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神子の恩返し  作者: 天天
『雫』パート
55/63

story13「重なる心」

「はぁ……はぁ……」

 雫と霜の姉妹ゲンカが始まってから、五分ぐらい経った。

 雫は見るからにボロボロだ。あれだけ一方的にやられる雫は、今まで見たことがない。

「……」

 霜は容赦なく、雫を殴りつけている。さっきよりも、ゴーレムの仮面が色濃く出てる目。

 命令に従うだけ。邪魔者は排除する。それだけしか見ていない目だ。

 ……もう見てられないぞ。

「雫!」

「葉介。手を出さないで」

 さっきからこうなんだ。俺が手を出すことを許してくれない。

 まぁ手を出せたところで役に立つかなんてわからないけど。いや、立つわけないんだけど。

「これは私と霜のケンカなの。お願いだから……手を出さないで」

「……」

 俺はもう黙るしかなかった。

 これは雫にとってけじめなんだ。

 霜を取り戻すために、自分にできること。

 霜の全てを、受け止めることなんだ。

「お兄ちゃん……」

「葉介、このままじゃ雫が……」

 レナと瑠璃も心配そうに雫を見てる。

 わかってる。このままだと雫は……命の危険さえある。

 でも……。

 雫は信じてるんだ。最後まで霜のことを。

 だったら、俺も信じてやらないと。

「理解できないな」

「うわっ!?」

 いつの間にか、ワーノが俺たちの後ろに移動してた。レナと瑠璃を背中に回して、後ずさる。音もなく来るんじゃねぇよ。あーびびった。

 冷めた目。興味ないものを見ているかのようなその目。こいつ……なんて目で雫たちを見てやがるんだ。

「な、なにがだよ」

「君が、だよ。他人のために、神子のために願ったんだよね? 欲望の塊。人間なんてそんなもんじゃないか。君、もしかして馬鹿なの?」

 言いたい放題言いやがって……。

 カールも人間のことをそんな風に言ってた。神族にとって、やっぱり人間はそんなイメージなのかもしれない。俺も否定できないし。

「あの子にしたってそうさ。なんでゴーレムにあそこまで執着してるの? 偽物の妹だってわかってるはずなのに、なんで切り捨てないのか。僕にはわからない。本当……人間って理解できないよ」

 ……?

 なんだろうな。こいつの言葉には違和感ばっかりだ。

 さっきは神子の存在を憎んでるような言い方をしてた。自分も神子だってのに。今だってそうだ。人間になることが目的だなんて言ってるけど……。

「……お前、本当に人間になりたいのか?」

 人間を見下すような言い方。

 人間にそんな感情を抱いてる奴が、人間になりたいだなんて思うか?

「なりたいよ。当たり前じゃないか」

「……神子が人間になりたいのは、神子の宿命から逃げて、自由に生きたいから。少なくとも、俺はそう思ってた。でも、お前からはそれを感じないんだよ」

 前にミレイにも言ったことがある。

 俺は堕ちた神子の気持ちがなんとなくわかるんだ。

 自分の好きなように生きたい。そう思うのは、当然のことだと思うから。

 神子の宿命から逃げたい。その感情も、俺はわかる。

 ……ああ。わかった。

 さっき感じた、こいつは『なにか』違うって思ったのは、これだったんだ。

 こいつからは、そういう感情が感じられないんだ。

 好きなように生きたい。神子の宿命から逃げたい。

 そんなことはどうでもいい。そう思っている。

「……なにが言いたいのかな?」

「お前は神子じゃない」

 俺の答えはこれだった。

「いや、存在としては神子と同じなのかもしれないけど、少なくとも、神子の仕事をしてきたわけじゃない。神子の仕事を、人間の願いを叶えること自体に興味なんてない。始まりの神子……お前たちは、一体何なんだよ!」

 お前たちみたいなのが、神子を名乗っていいわけがないんだ!

 それこそ、神子に対する侮辱だ! 人間の願いを叶えることに誇りをもってる神子だっているはずだ!

