもんなんだけど。
「川じゃないんですか?」
「えっと……川とは比べ物にならないぐらい大きいんだけど」
「へぇ……」
海を知らないなんて……神界には海がないのか? 神子育成学校では教えてくれなかったのかな。まぁ教えたところでって話だけど。
じゃあ、泳ぐ、なんて遊びも知らないんだろうな。
……。
「レナ……俺の風邪が治ったら海行くか?」
「え?」
連れて行ってあげたい。純粋にそう思った。
「あんまりリゾート地みたいなところは無理だけど、普通の海ぐらいなら連れて行ってあげられるぞ」
「うみ……」
写真をじっと見つめて、少し遠慮気味に俺の顔を見てくる。
レナのもじもじ顔。俺、すっげぇ好き。可愛すぎて。
「で、でも……」
「俺が連れて行ってあげたいだけから、遠慮すんなって」
「……」
もじもじ顔から一転、レナが満面の笑みを浮かべる。
うん。笑顔も大好きです。
「はい! 行ってみたいです!」
「決まりだな……」
なら俺は早く、風邪を治さないとな。
「瑠璃と雫も誘いましょうね!」
「そうだな……」
まぁ雫は誘わなくても付いてくると思うけど。
そういえば、去年って海行ったっけな? 俺も久々な気がする。
レナと海……。
うぅん。楽しみになってきた。
「葉介は……私にたくさん初めてをくれますね」
「……」
そ、その言い方はちょっとまって。なんか卑猥に聞こえるから……。
「葉介が早く良くなるように、頑張って看病しますからね!」
「うん……よろしく……」
「とりあえず……添い寝してあげましょうか?」
「うん……よろし……くぅ!?」
なに言ってんの? なにを言っているのかな? レナさん。
「それはいろいろと不味いと思うけど……いや、個人的には大歓迎だけど」
「テレビで見たんですけど。添い寝してあげると早く良くなるって。駄目ですか?」
「……」
またドラマとアニメの知識を……。
まてよ? 別に誰が見てるわけでもないし。いいんじゃないか? 俺が早く治るために、レナがやってくれるって言ってるんだし。
……よし。天坂葉介。ここは一つ、男として受け入れようじゃないか。
「じゃあ添い寝よろし――」
「お兄ちゃん。おかゆ作ってきたよ」
あっぶね。俺の欲望全開の声を瑠璃に聞かれるところだった。セーフ。
「……なんで手握ってるのぉ……」
あ、しまった。手は握ったままだった。不満そうに、瑠璃が俺とレナを引き離す。
「葉介の看病をしてたんですよ~」
「看病? 手を握ってるのが……?」
「誰かが傍に居てくれるだけで、葉介は安心できるって言ってます!」
「……じゃ、じゃあ私も手握っててもいい?」
なんでだよ。いや、別にいいけどさ。傍から見るとなかなか滑稽な光景になるぞ。
まぁ丁度いいや。レナに体を起こしてもらいながら、母さんのことを瑠璃に説明した。
「お母さん帰ってくるんだ! じゃあ今夜は頑張って料理作るね!」
「まぁ俺はたぶん食えないけど」
「あ、そっか……」
しゅん、となぜか落ち込む瑠璃。
「別に俺のことは気にしなくていいぞ。瑠璃の料理はいつも食ってるし。母さんのために作ってやれよ」
「うん……そうだね」
おかゆをベッドの横に置いて、瑠璃は時計を確認した。そろそろお昼って時間だ。
「食べられる?」
「無理して食う。体力つけたいから」
瑠璃のおかゆならなんとか食えるだろ。美味いし。
おかゆを食べようとスプーンに手を伸ばそうとして……スプーンが先に取られた。
「私が食べさせてあげます!」
「え?」
その展開は予想外なんですけど。
い、いいのかな? 別に自分じゃ食えないほど弱ってるわけじゃないんだけど。
「はい。あ~ん」
定番の『あ~ん』。たぶん、これもテレビで得た知識だろう。レナにやってもらえるなんて。本当、風邪様様。
「あ、あ~ん」
スプーンで優しくおかゆを運んでくれるレナ。
もぐもぐ……。
当たり前だけど、美味い。レナがあ~んをしてくれてるから、美味さ倍増。
「お、お兄ちゃん」
「ん?」
瑠璃もおかゆをスプーンですくって、俺に向かって差し出してくる。
……どっから出したのそのスプーン? なんでスプーン二つあるの?
