エピローグ
「あっつ……」
もう十一月だってのに、日差しが強いせいでめっちゃ暑い。上着を脱いでもまだ暑い。こんな日差しの中で、子供は元気だなぁ。きゃーきゃー言って走り回ってるぞ。
「まぁ、遊園地なんだからきゃーきゃー言うのが当たり前なんだけど」
むしろ、いちおうまだ高校生の俺が、なんでこんな日曜日の家族サービスで疲れ切ってるお父さんみたいに、ベンチでへたり込んでるんだろうな。
でも別に疲れ切ってるわけじゃないぞ。ただ戻ってくるのを待ってるだけだ。
レナたちが今『ユルユルフォールマウンテン』に乗ってるからな。
本当は俺も一緒に乗る予定だったけど、人数の関係で一人だけ次回に回る感じになっちゃったから、それなら俺はいいやって遠慮したんだ。何回も乗ってるし。次回に一人で乗るのも微妙だし。
……瑠璃。めっちゃ怖がってたけどな。あの手の乗り物苦手だし。レナに手を引かれてたから引っ込みがつかなくなってたけど。
「葉介~」
あ、戻ってきた。
満面の笑み。レナはすごく楽しそう。一方で、瑠璃はぐったり。泣きそうな顔。
まぁ仕方ない。遊園地はこういう場所なんだ。苦手でも乗らされるってのも楽しみ方の一つ……。
「……あれ? サンとミレイは?」
あの二人も一緒に乗ったはずなんだけど、姿が見えない。
「あそこですよ」
レナが指さした先は、ソフトクリーム売り場。
☆★☆★☆★
「バニラだ」
「チョコよぉ」
「ソフトクリームの王道はバニラだ。チョコは邪道だ」
「またまたぁ~。サンは自分の意見を押し付けるところがあるわねぇ。チョコはバニラと違って少しのほろ苦さがあって大人の味よぉ?」
「ほろ苦さなどいらん。アイスは甘いものだ」
「もう~。サンってばまだまだお子ちゃまねぇ」
「チョコこそ子供の食べるものだろうがぁ!」
☆★☆★☆★
あの二人……くだらないことで言い争うなよ。
まぁミレイは完全にサンをからかってるだけだけど。
ミレイの観察処分はまだ続くらしい。堕ちた神子が接触してくる可能性はあんまりなくなったけど、むしろそれよりも重要な理由ができたからな。
始まりの神子はまた、レナを狙ってくるかもしれない。
だからレナの護衛もかねて、ミレイは観察処分って名目で、サンは観察者って名目で、ウチに居候する。らしい。だから前と違って、ミレイはサンの目がないところでも一人で行動することを許されたって言ってたな。
まぁ、ゼウスは『俺が手を出すなって言ったから、始まりの神子たちは手を出してこないだろう』って言ってたけど。念のため。だって。
正直、まだわからないことだらけだけど、それは俺が考えても仕方がないことだ。神界に任せればいい。
俺はただ……レナを守ればいいんだ。
「ていうか、あいつら全力で楽しんでるよな?」
「遊園地は楽しむところですよ~」
そうなんだけどさ。来るときは『護衛』って言ってた気がするけどな。
まぁいいや。ケンカするほど仲が良い。放っておこう。
「お兄ちゃん。お昼どうしようか?」
「ん? そうだな」
もう一時前だ。そろそろ軽く昼飯を食べないと、ピークの時間になると、レストラン街めっちゃ混むからな。
「このフリーパスは時間制限ないからな。飯食ってからゆっくり回るか」
「夜からやるパレード。久しぶりに見てみたいな」
「パンフレットに書いてありました! 夜七時からですよね~」
ああ……あの目がチカチカしてくる無駄に豪華なパレードか。ユルユルランドのイメージキャラクター『ユルユル』を始めとして、仲間のキャラクターが踊ったりしてるんだ。装飾の豪華な乗り物が何十台も回ってくるから、これを見に来る奴も少なくない。
それにしても、それなら帰りはそうとう遅くなっちまうな。
まぁいいか。せっかく文化祭の賞品でもらったフリーパスだし。どうせなら楽しまないと損だ。
「ところで雫たちはどこ行ったんだ?」
「お土産屋さんに行くって言ってましたよ」
お土産屋って……それは帰りだろ。まだ昼なんだから、アトラクションを楽しめばいいのに。お土産選びもこういう所の醍醐味ってのはわかるけど、気が早い。