 自分が使い捨て神子だってわかる前のレナみたいに。

「……人間にしては鋭いね。腹が立つほどに」

 ぞくっと、背中に悪寒が走った。

 ワーノから向けられる、強い感情。

 俺の言葉に対して、不快感をあらわにしてる。

「始まりの神子のことを知りたかったら、ゼウスにでも聞いてみるといいよ。さっきも言ったけど、僕たちはただの神子じゃない。どちらかと言うと……王神に近い存在なんだから」

「……え?」

 王神に近い存在?

 どういう意味だ……? それは。

「葉介!」

「……!?」

 考え込んでた俺は、レナが手を引っ張ってくれたおかげで、我に返った。

 ワーノが……『黄泉送りの殺劇』を俺に向けていた。

「僕も暇じゃないんだ。622号を渡してくれないかな?」

「……そんなもんで脅しになると思ってんのか?」

 『黄泉送りの殺劇』は、人間の魂を抜く道具だ。殺傷能力はない。そんなもんで俺がびびるとでも思ってるのかよ。伊達に神子たちと一緒に生活してないぞ。

「残念だったね。僕が改造した『黄泉送りの殺劇』は、殺傷能力を何倍にも上げてあるんだ。神力に対しては真っ向から破壊できるし、人間の魂も……抜けるだけじゃなくて吹っ飛んじゃうよ? 二度と体に戻れないだろうね」

 げ……あれも改造神力アイテムかよ。何個改造してやがるんだよこん畜生が。ほいほい改造されやがって。ゼウス、もっとしっかり作っておけよ。

 つまり、俺は今普通の拳銃を向けられてるのと同じってことか。そう思うと、さすがに恐怖感がぬぐえないな。

「させません!」

 レナがスマートバンク片手に、俺よりも一歩前に出た。慌てて引き戻す。

「レ、レナ! 危ないって!」

「神力アイテムを転送するつもりかい? 無駄だよ。ノーマルの神力アイテムなんて、僕の前では無に等しい」

「……それでも、許せません」

 レナの声は震えていた。

 レナ……怒ってるのか?

「雫がなにをしたんですか? どうして霜にこんなことさせるんですか? 私に用があるなら……私だけにやればいいじゃないですか! みんなは関係ないじゃないですか!」

 レナも、ワーノが雫を傷つけたことを怒っていたんだ。

 普段は怒ることなんてないレナが。それだけ、雫を大事に想ってくれてる。

 ありがとう。レナ。でも……。

「レナ。関係なくないぞ」

「え?」

「レナになにかあったら、俺たちは黙ってない。だからそんなこと言うなって」

「葉介……」

 さぁて……どうするかな。

 『黄泉送りの殺劇』を向けられてるから、下手に動けない。あいつの言動から見て、レナの神力アイテムに期待するのも不安要素がある。

 考えろ……考えろ……。

「……ふぅん。そんなにあの子とゴーレムのことが大事なのかい?」

 『黄泉送りの殺劇』を下ろしたかと思うと、ワーノは雫と霜に視線を移した。

 雫はまだ、霜の攻撃を凌いでる。さっきよりも息遣いが荒くなってる。そろそろ限界だ。

 なんだ? ワーノの奴、なにを考えてるんだ?

「じゃあ……ゴーレムがあの子を殺したら……君たちはどんな顔をするのかな?」

「!?」

 この野郎は……どこまで腐ってるんだよ!

 不味い! 今の霜は……ワーノの命令に逆らえない。雫はもう満身創痍だ。霜が本気で攻撃したら……ひとたまりもないぞ!

「ゴーレム。さっさと殺しちゃいな。そして……622号を回収するんだ」

「……」

 ワーノの無慈悲な命令。

 改造神力アイテム。ゴーレムの霜はその命令に逆らえない。

 さすがにこの状況で、俺は霜のことを考えてられなかった。

 このままじゃ……雫が危ない!