「あ、あ~ん……」
顔真っ赤にしてる。そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのにな。
「あ~ん……」
もぐもぐ……。
美味い。あんまり食欲なかったけど、これならなんとか全部食えそうだ。
「瑠璃。今度は一緒にやりましょう!」
「い、一緒?」
ん? 一緒? どういうこと?
おもむろにレナと瑠璃はスプーンでおかゆをすくって……二人同時に、
「「あ~ん」」
俺におかゆを……。
ちょっとまてまて。入らないから。さすがに。二ついっぺんには。
「落ち着け二人とも。俺の小さな口には同時に入らないから。順番に少しずつ……ぶあっちぃ!?」
無理やり入れないでください。せめてふーふーして。
☆★☆★☆★
「……ん?」
寝ちまってた。今何時だ?
時計を確認すると……おぉう。もう夜だ。六時半回ってる。そろそろ母さん帰ってくるじゃん。
睡眠のおかげで、だいぶ風邪は良くなったみたいだな。まだ少し頭痛いけど、体のだるさが抜けてる。やっぱり、なにより睡眠が大事なんだな。
「……」
レナが俺のお腹の上に上半身を乗せて寝てる。手を握ったまま。
ベッドに座ってて、そのまま寝ちゃったのか。起こすのが可哀想なぐらい熟睡してる。
でも、このままじゃ俺が起きれない。仕方ない……この天使の寝顔を壊すのはすっげぇ罪悪感だけど。
「レナー」
「……ふあ?」
パチリと目を開けて、欠伸をしながらレナが体を起こした。
「……おふぁようございまふぅ」
寝ぼけてる。可愛いからよし。
「おはよ。そろそろ母さん帰ってくるから一階に行くか」
「ふぇ? 葉介、大丈夫なんですか?」
「だいぶ楽になった。ちょっとぐらい起きても大丈夫」
さっきと比べたらなんてことない頭痛だ。ちょっと体動かしたいし。一階のソファーにでも座ってよう。
「おっとっと」
立った瞬間、少しふらついた。ずっと寝てたからな。足がちょっと弱ってる。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
「私がおんぶしてあげます!」
「……気持ちだけ受け取っておく」
さすがに、レナじゃ俺をおんぶできないぞ。絵的にもちょっと情けないし。
レナに手を取ってもらいながらゆっくりと階段を下りて行くと……ん? 一階が賑やかだな。その答えは一つだ。
「母さん、もう帰ってきてるっぽいな」
「え? 本当ですか?」
瑠璃と話す声が聞こえる。予定より早く着いたみたいだな。
そうだ。抹茶ココアを頼んだんだった。いつも冷蔵庫にストックしてるんだけど、たまたま切らしてたからな。キュッと一気飲みしたい。
「母さん、お帰……」
「あぁ! 葉君!」
リビングに入ると、俺が言葉を言い切る前に体に衝撃。母さんに抱き付かれた。
ぐえぇっ!? ていうか、ちょ……力強い!