「あ」
噂をすれば、雫たちが戻ってきた。
「……なに見てんのよ。目潰すわよ」
「なんでだよ。戻ってきたから見てただけだろうが」
目潰しされる意味がわかんねぇよ。俺は視線すら向けることを許されないのか? 視線の元を絶たれないといけないのか? 俺にも人権というものがあってだな。
「なんでお土産なんて見に行ったんだよ。帰りでいいだろ帰りで」
「霜が行きたいって言ったから行ったのよ。なんか文句ある?」
「……いえ。ありません」
目が怖かった。こいつは霜のことになると容赦なく潰すって目になるな。妹LOVEはいいんだけど、過剰すぎるだろ。いちいちそんな威嚇めいたことを言うなよ。
その雫の後ろで……。
「……(ぎゅっ)」
ユルユルの友達。確か……ユルリンだっけな? 見た目はユルユルとほとんど変わんないけど、別キャラらしい。そのぬいぐるみを、霜が嬉しそうにぎゅっと抱いてる。
「霜ちゃん。ユルリンが気にいったの?」
「はい。可愛いから」
可愛い……のかな? たまーに怖くて泣いてる子供見るけど。俺は慣れたから可愛いもんだと思ってたけど、改めて見ると……うぅん。可愛くはないだろ。
「私もユルリン大好きなんだ。たまに園内を歩いてるときがあるから、見つけたら一緒に写真撮ろうね」
「はい」
性格が似てるからか、瑠璃と霜はすっかり仲良しだ。
……好みも似てるみたいだな。あれが可愛いとか。
雫もすっかりいつもの調子で、俺に毒舌吐いてくるし。本当によかったな(毒舌はよくないけど)。
霜が戻ってきて。
雫が願ったのは、ゴーレムの霜を生き返らせること。
俺たちが一緒に過ごした、霜を。
ゼウスによると、神力の出力は普通の『ゴーレム召還!』と同じに戻ってるらしい。そのままだと、体への負担が大きいから、ゴーレムが自主的に力をセーブしたか、雫が願うときに無意識にそうやって願ったんじゃないかって言ってたけど、実際はわからない。胸にある星マークも。黒じゃなくて普通の星マークになってた。霜はもう、改造神力アイテムじゃないんだ。神界に回収される理由もなくなった。
全部が丸く収まったわけじゃないけど、とりあえず、今は喜ぼう。
霜が戻ってきたことを。
「霜! お昼はなにが食べたいですか?」
「お姉ちゃんと同じのでいいです」
それは答えとしてどうなんだろうな。霜がなにを食べたいかを聞いてるのに。
……瑠璃と同じで、もう少し自分の意見を言えるようになったほうがいいな。俺にとって、それは遠慮に見えちまうから。
「そうじゃなくて、霜が食べたいものを言っていいんだよ」
「……私の食べたいものですか?」
「そう」
霜はレナに手渡されたパンフレットに目を通す。レストラン街のメニューも載ってるからな。霜はあんまり食べ物についてまだ知らないみたいだから、なるべく霜の意見を尊重したい。
「……ハンバーグ」
「お?」
「ハンバーグが、食べたいです」
おぉ……定番の王道で来たな。
子供みたいなキラキラした目で、パンフレットのハンバーグを見つめる霜は、なんかとても可愛らしかった。無邪気な可愛さってところでは、レナと同じだな。
「みたいよ。葉介」
「おい。その、あんたがおごるんでしょ? 当然。みたいな肩たたきはやめろ」
「あんたに拒否権があるとでも?」
え? ないんですか? 俺に拒否権は。
まぁ別にいいけどさ……ハンバーグぐらい。あの霜の興味津々って顔を見てたら、むしろおごってあげたいぐらいだ。
「あ! ユルリンですよ! 瑠璃!」
「本当だ。霜ちゃん。写真撮ってもらおう」
「はい」
「私が撮ってあげるわ。可愛く撮るわよ! みんな可愛いから可愛く撮れないわけがないけどね!」
きゃっきゃ言ってる中に混ざるのはさすがに恥ずかしいから、俺はここで待ってよう。
ユルリン……この日差しの中、中の人はご苦労なことで(子供に絶対言っちゃいけない)。
「なんか言われてたわねぇ」
「わっ!」
ミレイ。いつの間に俺の横に居たんだよ。
言われてた? なにを? 昼おごること?