「霜」

 それでも……そんなときでも。

「帰ったら……仲直りの印で、一緒にお風呂入ろうね。一緒にご飯食べて……一緒に寝よう。話したいことが……まだまだたくさんあるんだ」

 雫は……。

 霜のことを信じてた。

 最後まで。

「大好きだよ。霜」

 霜からもらった、お揃いの髪留めをそっと触る雫。


「……お姉……ちゃん」


 温かみを取り戻した霜の声。

 霜のゴーレムの仮面が崩れていくのがわかった。

 もう被れないほど、粉々に。

「……ゴーレム。なにをやってるんだい? さっさと殺すんだよ」

「……嫌です」

 霜が、ワーノの命令を初めて拒否した。

「嫌だって? マスターである僕の命令が聞けないのかい?」

「はい。マスターはあなたです。でも……私の守るべきお姉ちゃんは、この人です」


『私はお姉ちゃんが大好きなので、守ります。それが私の使命です』


『私はなにがあっても、霜のお姉ちゃんだからね。絶対に』


 離れていた姉妹の心が。

 今、また重なった。

「……くだらないな」

 苛立ちと嫌悪の声。それに続いて……一発の銃声が響いた。


「――霜!?」


 『黄泉送りの殺劇』で、ワーノが霜の背中を後ろから撃ったんだ。

 改造された『黄泉送りの殺劇』は神力を破壊するって言ってた。ゴーレムの体は神力で構成されてる。殺傷能力は抜群だ。傷口から、神力が光になって漏れ出してる。

「お……姉ちゃん……」

 倒れる霜を抱きとめた雫。神力はどんどん漏れている。

「霜! しっかりして! 霜!?」

「大丈夫です……お姉ちゃん……」

 大丈夫に見えない。あんな勢いで神力が漏れて、大丈夫なわけがない。

 ど、どうすればいいんだ? 神力の止め方なんてわからないぞ。止血みたいに押さえれば止まるのか?

「もう姉妹ごっこはいいんだよ。それとも、感情に流されたって言うのかい? ゴーレムが? 笑わせてくれるね。人形のくせに」

 さっきまでは、どっちかって言うと余裕を見せていたワーノ。

 その表情から、余裕が消えた。

 自分の思い通りに事が進まない事に、苛立ってるみたいだ。

「君は失敗作みたいだね。命令に背くなんて。もういいよ。君はいらない。自分でやるから」

 『黄泉送りの殺劇』の銃口を、また俺とレナに向けてきた。

 状況は最悪だ。霜も急いで手当しないと危ない。でも、俺たちも動けない。どうすればいいんだよ!

「622号を渡すんだ。もう面倒になってきたから、これが最後だよ。断れば、どうなるかわかってるよね?」

 喋り方にも余裕が消えたな。早口で、感情がもろに出てる。

 ははは。なんだよ。さっきよりもこっちのほうが好感持てるぞ。わかりやすくて。

「お前、知ってんだろ? 俺がなんて願ったか」

 まぁ、なにを言われても、なにを向けられても、俺の答えは変わらないけどな。

「俺はレナにずっと一緒に居てくれって願ったんだ。だから……お前なんかに渡すかよ」

「葉介……」

 レナとお互いに手を握り返す。

 もう二度と、この温もりを手放してたまるか。レナが消えたときみたいな気持ちは、もう御免なんだよ!

「……あっはっは!」

 俺とレナを見て、ワーノが大声で笑った。

 今まで何度も笑ってたけど、一番大きな声で。

「なにが可笑しいんだよ?」

「可笑しいよ! 神子のために願って、神子は人間に生まれ変わった。これからもずっと一緒に居られる。美談だよねぇ。君たちにとっては」

 馬鹿にしたようにまた笑いながら、ワーノは含みをもった言い方をしてる。

 なにが言いたいんだ? こいつは。

 その笑い方に腹が立って、俺は思わず叫んだ。

「なにが言いたいんだよ!」

「その話だけを聞いた、他の神子からすれば……622号は神子の宿命から逃げた神子。そして願い人の君は、その手助けをした人間。だたそれだけなんだよ」

 レナが神子の宿命から逃げただって? 俺はその手助けをしただけだって?

 この……!?

 言わせておけば……この野郎……!?


「うるさいのよ。あんた」


 パン! と大きな音をたてて、雫の強烈なビンタが、ワーノの左頬を弾いた。

 雫……?