「久しぶりねぇ~。元気だった? うぅん……葉君の匂い懐かしい~」
俺の頭をクンクンする母さん。匂いフェチなんだ。母さんは。
ぐえぇぇ……もう少し力緩めて……今の俺じゃ耐えられない……。
「お、お母さん。お兄ちゃん風邪ひいてるんだよ……」
「あ、そうだっけ」
瑠璃のおかげで、俺はやっと母さんのホールドから解放された。
し、死ぬかと思った……一瞬で体力もっていかれた……風邪がぶりかえす……。
「よ、葉介……この人が?」
「そう……俺の母さん……」
ファーストインプレッションが強烈すぎて、レナが少し引いてる。まぁ風邪ひいてる息子に殺人ホールドかましてるんだから、当然だけど。
「あ! そっちがレナちゃんね~」
母さんのターゲットがレナに移った。脱兎のごとく、抱き付いてホールド。さらにクンクン。
「想像以上に可愛いわ! 髪さらさらね~。ん~~太陽の匂いがする……良い匂い~」
「あ、あの……」
今のうちに逃げよう。ごめんレナ。でももう一回やられたらマジで命に関わるんだ。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「大丈夫じゃないけど……まぁいつものことだし」
帰ってくるたびにこれだからな。まぁそれだけ愛されてるってことなんだけど。思春期の息子なんだから、そろそろ男として扱ってほしいな。
「私の娘になってよ~。瑠璃と二人で並べてお人形さんみたいに着せ替えしたい~」
「む、娘ですか?」
「そうそう。葉君と結婚しちゃえば? そうすれば私の娘になるし~」
「えぇっ!?」
「赤くなっちゃって可愛い~」
エンジン全開だな。母さん。家の中だから少し暴走してるよ。外ではもう少し大人の女性を演じてるのに。見れば見るほど、本当に引っ込み思案な瑠璃の母親かよって思う。全然似てない。
「母さん。そろそろやめてあげて」
「え? ヤキモチかしら」
「……つっこむ元気ないから、そろそろ無視するよ」
起きてこなきゃよかった。と少し思った。
「冷たいな~。息子にそんな態度取られると……お母さん泣いちゃうぞ」
「瑠璃。おかゆ頼む。こんどは味噌いれて」
「あー。本当に無視した~」
そっぽを向いた俺の前に、ご機嫌取りと言わんばかりに牛乳プリンと抹茶ココアを置く母さん。そういえばプリンも頼んでた。
「熱、まだあるの?」
「まだ少し……」
「汗かいたならちゃんと着替えなさい。後で氷枕作ってあげるから。冷えピタもいいけど、濡れたタオルのほうが気持ち良いわよ。あ、そうだ。熱に効く漢方薬あるから飲んでおきなさいね」
母親モード発動。細かいところまで回るところはさすがだ。漢方薬は苦いから飲まないけど。
「あ~~~や~~~の~~~さぁん~~~」
こ、この自分の目的に迷いもなく超スピードで移動するドドドドド! という音は……。
バアァン! とリビングの扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、やっぱり雫。扉壊す気か。
「彩乃さん!」
「あ、雫ちゃ~ん!」
超スピードのまま抱き付く雫。母さんはそれをがっしりと受け止める。
「……」
あれ? 母さんがぐらついた。
「じ、人体の急所に……」
そりゃあ。あれだけの勢いで抱き付かれればな。ドフッ! ってすっげぇ音したし。
この二人が揃ったら、後はやかましいだけになる。俺はさっさとおかゆを食べて二階に逃げよう。
……あ、そういえば。と、俺は胸を押さえて膝をついてる母さんに向き直った。
「母さん、俺になんか用あったの?」
詳細は帰ってからとか言ってた気がする。なんか用でもあったのか?
「あ、そうだ。忘れてたわ」
おそらくお土産であろうモンブランケーキをテーブルに置いて、鞄の中をめちゃくちゃにあさり始める母さん。「あれ?」「どこだっけ?」「なくしちゃった?」と、ぶつぶつ言いながら。なにを探してるんだ?
「あった!」
鞄の底から引っ張り出したのは、一つの封筒。
「ジャアァァァァン!」
「いや。無駄に豪華な効果音言われても、わからないから」
無地の封筒じゃあな。
「わからないの? もー……葉君は。それぐらいすぐに理解してよねー」
「無茶言わないで。俺、エスパーじゃないから」
俺にどうしろって言うんだよ。言い当てれば満足したのか?
封筒を開けて、母さんが取り出したのは……数枚のチケット。
「なにそれ?」
「沖縄豪華リゾート宿泊チケットぉぉ!」
そんなに気合い入れて声張らなくても……。
沖縄? 俺、行ったことないけど。あの沖縄? 豪華リゾート?