「ワーノに、レナのために願ったことを、言われてたでしょ?」
「……」
ああ……そのことか。
確かに、一瞬動揺したけどな。俺の願いごとを、そんな風に思ったことはなかったから。
俺たちにとっては最高の願いごと。
でも、他の神子から見れば、どうなんだろう? なんて。
「安心しなさい。前に言ったでしょ。あなたたちを見て、そんな風に思う人はいないって。あなたたちには、そういう不思議な魅力があるのよねぇ」
いつもは人をからかうのが好きなミレイだけど。
本気で言ってくれてるのがわかる。かつては俺とレナに同じ感情を向けてたミレイだからこそ、説得力がある。
……ありがとう。
「大体、お前は今更そんなことで動揺するのか?」
サンまで、いつの間にか俺の横に居た。挟まれる形になってる。
ていうかお前ら……ソフトクリーム両手に持って食うなよ。何個食ってんだよ。
「……俺、別にメンタル強くないもん」
「胸を張れ。お前の願いでレナは救われた。たとえ、他の神子にとって……それが嫌悪を抱くことでも、お前が悩みぬいて出した答えだ。だからこそ、ゼウス様もお前の願いを聞いてくれたんだ」
サンはレナに特別な想いがある。
まるで妹みたいな。だからこそ、俺に対して、感謝みたいな感情があるのかもしれない。
……うん。
俺は間違ってないんだ。
それを、俺自身が疑ったら駄目なんだ。
「先輩! ミレイさん!」
ユルリンと写真を撮ったレナたちが戻ってきた。満足そうな顔。一番満足してハートマーク全開なのは雫だけど。
「お昼はハンバーグですよ~。レストラン街に行きましょう!」
「あら? ハンバーグ? 私はチーズ入りがいいわねぇ。瑠璃はどうせ辛いハンバーグでしょぉ?」
「ど、どうせってなに?」
「わかったから手を引っ張るな。レナ」
レナに手を引かれて行くサンとミレイ。瑠璃もその後に続く。
うぅん……レナとサンがって言うか、こうやってみると全員姉妹にしか見えないな。仲良し姉妹。
長女ミレイ。次女サン。三女レナ。四女瑠璃。
……なんて姉妹だ。美少女揃いすぎだろ。
「よー君」
ちょっと邪なことを考えていた俺は、霜の呼びかけで無駄に体をビクッとさせる。
……ん?
よー君?
「ありがとうございます」
霜は小さく笑って、そのまま行ってしまった。最近、よく笑うようになったな。霜。
よー君……。
そういえば、昔、霜にそうやって呼ばれてたな。
霜。覚えてるのかな? 昔、俺と遊んでたことを。
「……まぁどっちでもいいか」
昔のことを覚えていようがいまいが。
霜は霜だし。そんなの関係ない。
というか、霜のありがとうはなにに対してのありがとうだったんだろうな。
「……霜に色目を使うんじゃないわよ」
「使ってねぇよ」
お前が傍にいるのに、そんな自殺行為するかっての。俺はまだ命が惜しい。
気が付けば、俺と雫の二人だけになってた。雫はなぜか、レナたちを追わずに、ベンチに座ってる俺の横につっ立ってる。
そして沈黙。なんでだよ。
いつもなら真っ先に、俺なんか放っておいてレナたちを追って行くのに、なんで今日は俺の所に居るんだよ。なんか逆に気まずいぞ。
「ありがとうね。葉介」
「ん?」
「……霜のこと」
まさか……俺に礼を言うために残ってたのか?
雫らしくねぇな。そんな潮らしいの。大体、お礼なんていらないのに。
「……別に。俺はなにもしてない。雫が最後まで霜を信じてあげたからだろ」
「だから、だけどね」
だから?
「葉介が……私と霜の味方で居てくれるって言ったから、私、霜をずっと信じてあげられたんだ。だから……ありがとね」
……。
俺は思ったことを言っただけだったけど、雫はそれが心の支えになってたらしい。
それでも別に、俺のおかげなんて己惚れたことを言うつもりはないけど。
まぁいっか。雫が俺に礼を言うなんて、これから先で数えるほどあるかどうかもわからないし。素直にその気持ちを受け取っておこう。
「どういたしまし――」
ふわり。と、鼻をくすぐる甘い匂いと、柔らかい感触が俺の左頬に当たった。
……え?
「……は?」
驚いて雫を見る。雫は悪戯っ子のように笑って、
「お礼よお礼。まぁ葉介にしては……格好良かったんじゃないの?」
そんなことを言いながら、霜たちの後を追って行った。
……。
あいつ、今……キスした?
「……だからさぁ」
勢いでそういうことするんじゃねぇよ。勘違いしちまったらどうすんだ。
……。
柔らかかったな。雫の唇。
思い出したら、なんか顔が熱くなってきた。くっそ! いつもは俺にきついくせに、なんだってんだ。
「……可愛いと思っちまった」
不覚なり。
「葉介~」
レナの声に我に返る。気が付けば、ここに残ってるのは俺だけだ。慌ててみんなの後を追う。
「……幼馴染、か」
思えば、あいつと一番付き合い長いんだよな。
全く……。
「もうちょい可愛げがあればな」
もしかしたら俺も……。
いや、なんでもない(誰に言ってんだ)。
駆け寄る俺の視界に入ったのは。笑い合う、雫と霜。
幸せそうに。笑ってる。
戻ってきたこの時間を噛み締めるように。
ああ、そういえばと、俺はまだ言ってなかったことを思い出した。
「……おかえり。霜」
誰にも聞こえない小さな声で、俺は呟いた。