「なにも知らないくせに……」

 ワーノを睨みつける雫の目には、涙が浮かんでいる。

「なにも知らないくせに……あのとき、レナがどんなに苦しんだか……葉介がどんな気持ちで願ったか……なにも知らないくせに! 勝手なこと言わないでよ! レナと葉介の気持ちを侮辱するなんて、私が許さないから!」

 雫……。

 そうだった。忘れるところだった。

 俺たちのことをずっと傍で見てたのは雫だ。

 雫だって、俺たちと同じぐらい辛くて、悩んでたはずだ。

 だから……黙っていられなかったんだ。

 レナの苦しみを嘲笑うワーノを許せなかったんだ。

 俺の気持ちを踏みにじったことも……。

「……」

 頬を叩かれたワーノ。赤く腫れた頬を触りながら……その目が、ギョロリと見開かれる。

 我を忘れた目。汚い物を見るような目。

 そんな目で、雫を睨む。

「人間ごときが僕に手をあげるなぁ!」

 怒り狂った声。今までのワーノからは考えられないほど。

 ワーノが感情のまま、『黄泉送りの殺劇』を雫に向けて――引き金を引いた。

「雫!?」

 とっさに庇おうと走り出したけど、到底間に合わない。

 ――雫!?


「……え?」


 雫の前を、細かな光が覆った。

 これは、神力が拡散するときの光。

 その発生源は……。

「霜……?」

 霜の胸。

 『黄泉送りの殺劇』の銃弾から、雫を庇って、胸を撃たれたんだ。

 大きく広がる神力の光。止め処なく、溢れ出て行く。

「霜!?」

 倒れた霜を抱き起す雫。

 力なく、霜は笑った。

「お……姉ちゃん……よかった……無事で……」

「霜……霜ぉ!」

 さっきの背中の傷だって重傷だったんだ。なのに……さらに大きな傷が。くっそ!

「レナ! なんとかならないか!?」

「……ごめんなさい。神力アイテムは、神力アイテムには作用しないんです」

 霜はゴーレムだ。神力アイテムじゃ効果がないってことか。

 胸から溢れ出る神力の光はどんどん増えて行く。同時に、霜の体も光の粒になって、分解されていった。

「――!?」

 瑠璃が声にならない悲鳴をあげている。

 そうか。瑠璃はレナが消えたとき、その場に居たんだ。その光景と重なってるのかもしれない。

 レナも……こうやって消えたのか。

「お姉ちゃん……ごめんなさい」

「え……?」

「いっぱい叩いて……お姉ちゃんを守るのが、私の使命なのに……」

「いいよ……そんなのいいよぉ! しっかりして……霜……」

 雫の目からポロポロと流れる涙が、霜の頬へと落ちる。

 もう、体のほとんどが光の粒になってる霜は、なんとか声だけを振り絞っていた。

 伝えたいことを、なんとか伝えようと。

「……もっと、お姉ちゃんと一緒に居たかった」

「霜……」

「昔……みたいに……もっといろいろとお話したかった……」

「え……?」

 昔みたいに?

 霜……もしかして、昔の記憶が残ってるのか?

 『ゴーレム召還!』は使用者の心からゴーレムを生む。つまり、雫の心から生まれたのが霜だ。昔の霜と重なる部分があっても、不思議はないけど。

「……泣かない……で……お姉ちゃん……最後に……お姉ちゃんを守れて……よか……た……」

「霜ぉ……」

 消えていく霜の体を、ぎゅっと抱きしめる雫。

 弱々しく……その光は揺らめいて、空へと昇っていく。

「……お姉ちゃん」

 最後に雫を呼んで、霜はまだ口を動かしてたけど、それは言葉にならなかった。

 でも、俺たちにはなんて言ったのか、わかった。


 ――大好き。


 霜の体は光になって消えて行き、残ったのは白いぬいぐるみと……一つの髪留めだけだった。

 お揃いの、姉妹の髪留め。

 霜にとって、一番大事な物だったそれは……雫の手の中に残った。

 霜……。

「姉妹ごっこも終幕だ。よかったね。愛する姉の腕の中で消えられて。いやぁ。良い話だねぇ。まぁ……所詮はゴーレム。当然の末路だけどね」

 野郎……。

 こいつだけは……この野郎だけは……。

 絶対に許さねぇ!!!!