情報が一気に入ってきたから、風邪で劣化してる俺の脳じゃ処理しきれない。
「え? どういうこと?」
「だからぁ。浩之さんのお友達にもらったのよ! 沖縄にある小さな島を大々的に改造したリゾートの宿泊チケット!」
親父は仕事柄、友達の幅が広いからな。けっこういろんな物もらって来てたけど……。
リゾート宿泊チケットだって? そんな豪華なもんもらったのは初めてだな。
「親父にそんなすごい友達居たんだ」
「旧知の仲だって言ってたわ。昔、企業経営に失敗して借金まみれになったとき、いろいろ助けてあげたんだって」
へぇ……借金まみれから、よくそこまでのし上がったもんだな。沖縄にリゾート施設作るとか。
「人間、頑張れば報われるもんだね」
「まぁね。でも、浩之さんからすれば……なんか怖いぐらいいきなり羽振りがよくなったらしいのよね。七個集めると願いが叶う願い玉に願ったみたいに」
その例えはどうなんだろう。
怖いぐらいって……大げさだな。でも親父はけっこう冷静に人を見れるところがあるから、親父がそう思ったならそうなのかもしれないけど。
……願い玉に願ったみたいに。願いごとを。
まさかな。
「んで? それがどうしたの?」
「いやぁ……私たちはどうせ仕事で行けないから、葉君たちにあげようと思って。好きに使っていいわよ」
「え? マジで?」
「夏休みだしねー。おもいっきり青春してきなさい!」
これは思わぬ幸運が舞い込んだな。沖縄のリゾート宿泊チケットなんて、これから先、普通に生きてたらありつけないもんだ。
「葉介!」
「な、なんだよ?」
雫がすごい食いついてきた。まだ風邪で体だるいんだから、体を揺さぶるなよ。
「レナと瑠璃ちゃんの水着……はぁ……はぁ……」
本当にこいつは、女じゃなかったらとっくに警察にお縄だよな。
「お、お兄ちゃん……私、水着なんて恥ずかしいよ」
「じゃあ瑠璃は留守番してるか?」
「そ、それは……」
行きたい。言葉とは裏腹に、瑠璃はそう目で訴えてる。
大体、周りがみんな水着なんだから、恥ずかしいなんてことないだろうに。
「……? 葉介。りぞーとってなんですか?」
あ。レナがきょとんとしてる。なんの話をしてるのか、全くわからなかったみたいだな。
うんまぁ……手っ取り早く説明すると、さっき、レナとした約束をさっそく果たせそうってことだ。しかもグレードアップして。
「簡単に言えばレナ。海に行けるってことだ」
「うみ……ですか?」
「そう。しかも、俺が連れて行こうとしてた一般的な海じゃなくて、半端なく綺麗な海」
「……」
そんなことを言っても、レナには想像もつかないんだろう。海自体を知らないんだから。
でも、海に行ける。そこだけは理解したみたいだ。次第に笑顔になっていく。
「うみに行けるんですね! みんなでうみに!」
「うん」
「やりましたぁ!」
めっちゃ喜んでる。無理もないけど。
ていうか俺もさすがに楽しみだ。沖縄初めてだし。俺の知ってる海とはレベルが違うだろうしな。
「ありがとうございます! 葉介のお母さん!」
「いいのよ~。娘のためならこのぐらい」
抱き付いたレナを抱きしめ返す母さん。勝手に娘にしないで。
後で親父にも礼を言っておくか。レナの笑顔を見てたら、そのぐらいはしないとなって思う。
「さっそくレナの水着を買いに行かないとね……はぁ……はぁ……」
「雫……お前、そろそろアウトだぞ」
純粋に怖い。
母さんから受け取ったチケットを見直す。
沖縄って言っても、沖縄本土から少し離れた小さな島にあるリゾート施設らしい。まぁ海は変わらないだろうけど。そこに一週間の宿泊ができるチケット。
一週間か……俺の人生で最大の旅行になりそうだ。修学旅行だって二泊三日なんだからな。一週間も外泊なんてしたことない。
……ん? チケットが五枚あるな。
俺。レナ。瑠璃。雫。四人しかいない。
一枚余らせるのももったいないけど、別に誘う奴なんていないしな。
「……あ」
一人居た。
でも、誘ったところで来るかな? そもそも、仕事中だったら無理だろうし。そんなところで遊んでいられないとか言われそう。
「……まぁ誘うだけ誘ってみるか」
サンのことを。