「葉介!」

 レナの制止も耳に入らず、俺はワーノに殴りかかった。今、俺には怒りしかない。感情のままに向かっていく。自分のことなんかどうでもいい! とにかくあの野郎を!

「魂ボン! で終わりだよ」

 ワーノが『黄泉送りの殺劇』を俺に向けてきた――その瞬間。

「!?」

 『黄泉送りの殺劇』が一刀両断に切り裂かれた。

「513号……!?」

 サンが神力刀で援護してくれたんだ。

 ありがとう。サン。

 こいつは……こいつだけは……。

 俺がぶん殴る!!!!!!!

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「ぐあっ!?」

 雫にビンタされたのと同じ、左頬に、俺の全身全霊を込めた右フックを叩き込んだ。

 想像してたよりもワーノの体は吹っ飛んだ。俺の拳。意外と威力ある。ざまぁみろ。

「……!?」

 尻もちをつく形になってたワーノの首筋に、ミレイが神食いの刃を突きつけた。二人とも、いつの間にか意識が戻ってたらしい。おかげで助かった。

「はぁい。チェックメイト」

 動けば刃を突き立てる。ミレイの笑顔はそう言っていた。

「……やってくれたね。人間と神子のくせに」

 また人間と神子を見下す発言だ。表情が、目が、全てが俺たちを見下してるのがわかる。

 初めて見たときから思ってたけど、嫌な目だな。こいつ。胸糞悪い。

「301号。君とは仲間になれると思ったんだけどな」

「あらら。残念ねぇ。あたしもゼウスは嫌いだけど、あなたたちもなんか好きになれないのよねぇ」

「なるほどね。じゃあゼロの判断は正しかったってことかな」

「……?」

「君は堕ちた神子として、完全に堕ちていない。だから改造神力アイテムを渡して、様子を見てたんだよ。案の定だったね」

「あら。光栄ね。そして余計なお世話よぉ。私はね、自分のやりたいようにやってるだけだから」

 ワーノの奴、また声に余裕が戻ってやがる。

 俺がぶん殴って頭が冷めたのか? ならもう二、三発ぶちこんでやろうか。まだ俺の腹の虫は収まってないんだ。この野郎……よくも霜を!

「葉介。その辺にしておけ」

「……」

 俺の心を見透かしたかのように、サンが俺の肩を叩く。

 俺は深呼吸をして怒りをなんとか鎮める。ここまで、他人に憎悪を感じたのは初めてだ。

 ワーノの顔を見てるとまた怒りがこみ上げてきそうで、俺は目を逸らした。俺が落ち着いたことを確認すると、サンはワーノとミレイに歩み寄る。

「ミレイ。このままこいつを神界に連れて行くぞ」

「はいはぁい。まぁ、連れて行ってもなにか吐くとは思えないけどねぇ」

 サンはスマートバンクで『あなたに届けたい』を転送した。ゼウスに連絡するのか。

 さっさと連れて行ってくれ。もうそいつの顔は見たくない。

「……残念だけど、それは無理かな」

 ワーノの声と、突然空から急降下してきた影の動きは同時だった。

 影は二つ。一つはサンとミレイを威嚇程度に攻撃して、もう一つはワーノの体を引っ張り上げて、また空へと舞い上がった。

 なんだ……こいつら?

 いや、なんだ、じゃない。

 ワーノと同じ格好をしてる。それなら、答えは一つだ。

「ワーノ。遅いと思ったらなにをやってるんだ」

「あんたが勝手な行動すると、私たちがゼロに怒られるんだからね!」

 フードで顔は見えないけど、声から考えて、一人は男。一人は女みたいだな。

 あいつらも始まりの神子だ。

「ごめんごめん。ちょっと遊びをしくじっちゃってね」

「ふん……あれか? 神子から人間になったというのは」

「だったら、さっさとあれを回収して帰ってくればいいのよ。馬鹿」

 レナのことをあれあれ……物みたいに言いやがって。始まりの神子は本当に、胸糞悪い奴らばっかりだな。

「……どうするのぉ? 増えちゃったけど」

「……」

 サンの表情が強張ってる。さすがに、相手が三人だと分が悪いと思ってるのか。

 始まりの神子七人のうち、三人が集まってるんだ。無理もないけど。まだあいつらが何者なのかもはっきりしてないんだ。

「行くぞ。622号を回収する」

「他の奴らは? ぶっ飛ばしちゃっていいの?」

「好きにしていいよ。622号だけ無事ならいいから」

 やばいな……ここは逃げるしかないかも。サンとミレイもボロボロだし。そもそも逃げ切れるか? さっきの動きを見る限り、あいつら『天使のような悪魔の翼』の悪魔モードを使いこなしてるみたいだし。

 いや、考えてる暇なんかない。とにかく、レナを逃がさないと……。


「あー……もうやめとけ」


 俺たちに向かって来ようとしていた始まりの神子たちを、その一言で止めたのは、

「……は?」

 カールだった。

 いつもみたいにパタパタと飛んでるけど、なんか表情と声の調子が違う気がした。

「これ以上ウチの神子に手を出すなら……俺も黙っていられなくなる」

 ……? ウチの神子? カールなんかがなにを偉そうにそんなこと言ってるんだよ。お目付け役って役目を忘れてぐーたら寝てるだけのくせに。

「……ゼウス様」

「……ゼウス?」

 なぜか、サンがカールをゼウスって呼んだ。俺はサンとカールを交互に見る。

 ……いや。どう見てもカールなんだけど。ただの黒猫野郎なんだけど。

「よう。なんかピンチみたいだからな。助けに来たぞ」

「……」

 ニヒルな笑顔。やべぇ。殴りたい。

 じゃない……なにこれ? どういうこと? とうとう寝すぎて頭おかしくなったのか? この黒猫は。

 俺は今度はレナに顔を向ける。レナも、よくわかってないみたいだ。

「カールちゃんはねぇ。ゼウスが作った使い神だから、ゼウスの力の一部を宿らせることができるのよぉ。つまりは、ゼウスの分身みたいなものね」

「え? そうなの? は、初耳だ」

 つまり、あれはカールの体に乗り移ったゼウスってことか。始まりの神子たちを一言で止めたことを見ても、それは間違いなさそうだ。

「……ゼウスだね」

「そうだ。まぁお前らが居た頃のゼウスじゃないけどな。始まりの神子。お前ら、今日はもう帰れ。んでもって、もう622号……レナに手ぇ出すな」

 声は軽い。でも、俺たちには感じない神力の圧倒的差を感じたのか、始まりの神子たちは威圧されたみたいに、その場から動こうとしない。

「それとも……俺と戦るか? 本体の千分の一以下の力しかないが、それでもお前ら三人程度ならでこぴんで倒せるぞ」

 でこぴんて。

 いつもの様子だと全く実感ないけど、ゼウスは王神だ。そりゃあ神力も絶大なわけで……でこぴんってのもはったりじゃなくてマジなんだろうな。それで本体の千分の一とか。あんたどんだけ強いんだよ。

「……撤退するぞ」

「まぁ……仕方ないわね。相手が悪すぎるわ」

「そうだね。サンプルは諦めるしかないか」

 始まりの神子たちはさらに高く上昇。その姿はもう、闇夜の中に消えていて、声だけが聞こえる。

「今回は大人しく消えておくよ。ゼウス……ゼロが近いうちに会いに行くって言ってたよ。首を洗って待ってるんだね」

「……」

 捨て台詞を残して、始まりの神子たちはその場から離脱していった。

 ……助かったみたいだな。

「よう。お前ら大丈夫か?」

「ずいぶん良いタイミングで来ましたね。ゼウス様」

 ちょっと皮肉っぽく言う。どうせならもうちょっと早く来てくれればいいのに。

「カールの体じゃあんまり神力を受け止められないからな。調整が難しいんだ。かと言って、俺本体が人間界に出ちまったら、それだけで人間界は俺の神力の影響でめちゃくちゃに崩壊するかもしれないからな。あひゃひゃ」

 笑いながら言うな。そんな物騒な話を。あんたは絶対にこっちに出てくんな。

 それにしても、なんかお互いを知ってるみたいな感じで話してたな。始まりの神子たちはまぁわかるけど……ゼウスもあいつらを知ってるのか? あいつらを生んだのは初代ゼウスなのに。

「ゼウス様。あいつらのことを知っているんですか?」

「……まぁな。会ったのは初めてだが、やっぱり存在してたとはな」

 やっぱり?

 聞きたいことは山ほどあるけど、今はもういいや……いろいろありすぎて、頭が混乱してる。

 ……そうだ。

 今は、別にやることがあるんだ。

 雫……。



☆★☆★☆★



 雫の手の中には『ゴーレム召還!』の媒介らしきぬいぐるみが握りしめられていた。

 胸に大きな穴が空いている。傍から見ても、もう起動するとは思えないほどボロボロだった。

 雫は泣いている。

 昔、霜が死んだときと同じように。

 あのとき俺はなにもできなかった。

 そして今もなにもできない。

 こうやって、泣いてる雫を見ているしか。

 ……あ。

 俺は一つ思いついた。

「ゼ、ゼウス様。もう一回神力を注げば、直らないんですか?」

「……」

 見た目がカールだから、めっちゃ違和感あるけど、俺はゼウスに詰め寄った。神力アイテムを作ったのはゼウスだ。ゼウスがもう一回神力を注げば、霜はもう一度ゴーレムとして復活するんじゃないかと思ったんだ。

「……まぁ直るな」

「だったら――」

「でも、直るだけだぞ。『ゴーレム召還!』としてな」

 ……? どういうことだ? 言っている意味がよくわからない。

「えっと、よく意味が?」

「神力アイテムとして復活しても、さっきまでゴーレムとして活動していたときの記憶は無くなっている。一度完全に停止してしまっているからな」

 それはつまり……もう一回『ゴーレム召還!』を使って霜を生み出しても、さっきまでの霜じゃないってことなのか?

「だから俺はあんまりおすすめしない。たぶん、一番違和感を覚えるのはお前たちじゃないのか?」

「……」

 姿形が同じでも、俺たちのことを覚えていない。

 確かに、違和感を感じるのは俺たちだ。

 でも……姿形が同じなら……と、俺は思ってしまう。

「どうにかならないんですか? ゼウス様。雫が可哀想です……」

「雫さん……霜ちゃん……」

 瑠璃が雫の隣に座って、霜だったぬいぐるみを見下ろす。感慨深そうに。

 一緒に居た期間は短いけど、俺たちの中に霜の記憶は確かに残っている。

 いなくなったから、また別の霜を。

 それは間違ってるかもな。

 でも……だったらどうすればいいんだ?

 雫の悲しみを……どうしてやればいいんだろう。

「諦めることも肝心だ。ゴーレムは使命を全うした。仕方のないことだ」

 サンの言う通りなんだけど、雫にとっては、そんなに簡単に切り替えられることじゃない。ちょっと冷たいとも思ってしまう。

「意地悪ねぇ。サンは」

「事実を言っただけだ。こういうとき、下手な慰めは余計辛くする」

「違うわよぉ。わかってて、わざともったいぶってるんでしょぉ?」

「……」

 サンがミレイをジロリと睨む。もったいぶってる?

 ……あ。

 二人の会話の意味を理解するまでに、俺は少し時間がかかった。

 大事なことを忘れてた。

 そうだ……そうだよ。

 雫には、ある権利が残ってるじゃないか。

「サン。ちゃんと仕事しろよ? いくら特例の仕事とはいえな」

「わかってますよ。ゼウス様」

 サンはゆっくりと雫の傍まで歩いていく。

 神子の使命を果たすために。

「雫。願いごとは考えたのか? 早く決めろ」

「……え?」

 願い人の権利。

 元々は、雫から改造神力アイテムを引き離すために与えられた特例の権利だけど。

 それをどう使おうと、雫の勝手だ。

「願え。心の底から願えばなんでも叶う。『霜』を生き返らせたいと言う願いもな」

 サンは今度は、『本物』のとは言わなかった。

 それがなにを意味しているか。

 その場にいる全員がわかった。

 あとは……。

 雫が願うだけだ。

 心の底から。

「……私は……」

 涙に濡れた目を擦り、『ゴーレム召還!』のぬいぐるみを抱きしめた。

「私は……霜を――」

 そして、心の底からの願いごとを口にした。

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